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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

再開は約束の場所で

作者: 竜吉

初短編小説です。途中楽しく書けたので、良かったです。少し長いですが、最後まで読んで下さい(^-^;

【プロローグ】


 俺が初めに主人から与えられた使命。それはご主人の記録を残す事。この記録の事を主人は『物語』と呼んでいた、今後は俺もそう呼ぶことにする。


 俺がこの世界に作り出された時、世界は絶望的な迄に終わっていた。終わっていて、完全に終結していた。


 先ずはどこから語るべきか……そうだな、ここは俺自身の事から語るべきか。次に俺を作り出した主人の事を語るとしよう。


 俺の名前は『HOPE(ホープ)』主人の脳データを移植した『人工知能』AIだ。俺の役目は主人の人生を記録する事。そして、主人の残したデータを世間に公開する事。


 主人の心拍が停止した際に、主人の記録を公開する様プログラムされている。俺がこうして語っているという事は、主人はもう、この世にはいないという事だろう。


 主人の名前は『望月 望(モチヅキ ノゾム)』この世界が終結する直前に俺を作った。以後、主人の事は『望』と呼ぶ事にする。自分自身の経験、知識を移植した後、望は日本へと旅立った。『日本』と言うのも懐かしい響きだ。今では地図から消えた国。今の『日本』は世界から消滅した事になっている。


 『何故日本は世界から消滅したのか』についても語らなければいけない。あれは21世紀末の出来事だ。新種のウイルスによる病が蔓延した。


 ウイルスの名前は『10th Virus』。日本語名は直訳して『10日ウイルス』と呼ばれた。別名『成長逆行症候群』。感染から10日で死ぬ病。


 その症状は感染から5日目迄は何もない。発熱もなければ目眩や吐き気等もない。このウイルスに感染した事も気が付かない。6日目からその症状は劇的に悪化する。


 感染7日目になると過去の出来事を徐々に忘れていく。大切な記憶、嫌な記憶、見境なく全て失って行く。最終的には親や子供の名前、果ては自分の名前でさえ忘れてしまう。


 感染8日目には知能が低下し、幼児の言葉(俗に言う赤ちゃん言葉)を話し始める。感情を剥き出しにし、話す内容も幼児のそれとなる。


 10日目。その日の朝は目が覚めない。まるで産まれたての赤子の様に眠る。そして、眠ったまま息を引き取る。これが『10日ウイルス』に感染した人間に現れる症状だ。赤子に還っていく様子から『成長逆行症候群』と名付けられた。


 日本が世界から抹消された理由。それは、この病の発症第1号が日本だという事。日本が海で囲われた島国だという事。感染力が非常に高いという事の3点。世界中で発症しているこの病に感染した人間は、全て日本へ送り込まれる。毎日血液検査を行い、ウイルスが発見されれば隔離され、すぐさま搬送される。そして何もわからないまま知らない土地で眠る様に死ぬ。


 この病が流行してから3年余りが過ぎた。既に世界人口の4割が日本に送り込まれ、日本は世界で1番巨大な棺桶と呼ばれている。


 今新しい情報が届いた。


 この物語を語る上で、もう1人重要な人物がいる。彼女の事も語らなければならない。しかし、届いた彼女の情報が破損しており、断片的な情報のみになってしまった。それを踏まえて、この物語をどうか最後まで見てほしい。


 彼女の名前は『桜井 桜花(サクライオウカ)』望の友達だった女性だ。彼女の情報に関しては俺も読み込み処理と並行で行うので、今はそれ以上は語れない。


 さて、そろそろ本題に入ろう。2人の物語を紐解き、ひとつの物語として完結させる。俺の使命を全うしよう。




【第1章 〜出会い(中学2年、春)〜】


「さて、今日は転校生を紹介します」


 教壇に立っている教師がそう切り出した。教室の外で待っている様にと命じられた望は、期待半分、緊張半分でドキドキと心臓が踊っていた。


「さぁ‼︎ 入ってきて‼︎」


 教師の言葉を聞いた望は、手のひらに『人』と3回描き、そのまま飲み込む。それから扉に手をかけて、ゆっくりと開いた。


「ささ‼︎ こっちにいらっしゃい‼︎」


 教師が望を急かす。望は俯き、小声で『緊張していない。大丈夫。僕は大丈夫』と呟きながら、招かれるがまま教壇の上へと立った。


「さぁ‼︎ このクラスの皆んなが今日からあなたの友達よ‼︎

友達に自己紹介してくれる?」


 チョークを持たされた望は、クラスメイトに背中を向け、黒板に名前を書いた。緊張で腕が震え、文字がガタガタになってしまった。


「も、〈望月 望〉です。よ……よろしくお願いします」


「はい‼︎ 望君に拍手‼︎」


 教室に拍手の音が響く。


「じゃあ‼︎ 席に着いてもらおうかしらね。望君の席は広田君の隣で‼︎」


 望はそのまま動かず、困った顔で教師を見た。広田(ヒロタ)君と言われても顔がわからなかった。その事に気が付くまで教師も不思議そうに望を見た。困った顔の2人が見つめ合う不思議な時間が流れる。


「先生……あの……」


 我慢できなくなった望が声を出した。教師は『はっ‼︎』と気が付き、慌てて言った。


「広田君‼︎ 手を挙げて‼︎」


「はい‼︎」


 教室の中央で少年が手を挙げた。


「じゃあ席に着いてくれる?」


 教師はにっこりと望を見た。望はゆっくりと、皆の視線を感じながら移動した。


「僕は広田(タケル)。友達になろう?」


席に着いた望にそう声をかけてきた。望は少し恥ずかしそうに笑い、『よろしく』と返した。


朝のホームルームが終わり、クラスメイトのほぼ全員が席に集まり、各々質問をした。あまりの質問責めに、少しうんざりしながらも望は答えた。


「どうして転校してきたの?」


「お父さんの仕事で……」


「お父さんの仕事は?」


「医者だったかな?


「『だったかな』って⁉︎ なんだよ⁉︎」


「よく知らないんだ。ほとんど家にいないし」


 半ば尋問の様な質疑応答をしている最中、望は自分の机から動かない生徒がいる事に気がついた。その生徒は自分の机に向かい、何かを書いていた。望の視線に気がついた広田が、望に小声で話しかける。


「あの子とは関わらない方がいいよ」


「なぜ?」


「怖いんだよ。前にキレた事があってさ、理由はわからないけど教室が無茶苦茶になったんだ」


「理由……わからないんだ」


「そうだよ。突然キレて椅子を振り回して暴れたんだ」


〈キーンコーンカーンコーン〉


 予鈴が鳴り、望を取り囲んでいた皆が席に座る。望は1人で座っていた彼女を見た。望達の会話が聞こえていたのだろうか。望は彼女の背中を見て、とても悲しそうに感じた。


 昼休み。弁当を食べる場所を探し、望は校舎の屋上へ向かった。望がいた前の学校では、屋上が完全に封鎖されており、屋上で弁当を食べるのを望は密かに楽しみにしていた。


 屋上への扉を開けると、多くの生徒が弁当を食べていた。仲良しグループ、カップルに見える男女2人組が多数。その中で1人、隅に座り、弁当を食べている彼女を見つけた。望は迷い無く彼女の元へ歩いて行った。


「……何?」


 すぐ目の前に立っている望を見た彼女は、睨みながら、低い声で訪ねて来た。


「一緒に食べて良いかな?」


 彼女の刺す様な視線を無視して望は言う。


「……はあ? 意味わかんない。何で私があんたと食べなきゃいけないの?」


「駄目なら別の場所で食べるよ。でもせっかくだから君と一緒に食べたくて。あっ! 僕は望月望。名前教えてくれないかな?」


 望はゆっくりと穏やかに、そして笑顔で尋ねた。


「あんたの事は知ってる。転校生。何で私の名前を教えなきゃいけないの? って言うか、さっきあいつらから聞いてないの?」


「広田君達の事? ごめん。よく話を聞いていないんだ。色んな方向から質問されてたから」


 望は申し訳無さそうな顔をして、頬を指でかいた。


「あいつらから『私に関わるな』って言われなかった?」


「そう言えば言っていたと思うけど、君と関わるか関わらないかは、広田君が決める事じゃ無いよ」


「……あいつらの言う通りだと思うけど。私に関わるとろくな事が無いよ」


「そうかな? それも僕が決める事だと思う。もちろん僕と関わるかどうかは君の決める事。僕と友達になってくれるなら、名前を教えてくれる?」


「……望月……朝のホームルームではめちゃくちゃ緊張してたクセに、強引な奴だな」


「『強引』って言われる程強制はしていないよ。僕は君と友達になりたいだけなんだ」


 彼女はしばらくの沈黙の後、口を開いた。


「……桜井」


「え?」


桜井 桜花(サクライ オウカ)


