エルの話
私はエルヴィス・サッカス。
かってはダークエルフの里で両親と幸せに暮らしていた。
ある日、美しい蝶を追いかけて里を出た私は奴隷商人に捕まった。
10歳の時だ。
それからは奴隷として言葉にするのも穢らわしい仕事をさせられた。
3年経ち、もう限界だと思ったある日、奴隷商人が魔物に襲われた。
逃げるのは今だ!と全力で走った。
力尽きて倒れた時、目の前には天使がいた。
白い肌に薔薇色の唇、波打つブロンドヘアに大きなエメラルドグリーンの瞳、エルフの自分でも見たこともないような美少女…、それがエスメラルダ様との出会いだった。
それからは楽しい思い出しかない。
エスメラルダ様はダークエルフの生態など知らず、私を女性と思っていたようだった。
思いあまって告白したときはびっくりしていた。
あの時は本当にかわいらしかった。
エスメラルダ様はご自分を醜いと卑下されるが、魚鱗病にかかっていても、私には誰より美しく思えた。
外見の病気ゆえに人前に出るのがつらいだろうに、領民の暮らしをよく視察に行かれ、孤児院や養老院への慰問にも積極的だった。
やさしい、美しいエスメラルダ様。
「私など誰も好きになってくれないわ」と、婚約を断られるたびに陰で泣いているのが辛かった。
魚鱗病の特効薬があると聞いたときはじっとしていられなかった。
すぐに医師に話を聞いて旅立った。
私はダークエルフ、竜の場所は知っている。
住みかである竜の谷で、ある黒竜に出会った。
鱗を一枚分けてほしいと頼むと交換条件を出してきた。
「いいわよ。それならあなたの『美しさ』を頂戴」
美しさ?
そんなものくれてやる。
私はすぐ承諾した。
しかし、旅の帰路で醜い私をエスメラルダ様は受け入れてくれるか不安になった。
そこでもうエスメラルダ様とは暮らせないのを覚悟して、手紙を書き、別人に成り済まして竜の鱗を渡しに行った。
まさか、すぐに気づかれるとは思わなかった。
「お嬢様…」
「ばかね、ばか。エルのばか」
今、エスメラルダ様は私の胸の中で泣いている。
「病気が治ってもあなたがいなくては意味がないわ。どんな姿でもエルはエル。どうして消えようとしたの?」
私はあまりの愛しさに腕の力を強めた。
やさしく。
「こんな私でもよいですか?」
「当たり前よ。…ユージン様」
エスメラルダ様はユージン様を振り返られた。
「私、婚約できませんわ。ごめんなさい」
ユージン様は悲しそうに微笑まれる。
「私では役不足ですね。エルより前に出会いたかった」
ユージン様は去っていかれた。
エスメラルダ様は私を見つめた。
「私をお嫁さんにしてくれる?」
頬が赤い。
「もちろんです!いいのですか?私で」
「エルが、よいの」
私たちはどちらともなく唇を合わせた。