男色家の伯爵令息
「婚約者が!?」
私は驚く。どこの物好きだ。
「お前も知っているであろう。ヴァルカン伯爵家のユージン卿だ。」
その名前は私でも知っている。
男色家で有名な美貌の伯爵令息だ。
「かの方は女性はダメでは…」
「名目上でもよいではないか!家格もつりあうし、美男だぞ」
父の鼻息は荒い。
私にユージン様の絵姿を渡す。
短い黒髪にブルーサファイアのような瞳の美男子だった。
ヴァルカン家は財産もあり領地も潤沢、私のような醜女には夢のような話かもしれない。
たとえ見せかけの妻でも。
「わかりました」
後ろにいるエルの視線が痛い。
「では早速明日会いにいくぞ。このような話は早いほうがよいからな」
父は上機嫌で部屋をあとにした。
「お嬢様…」
エルがせつなげに言う。
「これでいいの。これがいいのよ。エルにはもっとお似合いのかわいい人がいるわ」
私は笑顔を作った。
「さて、明日の用意をしなければ。マノンたちを呼んで頂戴」
◇◇◇
翌日、私はピンクのドレスに身を包んでいた。
持っているドレスで一番上等なものだ。
髪も侍女のマノンに手早く編み込んでもらう。
「いつ見ても本当に美しい御髪ですわ。」
「ありがとう」
私は頬を触る。ざらざらとしてけばだっている。
(この肌が治ればいいのに)
私の思いを察してか、マノンが「お顔もお綺麗ですよ」と頬笑む。
「ありがとう」
やさしいマノンに感謝する。
私は支度ができると父とエルと一緒に馬車に乗り込んだ。
「おかしな噂が先行しているが、ユージン卿は立派な領主だし人柄も温厚だ。きっとお前を幸せにしてくれる」
馬車はほどなくヴァルカン邸に着いた。
立派な邸宅である。
「お待ちしていました」
執事に案内される。
中も豪奢だが、趣味のよい内装だった。
「はじめまして」
ユージン様が来る。
素晴らしい美貌だ。ブルーサファイアのような瞳は全てを見抜くような知性を感じた。
「はじめまして」
私は淑女の礼をした。
そんな私の手をとり、ユージン様は口づける。
「汚い手を…!すみません」
私は動揺する。
「何も汚くなどないですよ、レディ」
やさしく微笑まれる。
私は頬が熱くなるのを感じた。
(なんてやさしい方…)
その様子をエルが嫉妬のまなざしで見ていることに私は気づかなかった。
そして、そのエルをユージン様が面白そうに見ていることも。
私たちはたわいもない話をした。
ユージン様の趣味はワインらしい。
私はお酒を飲まないので興味深く聞く。
「エスメラルダ様は何がお好きですか?」
その問いに私は「美しいものが好きです」
と答えた。
「その従者のようにですか?」
ユージン様がエルを見てあやしく笑う。
(ユージン様、もしかしてエルに気が…?)
エルは無表情だが、私には渋い顔に見える。
「はい、でもエルは外見より心が美しいのです。」
私はユージン様がエルに恋したら嫌だなあ、と思った。しかし、エルを誉めずにはいられない。
「エスメラルダ様の美しい従者は有名ですからね」
ユージン様は紅茶を一口飲まれる。
その所作は優雅につきる。
「有名ですか」
「皆が欲しがってますよ。所出がわからぬのに貴族も伴侶に欲しがるほどに」
私はエルを見た。
エルは目をそらした。
(そんな話があったのね)
私たちは話が終わると館をあとにした。
「色よいお返事をお待ちしてますよ」
ユージン様がやさしく微笑まれる。
私はぽっと赤くなった。