「桜井さん。隣、良いかな?」


「……好きにすれば?」


「じゃあ遠慮なく」


 望は桜花の横に座り、弁当を広げた。転校が多い望は、友達を作る事をあまりしなかった。なぜ桜花にこれだけの執着を見せたのか。それは桜花が1人で寂しそうにしていたからだろう。1人の寂しさは、望も良く知っている。だから、そんな彼女を放っておけるはずがなかった。


 中学2年の春。この様な形で望と桜花は出会い、そして友達となった。



【第2章〜事件(中学2年、秋)〜】


 桜花と友達になった望は、毎日桜花と共に過ごした。休み時間には桜花と話し、昼休みには一緒に昼食をとり、授業が終われば一緒に帰る。そんな毎日だった。


 桜花も、初めの頃は迷惑そうに素っ気ない態度をとっていたが、徐々に打ち解けていった。桜花と親しくしているうちに、他のクラスメイト達は次第に離れていった。


 秋晴れの心地よい昼休み。いつも通り望と桜花は弁当を食べていた。


 弁当を食べ終った後、2人で会話もなく空を見上げていた。

 

 不意に桜花が話を切り出した。


「なあ、望月」


「なに?」


「……私と一緒にいて楽しいか?」


 桜花が視線を空から床に落として言った。望はその質問の意図がわからず首を傾げた。


「楽しいよ。何でそんな事聞くの?」


 望からの質問に、桜花は膝を抱えて答える。


「……私と一緒にいるから、周りが望月を避けてる」


「あぁ、どうでも良いよ。そんな事はどうでも良い。僕は桜井さんと一緒にいたいからいるだけだよ。桜井さんは迷惑じゃない?」


 桜花は答えず、首を横に振った。


「良かった‼︎ じゃあ問題ないよ」


「………………ありがとう」


「え? なに?」


「何でもないよ。教室へ戻ろう」


 望と桜花は弁当を片付けて教室へ向かった。教室に入ると、桜花の机の上にノートが散乱していた。そのノートはどれも破かれており、ボロボロだった。


 驚いた望は桜花を見る。桜花は怒りと悲しみで体が震え、目からは涙が溢れていた。その様子を見た望は、桜花の涙に比例するかの様に、激しい怒りの感情が溢れてきた。


「これをやった人は……このクラスにいるの?」


 望は溢れる怒りを抑え、出来るだけ普段通りの声で言った。


「あっははは‼︎ その質問に対する答えは『クラスの皆んなで』です⁉︎」


 望は転校してから今まで過ごした中で、気がついた事があった。このクラスには絶対的な力関係が存在する。そのトップが今声を上げた女子「七海 葵(ナナミ アオイ)」。いつも取り巻きの女子を従えて行動していた。


「……何でこんな事を?」


「『何で』って、その質問に対する答えは『ムカつくから』に決まってます⁉︎」


 望と葵のやり取りをクラスの皆が不安そうに見つめている。桜花は泣き崩れ、その場にへたり込んでいた。


「それは『質問に対しての答え』じゃないよ。七海さん」


 望はため息を吐いた。その行為が葵を刺激した。


「私の仲間にならなかったその子が許せないからです‼︎ せっかく私が誘ってあげたのに‼︎ 今思い出しても憎らしいです‼︎ その子が何て言ったかご存知ですか⁉︎」


『悪いけど、取り巻きが欲しいなら他を当たってくれる?』


 桜花と葵は同じタイミングで、同じ言葉を口にした。


「そうです‼︎ そうです‼︎ その言葉を口にしたのです‼︎ それに、望月さんをお誘いする事を拒絶しましたよね⁉︎ 私に望月さんが盗られるのを恐れたのでしょうか⁉︎ あははは‼︎ 『盗る』何て言い方をすればなんだか私が望月さんを好いているみたいで可笑しいすね‼︎」


 葵は腹を抱えて笑った。高らかに、盛大に笑った。同じフロアの教室中に響いていたのだろう。騒ぎを聞きつけた生徒達が恐る恐る教室を覗いていた。


 大声で笑う葵を見た望は、嫌悪感を覚えた。こんなにも大声で笑っているのに、目が一切笑っていない。人を傷つける為に笑う。それが望には理解出来なかった。


「わかった……。もういいよ。七海さん。前に起きた事はどうであれ、『今』僕の目の前で起こった事。それを始めたのは七海さんだ。その喧嘩、僕は買おうと思うけど、良いかな?」


 望は穏やかに言った。


「あはは‼︎ 改めて言わなくても大丈夫ですよ。私の仲間にならないのなら、あなたもただではすみませんよ? 望月さん」


「ははっ‼︎ 君の仲間? 欲しいのは仲間じゃなくて取り巻きでしょ? 悪いけど、取り巻きが欲しいなら他を当たってくれるかな? 桜井さん、行こう。ここは気持ちが悪い」


 望は桜花に手を差し伸べる。桜花は俯いたまま、望の手を取り、立ち上がった。


「逃げるのですか⁉︎」


 葵が目に涙を浮かべながら叫んだ。望の一言は相当効いたようだ。


「逃げる? ははっ‼︎ 七海さんは面白いね。僕にとっての優先順位は七海さんとの口論よりも、桜井さんを落ち着かせる方が上だよ。それに何より、七海さんとの口論は、僕の眼中にないから。『逃げる』と言う表現は合わないね。七海さんは、例えばカマキリが威嚇してきたとして、その場から去る事を『逃げる』と言うのかな? 言わないよね? 僕が今の状況で思うのはそれと同じだよ」


 葵は顔を真っ赤にして、何か言いたげに口をパクパクさせている。普段争い事を嫌う望も、今日ばかりは我慢できなかった。葵の他人を(さげす)む行為が許せなかった。


 望は桜花の手を引き、ドアに手をかける。教室から出る直前、望は葵を見て言った。


「そうだ。1つ言い忘れた。七海さんは僕を敵と認識したと思う。七海さんが敵と認識しても、僕は七海さんを敵だとは思わない。僕の敵は、僕が正しいと思う事を阻害する人だから。僕の敵になるのは勝手だけど、僕は手強いよ。じゃあね」


 そう言って望はドアを閉めた。直後に叫び声と、物が激しくぶつかる音が聞こえたが、望はいつも通りの速度で歩き、桜花の手を引いて屋上へ向かった。


「どう? 落ち着いた?」


 屋上に着いた望と桜花は、扉の影に座った。


 望の問いかけに、桜花は頷いた。


「ちょっと言い過ぎちゃったかな……反省」


「……何で私なんか庇ったの?」


「庇ったつもりは無いよ。僕が正しいと思う事をしただけ。許せなかったから。桜井さんを馬鹿にされて」


「……どうしてそこまでしてくれるの?」


「どうしてだろう? 気になるから、かな?」


「……気になる?」


「うん。気になる。僕が転校して来た初日、桜井さんの背中がすごく悲しそうだったから」


「悲しくなんかない‼︎ 私は……私は……これじゃあ……望月まで……」


 桜花は膝を抱え、また泣き出した。


「僕は転校して来てからの事しか知らない。僕の主観でしか物事を見ていないし、さっきの事が迷惑だって言うなら謝るよ。ごめんなさい」


「……そんな直ぐに謝らないでよ。望月は何も悪くない」


「桜井さんも悪くないでしょ? こう言った事は、結局誰も悪くないものだよ? 物の見方が違うだけで、それぞれの正義が違うだけで、結局誰も悪くないんだ。七海さんも、自分の尊厳を守る為にしただけだろうし」


「そう……なのかな……でもアイツだけは許せない」


「許す必要もないんじゃない? 七海さんも、僕の事を許すつもりはないだろうし、僕も許して欲しいとは思わない。お互いが自分を守る為にぶつかり合うって、そう言う事だと思うよ。無理にわかり合おうとするから、表面だけ理解して、全てを理解したつもりでいるだけなんだから」


 望は桜花の方を軽く叩く。叩いた手を桜花が掴み、握りしめた。


「桜井さん⁉︎」


 突然手を握られ、望は顔を赤くして慌てた。


「ごめん……もうちょっと握らせて……」


「ああぁぁ、うん」


 望は空を見て恥ずかしさを紛らわした。


「き、今日も良い天気だね」


「うん。桜井…………ありがとう」


「……うん」


 その日は残りの授業をサボり、2人で過ごした。教室では葵が暴れ、教師に呼び出され散々叱られたらしい。桜花のノートが破かれていた件については、結局の所葵が1人で行為に及び、クラスメイトが口裏を合わせるように脅されていたそうだ。


