夜空のコーヒー
今夜は目をとじてもなんだか眠れなくて、お布団の中から抜け出した。
月明りのなか廊下をぺたぺた歩いて行くと、お姉さんが縁側に座っていた。
「お姉さん」
「あれ、どうしたの?眠れないの?」
「うん…お姉さんはなにをしているの?」
お姉さんはぱちぱちとまばたきをしたあと、三日月のようにくちびるの両端を上げてにんまりと笑った。
「ふふふ、本当は内緒なんだけどね、今日は特別に教えてあげよう。こっちにきてごらん」
ぺたぺたとお姉さんの方に歩いていくと、夜空にきらきら輝くお星様が見えた。
「きれい…」
「そうでしょう。…あともう少しだから、ここに座って見ていてごらん」
「もう少し?もう少しで、何がおこるの?」
「もうすぐわかるよ、もうすぐね。」
目をぐ〜っとこらして夜空の星を見ていると、とつぜん星がぐらぐら、ぐらぐらと動きだした。動きは少しずつ大きくなる。そして急にぱっ!と止まると、いっせいに星たちがぎらぎらと降り落ちてきた。
「いまだ!いそいで!」
突然お姉さんがお庭に走り出た。わたしがあわててついて行くと、どこから取り出したのか、取手のついたかごで降ってきた星を集めていった。
きらきらきらきら、次から次へと星がどんどん降ってくる。
「いてて!いてて!」
「がんばれ!たくさんキャッチして!」
わたしは両手いっぱいに星をつかんで、たくさんかごに入れていった。
「よし!このくらいかな!たいさーん!」
お姉さんが声を上げ、ふたりでいっせいに家の中にかけこんだ。
しばらくして星の雨がやむと、そこにはいつもどおりの夜空が広がっていた。
「すごかったね!」
「すごかったでしょう。ほらみて、たくさん集まった。」
かごをのぞき込むと、たくさんの星がきらきらひしめいていた。
「お姉さん、これ、どうするの?」
わたしが聞くと、お姉さんはまたにんまりと笑った。
「今日はね、これで夜空のコーヒーを作るんだよ」
キッチンに向かい、小さな手挽きのコーヒーミルやポットを用意する。星をコーヒーミルに移してレバーをくるくるまわすと、星がくだけていく音がした。
からころからころ、かりこりかりこり。
星たちは、みるみる星くずになっていった。お姉さんはそれをスプーンですくい、フィルターをひいた器にうつした。お湯をそそいで星くずを蒸らすと、キッチンにコーヒーの優しいかおりがただよった。
コーヒーはどんどん下の器に流れ落ちていく。その色は紺色で、まるで夜空がそのまま注がれているようだった。底を覗き込むと、流れ出した小さな星くずたちが器の底にきらきら輝いていた。
「ミルクとはちみつを入れて、カフェオレを作ってあげようね」
お姉さんは、すこしだけのコーヒーとたっぷりの牛乳に、はちみつをひとさじ入れてかき混ぜた。
こくこく、ごくん。
甘い夜空をのどに流し込むと、あったかくて、ほっとする味がした。
「おいしい…」
「おいしいでしょう。ゆっくりお飲み」
「お姉さんは夜空のコーヒーを毎晩つくっているの?」
「ううん、夜空のコーヒーを作れるのは星が降る夜だけなんだよ。だから、今日はとくべつ。」
「そっかぁ…」
カップの底が見え始めたころ、わたしはなんだかふわふわ、ふわふわ眠くなって、大きなあくびをしてしまった。
「ふわあああ…」
「おっ、大きなあくびが出たね。今日はもうお布団に入っておやすみ」
「う〜ん……ねえ、おねえさん」
「なあに?」
「また、夜空のコーヒー、つくってくれる?」
「いいよ、また、星が降る日にね」
お姉さんの声を遠くでききながら、私はとろりと目を閉じた。
「おやすみ」