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『せ』のつく自由業始めました  作者: 旭日暮きと
オタ喪女聖女、爆誕。
13/13

13. ご飯とは越えられない壁

さて。

芹奈ちゃんとのテレパシーを終えて、私はうっすらと目を開いた。


宰相ザイフォールさんは言った。「いてくださるだけで安心する、末永く国賓として御守りする」「国は安定しており、疫病や飢饉の兆しもない。当面もてなすのでこちらに馴染んで頂きたい」と。


そして馬鹿王子は言った。「地方を中心に謎の病が広がっている」「癒しの力と魔を祓う力の両方を必要としている」と。


矛盾してるやんけ。


面倒くさい気配を察知した私はため息を吐いた。

どちらかが嘘を吐いている、もしくは言葉を濁している。

個人的な意見で言うなら宰相の方がそれっぽい。声を聞いただけだけど、立場もあるせいか何となく狸くさいんだよな。

それに昨日会った限りの印象では、あの馬鹿王子に細かい腹芸は出来そうにない。もし出来るなら、私のことももっと上手く扱った筈だ。


さてさて。


ガチャ……


「あら、カゴネ。もう大丈夫なの?」

「うん、どうもありがとうレニー」


リビングに戻ると、お茶やお菓子が片付いたテーブルの上でレニーが裁縫仕事をしているところだった。何やら物凄く様になっている。

そしてアリシアちゃんの姿が見えない。自室にでも戻ったのだろうか。


「アリシアなら部屋で休んでるわ」


私の考えを読んだかのようにレニーが教えてくれた。


「あの子もちょっと久しぶりにはしゃぎ過ぎちゃったみたいで、疲れちゃったみたいね」

「そんな風には見えなかったけど」


静かにお茶してお話してたよね。

糸を切って作業を終えたレニーが、道具を片付けながら「ふふっ」と笑った。


「目を患ってから、あの子あまり人と関わろうとしなくなってね。でも元々は、とても人懐っこい子だったのよ。だから、貴女と友達になれて嬉しかったんじゃないかしら」

「ともだち……」


何だろう、気恥ずかしい言葉だ。この年で一回り近く年下の子とお友達になるだなんて思っても見なかった。というか、お友達になったという認識がなかった。


「まぁ、そんなに身構えなくてもいいわ。それで、もう一つの用事の方なんだけど」

「もう一つの用事……?」


何だっけ。ハウスメイドの一件で色々吹っ飛び……


「あ、お料理」

「そうよ」


そうだった。そもそもご飯の作り方の件でお呼ばれしたんだった。

裁縫道具を片付け終えたレニーが、縫っていた何かをバサッ!と広げて見せた。


「じゃーん!これ、カゴネ用のエプロンね!」


作ってたのはそれかい!

掲げられたのは白くてシンプルなエプロン。隅っこにシックな感じの黒猫のシルエットが縫い付けてある。何と言うか……器用だな、レニー。


「ありあわせのを作り直しただけなんだけど、どうかしら。ちょっと着けてみてくれない?」


承知した。

言われるがままレニーの持つエプロンを装備する。特にサイズも着け心地も違和感がないし、うん、結構なお点前だ。


「ありがとう、レニー。お代は今後のお給金から引いといてくれる?」

「やぁだ、別にいいわよこのくらい!いきなり無茶振ったお詫びとでも思っていて!」


無茶振りした自覚はある訳ね。まぁ、私も食い扶持に困らなくて助かるからいいんだけど。


そうしてエプロンを装備したついでのように、私はそのままキッチンに案内された。

ガスコンロやIHとはいかないまでも、概ね私たちに馴染み深いカントリー風のキッチンだった。性格が反映されているのか、几帳面に整理清掃されていて明るい雰囲気だ。


「綺麗なキッチンね」

「ありがと。どうも水回りが汚いと気になっちゃって!」


この人いいお嫁さんになるわー……いや、旦那さん?そもそもレニーの恋愛観はどっち寄りなんだろうか。

まぁそこは今は置いておこう。

それにしても、多階層の集合住宅という時点で気になっていたけれど、ファンタジーな世界観にしてはちょっとこちらの現代観に通ずるものを感じる。技術の発展はそれなりなようだ。