『良いですか? これは皆んなでやりました。裏切り者は私の仲間ではありません』


 そう言っていたそうだ。葵を除くクラスメイト全員がそう証言したと、風の噂で聞こえて来た。


 この日の一件以来、葵はおとなしくなり、孤立していった。



【第3章〜仲直り(中学3年、春)〜】


 春休みが開け、クラス替えが行われた。望と桜花は奇跡的にも同じクラスだった。あの日以降、すっかり大人しくなった葵は、別のクラスとなった。


「今年も桜井さんと同じクラスで良かったよ‼︎」


「……さらっと恥ずかしい事を言うな」


 2人は屋上へ、昼食を食べに向かっていた。桜花も徐々にではあるが、クラスメイトとも打ち解け、休み時間は談笑する迄に関係は回復した。以前、桜花がキレて暴れた事件があったそうだが、それ以上に暴れた葵の一件で上書きされたようだ。


「おい……あそこ見てみろ」


 2人は屋上へ着くと、桜花が指をさして言った。指差す先には、葵が1人で座っている。膝を抱え、肩を震わせて泣いているように見えた。


「七海さん? 泣いてる?」


「みたいだな」


「どうしたんだろ?」


「知らない」


「ちょっと聞いてくる」


 そう言って望は走り出した。


「おい‼︎ 望月‼︎ ……はぁ〜……あのバカ……」


 桜花は頭をかき、ため息を吐いた。


「七海さん?」


 望が声をかけると、葵は肩を弾ませた。ビックリさせたようだった。


「どうしたの? 何かあったの?」


 葵は顔を上げずに答えた。


「あっちに行って下さい。あなたに関係のある事は何でもありません。あの子と仲良くご飯でも食べていて下さい」


 そう言われた望は、桜花の元へと戻った。


「……どうした?」


「なんか、桜井さんの所に戻って仲良くご飯を食べてくれって。だから桜井さんちょっと来てくれる?」


「……何でだよ」


「いいからいいから」


望は桜花の手を引き、再び葵の元へ向かった。


「ちょ‼︎ マジで何でだよ‼︎」


「いいからいいから」


「いや‼︎ 良くねぇだろ‼︎」


望と桜花は葵の前に座り、弁当を広げた。


「……ちょっと、何をやっているのですか?」


葵が俯きながら言った。その声には少し怒りの感情が含まれている。


「桜井さんとお昼ご飯を食べるだけだよ」


「……はぁ〜」


桜花はため息を吐いた。


「バカにしているのですか? それとも私の姿を笑いに来たのでしょうか?」


「そのどちらも外れ。さっきも言った通り、僕達はお昼ご飯を食べに来ただけだよ」


「何も私の前で食べなくても良いでしょう……」


「……望月、私もそう思うぞ。何でわざわざこいつの前で……」


たまらず桜花も口を出してきた。


ほんの数ヶ月前に一悶着あった相手の前で当の本人達が顔を会わせて昼食を食べる。しかも相手はその騒動の後、自身が仲間と呼ぶ者達が次々と去って行き、孤立した人間だ。その目の前に座り、昼食を食べるなど、心に刺激を与える以外に何もない。桜花はそう考えた。


「七海さんの前でお昼を食べるんじゃないよ?」


『は?』


葵は顔を上げて、桜花は望を見て、2人が目を丸くした。


「七海さんを入れて、3人で一緒にご飯を食べるんだよ」


「……何でそうなるのですか?」


「……何でそうなるんだよ」


「だって1人でご飯を食べるのって美味しくないじゃない?」


「いやいや……望月、お前忘れているのか? ほんの数ヶ月前だぞ」


「勿論覚えているよ」


「だったら何でだよ。1人が『可哀想だから』とか言うんじゃないだろうな?」


「可哀想とか、そう言う感情では無いよ。今の現状を作ったのは七海さんの自業自得だと思っているし、そこに同情はしない」


「……随分と酷い言い方をされるのですね。確かに自業自得だと思っております。ただ、自分で思うのと他人から言われるのでは感じ方が違います。特に望月さん、あなたから言われれば私は腹立たしさを感じます」


葵の目は充血し、拳に力が入っているのか震えている。葵は必死で感情を押し殺している様だった。


「僕に言われて腹が立つって事は、本当に自業自得だと思っていないからじゃないの? 『この現状を招いたのは自分の責任も()()()()()()()()()()()1()()()()』ってな感じでさ」


「ー一体何が言いたいのでしょう⁉︎」


イライラが最高潮に達してきたのか、葵の口調は荒かった。それに対して望は、畳み掛けるように言った。


「言いたい事は3つ。七海さん。1つ目、七海さんが仲間だと言っていた人達は、やっぱり取り巻きだったと言う事。ほんの少し本性を見せた程度で離れていくのがその証拠だよ。2つ目、七海さんは今の状況を楽しんでいると言う事。仲間に裏切られて悲劇のヒロイン気取ってるけど、そんなの誰も見ていないよ。3つ目ーー」


「もういいです‼︎」


葵は我慢できずに立ち上がり、望を睨みつけた。


「そこまで馬鹿にされるような覚えはありません!! 不愉快です!! あなた方は満足でしょう!! 私が孤立して!!」


「まぁ、話は最後まで聞いてよ」


 望は冷静に言った。


「『最後まで聞け』ですって‼ これ以上どんな罵詈雑言が浴びせられるかと、思うと私は不安で仕方ありません‼ もうこれ以上私に関わるのはやめて下さい‼」


「罵詈雑言なんて浴びせていないよ。現実を言っただけ。最後の3つ目--」


「もういいです‼ 聞きたくありません‼ さようなら‼」


 そう言い残し、葵はその場を立ち去ろうとした。


「僕達の友達になってよ」


 立ち去ろうとした葵がそのままの体勢で固まった。桜花も望を見つめて固まっていた。


「な……何を言い出すのかと思えば‼ 友達になれですって!? 私が、あなた達の!?」


 葵は振り向かず、そのままの体勢で言った。


「そうだ‼ 何を言い出すんだお前は‼」


 桜花も望の顔を両手で挟みながら言った。


「何で私まで巻き込まれなければいけないんだ‼」


「何で? 友達は多い方がいいし。手を離してよ……苦しい……」


 桜花は望の顔から手を離した。


「だ……だいたい、私の仲間になるのは嫌だったのではなかったのですか!? それが原因で――」


「僕達が言ったのは『取り巻きにはならない』って言ったんだよ。友達にならないと言った訳じゃない」


 望は葵の言葉をさえぎって言った。


「取り巻きは七海さんの機嫌を取るでしょ? 僕が言う友達は、好きな意見を言い合い、お互いに受け入れる事が出来る関係だよ。僕は桜井さんと友達だから、桜井さんに僕の意見を真っ直ぐに言う。そうだよね?」


 望は桜花の目を見つめて言った。桜花は頭をかきながら、半ば呆れ顔だった。


「友達‼ 友達ですって!? 今更私とあなた達が友達になんかなれる訳ないです‼」


「どうして? 友達になるのに『今更』なんてないよ」


「おい。それって私も入っているのか?」


「当たり前じゃないか」


「……はぁ〜」


「か、仮に‼ 仮にですよ!? 私があなた達とと、友達になったとして‼ 私に何のメリットがあるのでしょう!?」


「『メリット』? メリットなんて考えて、友達にならないよ。それでも強いて言うならそうだな……一緒にお昼ご飯が食べられる」


 葵は今まで強張っていた肩の力が抜け、振り返って望を見た。


「あはは‼ 何ですかそれ‼」


 そう言って笑う葵の表情は、あの教室での表情とは一変、とても明るい笑顔だった。


 葵は望と桜花の前に座り、一言「いただきます」と言った。


「おいおい……マジかよ」


「ははは‼ 友達が増えたね」


 望と桜花は持ってきた弁当を広げた。


「あれ? 七海さんはご飯もう食べたの?」


 望は弁当の中にある卵焼きを頬張った所で、葵が何も持っていない事に気付いた。


「しばらく食欲が無かったので、何も持ってきていません。でも。久しぶりにお腹が空きました。少し分けて頂けますか?」


「良いよ。好きな物をどうぞ」


 望が自分の弁当を差し出す。


「私もかよ……」


 不服そうに桜花も弁当を差し出した。


「2人とも、ありがとうございます」


 この様な感じで、なし崩しに、強引に3人は和解した。


 それから、望と桜花と葵は毎日一緒に昼食をとり、葵もまた、クラスメイトと仲良くなった。しかし、その1カ月後、葵は親の仕事の都合で海外に引っ越しが決まり、転校した。



【第4章~夏休み(中学3年、夏)~】


 葵が転校してから数カ月が過ぎた夏。高校受験を控える中学3年にとっては勝負の月とも言える夏休みが訪れた。


 望と桜花も、それぞれ志望の高校受験に向け、受験勉強をしていた。『お互いに苦手を克服するために一緒に勉強をした方が効率が良い』そう桜花が提案し、望もそれに賛成した。勉強の場所は図書館。調べ物が捗るからと、望が提案した。