この発展も聖女の恩恵にあやかっているのか、それとも地道に自分たちで積み上げたのか……少し気になるな。今度レニーの授業で聞いてみよう。

今は、料理だ。


「じゃあとりあえず、基本的な調味料から教えてくれる?」

「まっかせといて!」


ドン、と胸を叩いたレニーは何だか逞しかった。言ったら怒られそうなので口は噤む。


「まずはこれね。お塩、お砂糖、それから胡椒。昨夜カゴネも使ってたわよね?」

「うん、これならわかる」


防犯用の塩胡椒を正規の方法で使うことが出来て何よりだ。目潰し目的だけじゃ勿体ないからね。

ところで胡椒などの香辛料はお高くないんだろうか。この辺の流通に関しても気になるな。


「それからこれね。私たちは"アッシム"と呼んでいるわ」


アッシム。

そう言ってレニーが取り出したのは、小さな木の容器に入れられた抹茶色の粉末だ。きゅぽ、と蓋を開けて覗き込んだ中身からはコンソメに近い良い香りが漂う。


「どういう調味料なの?」

「ノリス牛の話はしたわよね。その角を香草と一緒に煮込んで乾燥させて、最終的に轢き潰してこうなるのよ。スープや焼き料理、結構何にでも使われてるわ」


角、とな。まぁ骨を煮て出汁を取ることもある訳だし、なくはない……の、かな?


「ものは試しよ、舐めてみて」

「う、うん……じゃあ、失礼します」


少しだけ摘んで、粉末を口にする。大丈夫、レニーは信じる。

すると舌の上で、ちょっとピリッとする甘じょっぱい味が広がった。クセもなく、もたれそうな感じもない。

これは、コンソメというか……中華味にも通じるものがある。恐らく角と香草以外にも何か混ざっているんだろう。


「美味しい」

「でしょう?元は臭み消し用だった香草に、何代か前の聖女様の助言で角なんかを加えたらしいわ」


聖女。

レニーの口から出て来たそれに反応する。


「聖女、って?」

「この国にはね、大昔から聖女様を招いて信仰する慣習があるのよ。何でも他所の世界から来てくださるよう祈って、その癒しの力や知識を乞うんだとか」

「……へぇ」


少なくとも"聖女"とは、一般的にも浸透している存在のようだ。

それもそうか。初代の千代様とやらは国中を行脚して回ったようだし、その伝説が各地に残っていても全く不思議ではない。

そんな状態で隠す旨みはほとんどゼロだ。だったら堂々と信仰して、祀り上げた方が手っ取り早い。


「ね、これ使えるかしら?」


話を料理に戻す。

うん、これであればコンソメがなくても充分良い味付けになるだろう。


「いいと思うよ。それで、昨夜のアレを作ればいいの?」

「出来れば教わりたいわね。非常食としても下の下だと思ってたあのおコメにあんな食べ方があったなんて、全然知らなかったもの」


この国に米を持ち込んだ奴らは何を考えていたのだろうか。異国にない食料を伝えるのであれば、食べ方もセットで伝えるべきだろうに。

まぁいい。今はレニーの頼みに応えるのみだ。


「ならとりあえず、今日のところはお米の炊き方からだね。言っとくけどこれが一番厳しいよ」


日本人は米の炊き上がりに命を掛ける。今でこそ炊飯器なんて文明の利器が幅をきかせているが、昔は竈で火を熾しながら汗水垂らして炊いていたのだ。

はじめちょろちょろなかぱっぱ。赤子ないても蓋取るな。

この言葉には、先人たちの血も滲むような積み重ねが込められている。

故に、ここで泣き言を言うようであれば雑炊の作り方なぞ夢のまた夢だ。米炊きは基本。舐めたらアカン。

……まぁ、そういう私も昨夜の鍋炊きご飯は十何年ぶりだったんだけどね。


「お願いするわ」


何かを感じ取ったのか、ゴクリと唾を飲んでレニーは神妙に頷く。

よろしい。ならばついて来なさい。文明の利器にばかり頼らない現代日本人の底力を見せてあげよう。


カーン、とプライドと何かを掛けた米炊き講座のゴングがここに鳴り響いたのだった。




レニーに疫病の件を聞いてみようと思ったことは、すっかり忘れていた。


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