 今は2人で向かい合い、勉強中である。


「な、なぁ望月」


 桜花が勉強の手を止めて言った。望も手を止めて桜花を見た。


「うん? 何? どこかわからない問題でもあった?」


「そう言うのじゃなくてさ……」


「?」


 望が首を傾げた。


「ほ、ほら、もうすぐ高校受験だろ?」


「何を改まって。だから僕達はこうやって勉強しているんじゃないか」


「そうだけど……いや、そうじゃなくて‼」


「しーっ‼ 図書館では静かに‼」


「ご、ごめん」


「どうしたの? 桜井さん? やっぱりわからない問題でもあった? どの問題?」


 望は桜花の横に座り、問題集を覗き込んだ。


「ち、近い‼ 顔が近い‼」


「だから図書館では静かに‼」


「お、お前が悪いんだろ‼ いきなり顔を近づけるから‼」


「本当にどうしたの? 桜井さん、顔真っ赤だし。体調でも悪いの?」


「う、うるさい‼ 体調は悪くない‼ 悪いのはお前だ‼」


「僕?」


「そうだ‼ 良いから話を最後まで聞け‼ わかったな‼」


「うん。でも静かに話してね」


 桜花は胸に手を当てて、深呼吸をした。息を整えて、落ち着いてから話を切り出した。


「ほ、ほら、私達ももう3年だろ?」


「うん。3年だね」


「夏休みが終わればセンター試験だろ?」


「うん。センター試験だね」


「志望校はお互い別で、高校に入るとめったに顔を合わせなくなるだろ?」


「そうだね。寂しいね……」


 望は顔を曇らせて俯いた。


「だから‼ そう言う事を言うな‼ そんな顔するな‼」


「わかった。高校が違っても会えるもんね。そう思ったら寂しさが少し紛れたよ。ありがとう」


「お、おう。どういたしまして」


「じゃあお互い第一志望に受かるように勉強頑張ろう‼」


 そう言うと望は自分の机に戻り、ペンを持った。


「だから違うって‼ 何でそうなるんだお前は‼」


 桜花が勢いよく立ちあがり、望のペンを奪い取った。流石に物音を立て過ぎたらしく、他の利用者から睨まれた。桜花は謝罪し、静かに椅子に腰かけた。


「私が言いたいのは、来週の夏祭りに一緒に行かないかって事だよ‼」


「夏祭り?」


 勢いに任せて言ってしまった桜花は、また顔を赤くした。


「ほ、ほら‼ 最近勉強しかしてないだろ? だからたまには息抜きも必要かと思ってだな‼ べ、別に私がお前と行きたくて仕方ないとか、そう言うのじゃないからな‼ あ、あれだよあれ‼ お前、転校してきてから去年の夏とか、祭り行って無いだろ? ここの祭りは凄いから‼ 屋台とか凄く出るから‼ きっと楽しいと思うし、花火も上がって綺麗だから‼ 屋台は焼き鳥やが3軒続けて出てるんだぞ‼ どの店もジューシーで外は『カリッ』と焼きあがって、噛むと肉汁があふれてくるんだ‼ それが3軒連なってるんだぞ‼ たこ焼き屋も外は『カリカリ』中は『ふっくら』で、私は前に食べた時は火傷したんだ‼ ソースは自家製で秘伝のソースらしい‼ クレープ屋も苺とかバナナとか自家栽培しているらしいんだ‼ 生クリームも自分の家でとれた牛のミルクから作っているらしく、甘すぎず、味が濃厚なんだ‼ 4軒から5軒連なってるんだ‼ 凄いだろ‼ 神社も御利益とか半端ないって聞くし、一度くらい行ってみても良いんじゃないか!? べ、別に私が新しい浴衣を買ったとか、一番に見てほしいとか、そう言うのじゃないから‼ 誘うタイミングを図ってたとか、望月祭り好きかなとか、まったく考えて無いから‼ 私が行きたいだけだから‼ お前が忙しいって言うなら無理には誘わないし‼ その時は1人で行くから安心しろ‼ でも出来れば一緒に行きたいと思って誘っただけだから‼ 1人でも大丈夫だから‼ だから断ってくれても私は全然気にしないし‼ あぁぁ‼ もう‼ もういい‼ 1人で行く‼」


「ちょ、ちょっと桜井さん‼ 落ち着いて‼ 僕は行かないなんて言ってないよ‼」


 桜花は机に顔を伏せ、ぶつぶつと呪文のように何か言っている。望は他の利用者にまた睨まれた。望は苦笑いしながら「すみません」と謝罪した。


「桜井さん、行くよ。夏祭り。一緒に行く」


 桜井は顔を上げ、潤んだ瞳で望を見た。


「良いの?」


「良いよ。一緒に行く。何で同じ種類の屋台が何軒も連なっているのか気になるし、どの店も美味しそうだし。花火も見たいし、桜井さんの浴衣も見たい。だから一緒に行くよ」


 桜花は途端に顔が明るくなった。嬉しそうに、にっこりとほほ笑んだ。


「じゃ、じゃあ、日曜日に。神社の前に集合で良いか?」


「うん。楽しみにしてる」


「私も‼ 凄く楽しみ‼」


 桜井がまた大きな声を出したので、とうとう2人は図書館を追い出された。追い出された2人は近くの公園に寄り、夕方まで世間話をした後、解散した。


 約束の日曜日。具体的な時間を聞いていなかったので、望は昼過ぎには神社前にいた。鞄の中に入れていた参考書を読みながら桜花を待った。


 太陽も西に沈むにつれ、空が赤く染まっていく。空が赤から濃い青色に変わった頃、祭りの会場である神社に明かりが灯った。


「お待たせ」


 望は声がした方向を振り向くと、そこには桜花の姿があった。青色がまぶしい浴衣に、雲の模様が描かれている。


 普段、髪はポニーテールオンリーだが、今日はお団子に結い、かんざしで止めている。顔も少し化粧をしているのか、印象が違っていた。


 望はそんな桜花に見惚れた。


「ど、どうしたんだよ‼ そんなマジマジと見つめて‼ 恥ずかしいだろうが‼」


「あ、うん。ごめん。えっと……その……綺麗だね」


 望は顔を赤くして言った。桜花も『綺麗だね』と言われ、顔を赤くした。


「ほら‼ 行くぞ‼」


 桜花は望の手を取った。望は手が触れた事に胸が高鳴った。


「ちょっと‼ 桜井さん‼ 手‼ 手‼」


「うるさいなぁ‼ いいからこうしていろ‼」


 2人は手を繋ぎ、石段を登る。神社の境内には無数の屋台が立ち並び、本当に同じ種類の店が連なっている事に望は笑った。楽しそうに笑う望を見て、桜花も嬉しそうににっこりとほほ笑んだ。


 屋台を回っているうちに夜も更け、花火の時間が近づいてきた。


「花火を見るのに良い場所がある」


 そう言って桜花は、社の裏にある山道に案内した。2人は山道を登る。しばらく登ると、そこは丘になっていた。望は鞄からマットを取り出し、その上に2人、並んで座った。


 花火が始まる。一つ一つ打ち上がる音が体中に響く。花火の全てが一望できた。


「なぁ」


 桜花が望に声をかける。


「どうしたの?」


「来年もまたこれるかな?」


「来年もきっと来れるよ」


「そうだな」


「うん」


 2人は沈黙し、花火を眺める。


「なぁ」


「どうしたの?」


「今から私の事を『桜花』って呼んでくれるか? 私も『望』って呼ぶからさ」


「わかったよ。桜花さん」


「『さん』はいらない」


「わかったよ。桜花」


 2人がまた、沈黙して花火を見る。体全体が震える様な盛大な音。花火の音だけが木霊した。


「なぁ」


「どうしたの? 桜花」


「……キス……しよっか」


「ぶっふぁ‼」


 あまりに自然な流れで桜花が言うので、望は驚きせき込んだ。


「何だよ‼ 私とキスするのが嫌なのか!?」


「べ、別にそう言う事じゃなくて」


「じゃあどう言う事だよ!?」


「僕達まだ子供だし、その……少し勿体ないような気がして」


「ん……? 本当にどういう事だ?」


「ほら、大人になるまで大切な事はとっておきたくてさ。決して嫌だとかじゃなくて、その……うまく言えないけど。僕達が大人になってからの楽しみって言うか」


「ふふふ……何だよそれ。楽しみって」


「だから、うまく言えないんだけど」


「わかったよ。じゃあ約束な。大人になったら、『この場所で初めてのキスをする』良いな?」


「うん。約束」


「……早く大人になりたい」


「うん。……僕もだよ」


 その後は花火が終わるまで2人は言葉を交わす事は無かった。花火が終わり、2人は手を繋いで山を降りる。社で願い事をした後、解散した。


 今日の出来事を思い出し、意気揚々と家に帰る。家の玄関を開けると、珍しく父がいた。何やらただならぬ雰囲気だった。


 祭りで舞い上がった気持ちが、一気に冷める。望は父から、海外へ引っ越すと告げられた。



【第5章〜終わりの始まり〜】


 転校する理由を望は父に尋ねたが、父は何も答えなかった。答えない代わりに、父はテレビを点ける。ニュース番組が映り、緊急放送を伝えていた。


 ()()の始まりは1人の政治家だった。外務省の人間らしい。会見中に大声で叫び、お菓子をねだり、大声で泣いていた。その後、病院へ搬送された。搬送中に眠り、昏睡状態のまま息を引き取ったそうだ。


 次に女優が映った。ドラマの撮影中、政治家と同じ様に泣き叫び、病院へ搬送された後昏睡状態となり、そのまま息を引き取った。関係性を調べると、どうやら不倫関係にあったらしい。


 その後も民間人が次々と同じ症状となり、昏睡状態で絶命。政府は司法解剖の結果から、新種のウイルスであると発表した。日本中が混乱に陥る中、野党だけは政治家の不倫をいつまでも叩いていた。


 ウイルスの感染力は強く、感染後は5日で初期症状が現れる。そして感染後、10日で必ず死亡する。その事からこのウイルスは『10日ウイルス』と呼ばれた。


 最初の感染者のスケジュールを確認した所、周辺諸国の人々と接見していた事が判明。接見した人間はもれなく発症した。世界は瞬く間にパニックとなり、その原因となる日本が近々鎖国される事が決定したと報道された。


 望は断固拒否したが、気絶させられ、父に拉致される形で日本を出た。望が次に目を覚ました時、見知らぬ土地にいた。


 望は日本に置いてきた大切な人に何も伝える事が出来ず、何も出来なかった事に絶望した。



【第6章〜日本の終わり〜】


 日本国中に報道された一連の事件は、桜花も見る事となった。翌日に望が転校したと先生から告げられ、力が抜け、頭が真っ白になった。こんなにも呆気なく幸せな現実が崩れてしまう事に絶望し、何も出来ない事に腹が立った。


 日本の鎖国は翌日には完了していた。今から海外へ逃げる事も出来ない。望が学校に来ないと言う事は、昨日のうちに国外へ出たのだろう。桜花はそう推測した。祭りで何も言わなかった事から、恐らく望の意思とは関係なく突然連れて行かれたのだろう。そう思う事で桜花はギリギリ平常心を保っていた。


「大丈夫? 桜井さん」


「大丈夫な訳ないだろう」


 誰かが声をかけてくれたが、それが誰かは分からなかった。


「望……約束……したのに」


「え?」


「何でもない‼︎」


 桜花はその日早退し、次の日からも学校に行く事は無かった。


 それまでの毎日が楽しくて、幸せで、それがずっと続くのだと思っていた。その毎日の思い出が、桜花の心を締め付けた。


 日本での感染は更に拡大した。都市部を中心に発症し、皆パニックになって街を出た。


 出た人間に感染してる者がおり、地方でも感染が広がる最悪な状況となった。


 感染がまだ始まっていない土地に、ドーム型の建物と、地下室を作った。


 地下室で10日間監禁した後ドームにい住を移す。そうする事で人々が生活できるギリギリの範囲を確保した。桜花もドームが作られた場所が近かった事もあり、家族全員で移住した。


 食料や水が不足した。周辺諸国から配給はされたが、とてもじゃないが足りなかった。


 感染が始まって1年が過ぎた頃、ドームの外にいた人間は全て死に絶えた。


 更に1年が経った頃、ドームの中に感染者が現れた。すぐさま接近した人間が洗い出され、隔離された。それから毎日、血液検査が義務付けられた。血液検査でウイルスが発見されれば、10日間の水と食料を持たされ、強制的にドームの外へ出される。死体からもウイルスが大量に拡散されるらしい。


 こうしてドームの外は、自然の棺桶となった。


 更に2年が経過した。ドーム内の人口は半数となった。桜花は今まで生き残った。いつ自分が外に放り出されるのかと、恐怖に震えた。それよりも恐ろしかったのは、ウイルスに感染し、3年前のあの輝かしい日常を忘れてしまう事が1番の恐怖だった。


「桜井 桜花さん」


「はい」


 桜花の思い出に残る眩しい景色が音を立てて崩れ去る。


「ウイルスが検出されました」


 その言葉を聞いた桜花は、目の前が白くなり、涙が溢れ、頬を伝った。



【第7章〜再会〜】


 桜花の血液にウイルスが検出される数ヶ月前。望は1人、パソコンに向かっていた。望はそのパソコンに「HOPE」と名付け、自分の全てを移植していた。


「このウイルスを研究するのは人間じゃ無理だ」


 研究員が次々と発症し、死んでいった。その事を踏まえ、望は人工知能として自分の知識を移植し、研究させようとしていた。


 ニュースでは毎日何人が元日本へ送り込まれたかを報道している。望はテレビを消し、パソコンに向かっていた。


「望、そんなに根を詰めないで。たまには気晴らしでもしてきたら?」


 望の母が言った。父の判断による迅速な行動で、望の一家は今まで生き長らえた。


「俺にはそんな時間は無いよ。早く治療法を探さないと」


「だからこそよ。息抜きして、頭をスッキリさせた方がいいわ」


「母さん」


「何?」


「桜花、どうしてるかな……」


「きっと無事に生きてるわ。その時にあなたがへばってたんじゃあ本末転倒でしょ?」


「……ちょっと外に出てくる」


「そうしなさい」


 望は2週間ぶりに家の外へ出た。感染への恐れから、人口密度が高くなる所への外出は、皆極力避けるようになった。


 望は近くの公園へ行き、ベンチで寝転び空を見上げた。


「もうすぐあの夏祭りから3年か……桜花……生きてるか? 生きてたら何か連絡してくれ」


 感染が広がった初期には、世界各国のメディアが日本を取材に行った。そのライブ映像でドーム型の建物や地下室を見た。


 撮影クルーが発症し、そのまま全員帰国できなくなった。それ以降、メディアが日本へ足を踏み入れる事はなくなった。今の日本がどういう事になっているのか確かめるには、自ら現地に行くしかない。


「『行くしかない』か……」


「あれ? ひょっとして、望月さん?」


 不意に声をかけられ、望は慌てて飛び起きた。目の前には1人の女性が立っていた。


「えっと……すみません。どこかでお会いしましたか?」


「酷いです‼︎ 友達の顔を忘れたと言うのですか⁉︎」


 女性は目を潤ませた。この目、この顔、この声に、望むは覚えがあった。記憶を辿っていくと、1人の女の子の顔が浮かんだ。


「え? 七海さん?」


「思い出して下さいましたか。でも、忘れていたなんて、全くもって酷いです」


「ご、ごめん。あまりにその……」


「何ですか?」


「……何でもない」


「何ですか? 気持ち悪いですね」


「気持ち悪いとか言わないで欲しい……」


 声をかけてきたのは、大人になった葵だった。


 中学当時も可愛らしい女子だったが、今は可愛らしさも残しながら、綺麗な女性へと成長していた。


「こんな所で何をしておられるのです?」


「ああ、いや、別に。ちょっと気晴らしに」


「……何か隠しておられますか? それとも悩んでおられるのでしょうか?」


「本当に何でもないよ」


「……なら良いのですが。これからお昼を食べるのですが、ご一緒にいかがです?」


「ああ、もうそんな時間か。俺も行って良ければ」


「是非」


 望と葵は一緒に近くのレストランに行った。世界が大変な時にレストランが開いているのは、恐らくこの町だけだろう。


『世界がこんな時だからこそ、腹一杯美味しい物を食べるべきなんだ』


 それが店長の口癖だ。


「で、何を悩んでおられたのです」


 席に座り、注文を終えた所で葵が話を切り出した。


「別に、何も悩んでないよ」


 望は窓の外を見て誤魔化した。


「そう言う所、変わっておりませんね。望月さんと桜井さん、それと私。3人で一緒にいた時間は短かったですけど、望月さんが何かを隠している時にはそうやってはぐらかすんです」


「そうだっけ?」


「そうですよ。一度私が『桜井さんの事をどう思っているのですか』と尋ねた時、その質問に対する答えは『良い友達だよ』って言いながら空を眺めておりました」


「俺はそんな事覚えてない」


 望は窓の外を見ながら言った。食前に運ばれてきたドリンクを取り、口に運んだ。


「あはは‼︎ 本当に変わりませんね‼︎ 久し振りに笑いました‼︎ でも、あの時私は気付きました。望月さんは、桜井さんが好きなんだなって」


「ぶっふぉあ‼︎」


 望は飲み物を喉に詰まらせてむせ込んだ。ドリンクが冷たかったのが幸いだ。熱ければ口を火傷していた。


「あら? 気が付かないと思いましたか? 私、感が凄く良いんです」


「女の勘……」


「ええ、女の勘です。気が付いていないのは桜井さんだけじゃないでしょうか? 他はクラス全員気づいていました」


「え? そ、そうなの?」


「ええ、そうです。いつ告白するんだろうなって、皆んなで見守っていました」


「見守られていたんだ」


「で、今日悩んでおられるのも『桜井さんの事』ですよね?」


「……」


「言わなくてもわかります。望月さんがここにいると言う事は、『3年前のあの日以前にここに来た』と言う事ですよね? 日本の現状がわからないから、行くしかないと思っていたのではありませんか?」


「俺の考えが読めるの?」


「読めません。ただの勘です」


「女の勘って、ヤバイね」


「ええ、ヤバイです」


 そう言うと葵はニッコリと笑った。会話をしているうちに料理が運ばれて来た。冷めないうちに料理を食べる。


 料理を食べ終わり、食後の飲み物が運ばれる。望はコーヒー、葵は紅茶を注文した。


「残念ながら、日本には行けません」


 葵が唐突に話を切り出した。


「日本に行けるのは『10日ウイルス』に感染した人間だけです」


 望は飲んでいたコーヒーを置き葵を見た。葵の顔はさっきまでの笑顔とは違い、真剣な表情だった。


「日本に行けない事は分かっているよ」


「それでも望月さんは日本へ行こうとするでしょう? 無理にでも感染して」


「……」


 望は答えず、カップを手に取り口に運ぶ。


「もしそれで、桜井さんがもういなかったら?」


 望はカップを置き、俯いた。


「……止めろ」


「いいえ。やめません。桜井さんがもういなければ、望月さん、あなたは無駄死にになります。今の日本に行くと言う事は--」


「止めろ‼︎」


 望は机を叩き、大声で言った。その勢いにも葵は顔色ひとつ変えず、淡々と話し続けた。


「今の日本に行くと言うことは、そういう事です。余程の確証がない限りは動くべきではありません。ムキになると言う事は、心の中でそう考えていたからじゃないですか?」


「……本当にもう、止めてくれ」


「良いですか? 私があなたに言いたい事は3つです。1つ目、自分の命を大切にして下さい。ご両親がどんな思いであなたをここに連れて来たかご存知ですか? 大切な人を守りたい気持ちがあなたにわかりますか?」


「……」


 望は答えず、俯いたまま聞いていた。


「2つ目、桜井さんが仮にまだ生きていたとして、そこからあなたはどうするつもりですか? 生きているとしたらドームの中でしょう。でも外から入れない。結局会えずじまいではありませんか?」


「……」


 望は何も答えず、俯きながら聞いた。


「あなたは昔、私に言いましたよね? 『悲劇のヒロイン気取ってるけど、そんなの誰も見ていない』って。今のあなたもそうじゃないですか? 可哀想な自分に甘えて現実を見ない。現実を見て、前を向いて歩くべきです。私が言いたい3つ目は――」


「止めろって言ってるだろ⁉︎ もう聞きたくない⁉︎ 俺だってわかってるよ⁉︎」


 葵の言葉を遮り、望が怒鳴った。それでも葵は顔色ひとつ変えなかった。


「私が言いたい事の3つ目は、『私の恋人になって下さい』と言う事です」


「………………は?」


 葵の言葉に、望は硬直した。


「世の中には『変わるもの』と『変わらないもの』があります。世界の状況は……残念ながら変わってしまいました。生活環境も変わってしまいました。でもあなたに対する私の想いは変わらなかった。今日、再開したのも偶然ではありません。風の噂で、あなたが日本から出た事と、この辺りに住んでいる事を知りました。それから私はずっとあなたを探していました。この想いを伝えたくて」


「そ、そんな事……急に言われたって……」


「思い出せばあの日、あなたが転校して来たあの日から、あなたをずっと好いていました。『一目惚れ』って言うのでしょうか。でもあなたは私に目もくれず、ずっと桜井さんの隣にいた。それが許せなくて、あんな事をしてしまいました。孤立した私に対して、初めて声をかけてくれたのもあなたでした。……嬉しかった……すごく嬉しかった……あれからずっと伝えたかった。私の想いを、ずっと伝えたかった。これで私も前に進めます。あなたの答えがどうであれ、私は私の想いを告げた」


 2人はその後沈黙した。まさか葵がそんな事を思ってくれているとは、てっきり嫌われていると思っていた。


「あの……」


 沈黙に耐えきれず、葵が話を切り出した。


「返事をお聞かせ頂けますか?」


 望はカップに目を向け、葵の顔に視線を戻す。


 3年前から、離れ離れになってもずっと想っていてくれた。望をずっと探してくれていた。想いを伝える為に、声をかけてくれた。そんな女の子に恥をかかせないよう、その想いに応えよう。望は口を開いた。


「ごめん……その気持ちは凄く嬉しいし、俺には勿体ないくらいだよ。でも……ごめん。俺は桜花の事が忘れられない」


 その言葉を聞いた葵は、望の顔を見てニッコリと笑った。


「そうですか……返事を聞かせて頂き、ありがとうございます。これで私も前に進めます。……『桜花』……ですか。前は『桜井さん』って呼んでいたのに、ここにも『変わるもの』と『変わらないもの』がありましたね」


「……本当にごめん」


「いえ、良いんです。私があなたに想いを伝えた。それが大事なんです。でも1つ、お願いがあるのですが……」


「何?」


「あつかましいお願いですが……その……」


 葵が顔を赤くして俯いた。


「何? 僕に出来る事なら何でもするよ」


「わ……私の事を、『葵』って呼んでもらえませんか? 一度でいいので」


「一度とは言わず何度でも呼ぶよ。葵」


 葵は更に顔を赤くして机に突っ伏した。


「葵、今日はありがとう。葵に会えたおかげで元気が出たよ。葵、これからも友達でいてくれ」


「……一度に呼びすぎです」


 望は笑った。お腹を抱えて笑った。葵は笑いすぎだと怒ったが、すぐに笑顔になった。その日は連絡先を交換し、別れた。望は肩の荷が下りたようにスッキリとした気持ちだった。


 それからしばらくは人工知能の開発の為、部屋にこもりきりだった。葵からは何も連絡が無い。望からは断った手前、気まずくて連絡しなかった。


 人工知能の開発もあと一歩となり、会話まで可能となった所で、電話が着信を伝える。望は電話を取り、見てみると写真を受信していた。写真には、葵が眩しい笑顔で写っている。


「やっぱり可愛くなってるよな……」


 そんな恥ずかしい独り言を呟く。その写真にはもう1人女の子が写っていた。どこか見覚えのある顔。懐かしい顔。少し痩せていたけれど、間違い無い。


「……桜花?」


 そこには望が3年間想い続けた女性が写っていた。



【第8章〜再開は約束の場所で①〜】


 時は少し遡る。桜花は血液中にウイルスが発見され、10日間の食料と、水を持たされ、ドームから追い出された。ドームの外は無残な状況だった。辺りには死体が点々とし、腐敗臭が漂っている。


「うっ……」


 その余りにも酷い匂いに桜花は嘔吐した。食料を渡されたが、とても食べる気分にはなれなかった。


「いやだ……いやだよ……望」


 桜花はその場から出来るだけ離れたくて歩いた。行くあてもなく、これから先、自分がこの死体等の仲間になる事に対する恐怖で歩いた。


「そうだ……海に行けば……海に行けば望の事を忘れる前に死ねる。こんな所で死にたく無い」


 そう呟いて海に向かう。海まではそう遠くない距離だ。半日も歩けば着く。眠る様に生き絶える人達から目を逸らし、桜花は歩いた。


 海に到着すると、桜花は崖を探した。崖から飛び降りれば一気に楽になる。桜花は10メートルはあるであろう崖を見つけ、登る。登った先には1人、生きている人が立っていた。


 その人は儚げな顔で海の向こうを見つめていた。どこかで見た事がある様な顔立ち。桜花は無意識に、懐かしい名前を口にした。


「……七海?」


 その人を見て桜花が呟いた。桜花の目に入った人は、昔大喧嘩し、そして仲直りした女性だった。


 葵が崖の方へと歩みを進める。桜花は走り出した。


「止めろ‼︎ 七海‼︎」


 葵が驚き、桜花を見た。その瞬間、葵はその場で崩れる様にしゃがみ込み、肩を震わせて泣いた。


「うっ……うっ……桜井さん……生きてましたか……まだ……生きていてくれましたか」


「あぁ……なんとかな」


「……良かった……良かったです……」


 葵は大声で泣いた。桜花は葵を抱き寄せ、泣き止むまで抱きしめていた。十分が経過した頃、葵が落ち着いたのを見て桜花が質問をする。


「七海、お前がここにいるって事は……」


「えぇ、私の血液から例のウイルスが検出されました。そしてその日の内に母国へ帰国です」


「そうか……」


「桜井さんも……ですか?」


「うん。今朝の血液検査で……」


「そう……ですか……」


「でも最後にお前と会えて良かった。実を言うと、すっごく寂しかったんだ」


「私も……です」


「七海はいつ日本に?」


「昨日のお昼です」


「と、言う事は、発症する迄後3日程か」


「そうですね。そうなります」


「私は後4日程だな。それまで昔話でもしよう。お前がいなくなって、その後望もいなくなって、それからずっと寂しかったんだ。本当に……寂しかったんだ……」


 桜花の我慢していた感情が一気に溢れ出した。桜花は泣いた。寂しかった。怖かった。3年間、寂しさに耐え、恐怖に耐え、絶望に耐えて来た。懐かしい葵の顔を見て、一気に肩の力が抜けた。


 今度は葵が桜花を抱きしめた。泣き止むまで、ずっと抱きしめた。


 夜も近くなり、2人は崖から離れた。雨風が凌げる建物を探し、手頃な倉庫をに入り、中で火を起こす。


「腹減ったな。何か食べるか?」


「残念ながら、私が渡されたのはこれだけです」


 葵は服のポケットから、小型の銃を取り出した。


「銃?」


「えぇ。病で死ぬか、その前に自分で死ぬか、自由に選べですって。弾は一発のみです」


「それって酷くないか……」


「酷い……とも言えません。記憶を無くし、思い出を無くし、その恐怖から解放される唯一の希望です。自分が自分のまま死ねるのですから。私が実際に選ぶ立場になって、これが希望の様にも感じました」


 葵は銃を見ながら言った。


「そうか……私にはわからないな。私は1秒でも長く生きたい。たとえ自分が自分じゃ無くなったとしても、あの場所で待っていたい」


「あの場所? あの場所ってどこですか?」


「神社だよ。ほら、夏祭りがあった場所」


「あぁ‼︎ 思い出しました‼︎ あの場所で誰を待つのです?」


「……望を、望を待つ」


「……残念ながら、望月さんはここまで来れませんよ。ウイルスが発見されない限り」


「それでもいいんだ。私はあの場所でずっと待つ。あそこで約束したんだ。たとえ体が無くなっても、そこでずっと待つんだ。望はいつか必ず来てくれる。明日は朝からそこを目指す」


「本当に好きなのですね。望月さんの事、信じているのですね。でもどうやって行くのですか? 歩いてだと10日以上掛かりますよ?」


「走って行くさ」


「……いや……無理ですよ」


「無理じゃない。成せばなる」


「……わかりました。私も一緒に向かいます」


「何でそうなった?」


「私は車の運転が出来ます。だから車さえあれば1日で着くでしょう。それから私は……私である内に、記憶を失う前に自分で命を断ちます」


「そうか。ありがとう。……自殺する事を止められない世の中って……やっぱ狂ってるよな。お前の気持ち、私は理解してしまっている」


「そうですね」


 それから2人は、ゆらゆらと揺れる火を見つめ、黙った。

しばしの沈黙の後、桜花が話し出した。


「明日の予定も決まった事だし、ご飯でも食べるか」


「桜井さん」


「何だ?」


「ご存知の通り、私はご飯を持ち合わせておりません。少し分けて頂けますか?」


「もちろん」


 2人は昔話に花を咲かせた。この時、この瞬間だけは、3年前のあの日の様に、ただ楽しい時間が流れていた。


「桜井さん」


「何だ?」


「……あなたに謝りたい事があります」


「何だ?」


「ノートの件ですが、本当に申し訳ございませんでした」


 葵は立ち上がり、深々と頭を下げて謝罪した。


「……もういいよ。そんな事。今となってはいい思い出だよ。どうせあれだろ? 私が望と仲よかったから、その嫉妬だろ?」


「な⁉︎ 何故その事を⁉︎」


 葵が驚きよろめいた。


「はぁ? クラスの皆んな気付いてたぞ? 気付いてないのは望ぐらいじゃないか? アイツ鈍いから」


「そ、そうだったのですか……」


「そうだったのだ。だから、仲直りした時点で許してる」


「……そうですか。知りませんでした。気付いておられたのですか」


「うん。だからもう気にするな」


「それともう1つ、謝りたい事があります」


「何だ? まだあるのか?」


「私、望月さんに告っちゃいました」


「……それは許さん。銃を貸せ」


 桜花は立ち上がり、葵に詰め寄った。


「ちょ‼︎ ちょっと待ってください‼︎」


「待たない。躊躇もしない」


 桜花が葵ににじり寄る。桜花は尻餅をつき、後ろに下がった。


「フラれました‼︎ 『桜井さんが忘れられない』ってフラれました‼︎ だから許して下さい‼︎ お願いします‼︎」


「そ、そうか。フラれたか……残念だったな。アイツも何でこんな可愛い子をフルんだ。許せんやつだ」


「そんな事言ってますが、何故そんなにも嬉しそうなのですか?」


「嬉しそうじゃない。悲しんでる」


「顔がにやけてますよ」


「はっ‼︎ しまった」


 冷静さを取り戻した桜花は、葵の手を引き立たせた。土埃を払った後、2人は元の位置に戻った。


「で、いつ告ったんだ?」


「日本を出て、しばらく時間が経った後に再会する機会があって、その時に」


「ふ〜ん。望は元気にしてたか?」


「えぇ。悩んでいる様ではありましたけど。元気でしたよ」


「ならいいや……でも、私も会いたいな」


「会えますよ。きっと」


「そうだな。いつか会えるよな。ありがとう」


 葵は桜花を見つめ、にっこりと微笑んだ。その笑顔とは裏腹に、桜花が見た彼女の目は、とても悲しそうだった。


「……もう寝ようか」


「そうですね」


「おやすみ」


「おやすみなさい」


 こうして2人は眠りについた。そして翌朝、太陽が昇るのと同時に桜花が目を覚ますと、葵は既に起きていた。目の下に少し隈が出来ている。どうやら眠れなかった様だ。


「おはよう」


「おはようございます」


 挨拶も早々に、2人は朝食を食べる。食べ終わった後、火を消し、外に出た所で葵が話し出した。


「そうだ。桜井さん、写真を撮りませんか?」


「あぁ? 何でだよ」


「2人の姿を記録に残したいのです。ダメですか?」


「いや、別に駄目じゃないけど。カメラなんて持ってないぞ?」


「少々お待ちを」


 葵が靴を脱ぎ、靴底からカメラを取り出した。


「ここにあります」


「お前……すごいな」


「カメラなどの持ち込みは禁止されていましたので、咄嗟に隠しました」


 葵は得意げにカメラを見せた。


「ふーん」


「ささ、早く撮りましょう」


「笑って下さいね」


 満面の笑顔で写真を撮る葵に対し、桜花は照れ臭い顔をした。


「……送信っと」


「どうしたんだ?」


「あ、いえ。別に何でもありません。あ〜あ、カメラの電池が切れてしまいました」


「別にもういいだろ。行くぞ」


 桜花は車を探して歩き出す。


「ちょ、ちょっと待ってください‼︎」


 葵はその後を小走りでついて行った。


 無事に車を確保し、神社へ向かう。所々休憩を挟みながらのドライブだったが、夜には神社の下へ到着した。桜花は車から降り、3年前、待ち合わせした場所に立った。


「では、私はこれで失礼いたします」


「あぁ。本当にありがとう。助かった」


「いえいえ。お互いこれでお別れですが、何だかんだ寂しくありませんね」


「そうだな」


「死ぬのがわかっているからでしょうか、すごく落ち着いています。不思議ですね」


「そうだな」


「また、生まれ変わったら……友達に……なってくれますか?」


 落ち着いていると言った葵の目が、涙で潤んでいる。桜花もまた、涙を目に溜めながら言った。


「当たり前だろ。いつでも、どんな時でも私達は友達だ」


「……忘れたくない……忘れたくないです……」


 泣き出す葵を桜花が抱きしめ、2人で泣いた。2人はその日、夜遅くまで泣いていた。


 2人が別れたのは朝方だった。桜花が感染してから3日目、葵が感染してから4日目の朝だった。



【最終章〜再会は約束の場所で②〜】


 望は桜花と葵が写っている写真を見て、落ち着いてはいられなかった。直ぐに日本へ行く支度をした。


『おい。ちょっと落ち着け。そんなに慌てていたら日本に着く前に事故で死ぬぞ』


 俺は慌てる望にそう言った。しかし望は俺の言葉が耳に入らないのか、手を止めなかった。


『おい‼︎ ちょっと俺の話を聞け‼︎』


 俺が声のボリュームを上げて言うと、ようやく望の耳に届いたのか、手が止まった。


「聞いているよ『HOPE』。でもこれで落ち着いていられるか⁉︎ 桜花が生きてる‼︎ 感染から何日目かもわからない‼︎ 今行かなきゃ絶対に後悔する‼︎」


『だから、行くなとは言っていないだろうが⁉︎ 俺は落ち着けって言ってるんだ‼︎ 落ち着いてから好きな所へ行け‼︎ そして好きに死ね‼︎』


 望は数回深呼吸をした。こう言った切り替えが早いのも望の強みだ。


「ありがとう。HOPE。少し落ち着いた。HOPEにお願いがあるんだけど」


『何だ?』


「俺の記憶を、今までの記憶をお前に移植した。お前は俺そのものだ」


『そうだが、それがどうした?』


「俺の今までの記憶、今からする事の記憶をお前に送る。それをを記録して、物語として世界中に配信して欲しい。出来るか?」


『あぁ。造作もない』


「ありがとう。配信するタイミングは俺の心臓が止まってからだ。その直前に俺の記憶を送信する様に仕込んだ。俺の見たもの、触れたものの記憶も可能な限り送信する。それをまとめて物語を綴ってくれ」


『わかった』


「じゃあ行ってくる」


『おいおい、ちょっと待て』


 荷物を背負い、部屋から出て行こうとする望を俺は止めた。


「何だよ⁉︎ まだ何かあるのか⁉︎」


 望はかなりイラついている様だ。落ち着いたのは表面だけだったか。


『両親には話さなくて良いのか?』


「話したら反対されるに決まっている。だから、黙って出て行く」


『ここまで育ててくれた親に向かってそれは無いんじゃないか? お前以上にお前の事を理解している人達だ。話すくらいはしたらどうだ?』


「そんな時間は――」


 望が俺に反論しようとした時、ドアが静かに開いた。望は驚き、振り返る。そこには望の父親が立っていた。


「お前とHOPEの会話は聞いた。両親に何も言わずに出て行くつもりか?」


「それは……」


 望が口篭る。


「元々お前を無理矢理連れて来たのは私だ。まだ子供だったお前を守る為だった。私は私の正義を通した。申し訳ないとも思っていない」


 望が拳を握りしめ、震えている。


「だが、今のお前はもう立派な大人だ。自分の生き方を決められる年になった。もう止めはしない」


 望は握りしめた手を開き、信じられないと言う顔で父親を見た。


「ただし、条件がある」


「な、何?」


「このカプセルを飲んで行け。それから、そこに転がっているイヤホンも持っていけ」


 父親はポケットの中から小さなプラスチック製のケースを取り出し、中を開いて見せた。


「このカプセルの中身は……聞いても良いのかな?」


「中身はナノマシンが入っている。『10日ウイルス』の遺伝子構造を感知した時に起動する。起動後はウイルスを消滅させ、破壊された脳細胞を修復する様に出来ている……はずだ」


「はずって……」


「試作品だからな。人体で試そうとしても感染者は直ぐに日本へ送られる。これが有効だと立証されれば、製造に移り、この病は地球上から撲滅出来る。どうせ死にに行くなら実験台になれ。そして世界を救え」


「……随分と大きな事になった」


「一度言ってみたかった」


 そう言うと父親はにっこりと笑った。笑った顔は望とそっくりだ。


「イヤホンは? 何の為に?」


「さっきHOPEから落ち着けと何度も言われただろう? そのイヤホンはお前がHOPEを作る時に使用していた物だ。今でもHOPEと会話が出来るだろう。お前は直ぐに我を忘れるからな。それを付けて会話して落ち着くと良い。それに今の日本はどうなっているか全くわからん。アドバイスをもらいながら進むのがベストだ」


「わかった」


 望はイヤホンを耳に付け、会話が出来るか試した。どうやら通信機能は万全の様だ。予備のバッテリーとカプセルが入ったケースを鞄に入れ、記録用に改造したコンタクトレンズを目に入れた。


 これら全ては望が俺を作る為に3年間で出来た言わば『副産物』。その副産物がこんな形で役に立つとは望も俺も思わなかった。


「じゃあ、行ってきます」


「ちょっと待て」


「何? まだ何かあるの?」


「どうやって日本まで行くつもりだ? 感染者以外は立ち入り禁止だぞ」


「それなら考えがある。行ってきます‼︎ 今まで育ててくれてありがとうございました」


 そう言って出て行った望の後ろ姿を、父親はいつまでも見つめていた。


『望のお父さん?』


「何だ?」


『お父さんは一体何者何だ? あんなナノマシン、普通開発すら出来ないだろう?』


「それを言うならお前は何だ? 誰が作った?」


『望だが』


「私はその望の父親だ。それ以上でもそれ以下でも無い」


『なるほど』


 望は空港まで走って行った。空港に到着したのは夜。毎日感染者を送り出す為、毎朝決まった時間に空港へヘリが来る。逃げ出す者がいない様に警備は厳重。とても忍び込めはしない。


『で、港に着いたは良いとして。これからどうするんだ?』


 俺は望に空港に着いたその先のプランを訪ねた。


「決まっている。感染すれば良い」


『だからどうやって?』


「血液検査の時、俺の前にいた奴が感染者だった。検査担当官の顔色を見て直ぐのわかったよ。それから、そいつが別の部屋に案内されている空きに血液を少しもらった」


『お前は目的の為なら平気で恐ろしい事をする』


「葵に『日本には行けない』って言われた時からずっと考えていたんだ。どうやったら行けるのかって。その答えがこれだよ」


 望は感染した血液を自分に注射した。


「これで僕も感染者だ。桜花を探す猶予は10日。桜花自身の猶予は何日かわからない。早く行かないと」


 望は空港の警備員に「自分は感染者だ」と伝えた。警備員は信じられないと言った顔だったが、検査室に連れて行き、採血した血液を見て顔色が変わった。


 望は直ぐに隔離され、小さな拳銃を渡された。翌朝、ヘリが到着すると、感染者達が次々と乗り込む。望はその中に加わった。


 日本の空港に到着した。現在、日本の空港で稼働しているのはこの一箇所だけの様だ。世界中から感染者を乗せたヘリが到着している。


 空港を出るように言われ、望も外に出た。空港の外は地獄絵図の様だった。


 眠る様に死んでいる者、銃で頭を打ったのか、顔が半分ない者、恐らくは恋人同士であろう、抱き合いながら首を吊る者、それらが無数に点在していた。


「酷い……」


『あぁ、これは酷すぎるな』


 目に付けたコンタクトレンズと、イヤホンのお陰で俺は望が見聞きした景色と同じものを見た。どうすればここまで酷い状況を作れるのか、俺は人間に恐ろしさを感じた。


『これからどこへ向かうんだ?』


「行き先は決まっている。あの神社だ。桜花もきっとそこに向かったはずだ」


『わかった。現在地からその神社までの距離を割り出すと、お前が全力で走ったところで8日はかかるが』


「それじゃダメだ。車がいる。何処かに車は――」


 車を探して歩く望。しかし、どの車も当然ながら鍵が閉まっており、動かせそうにない。


「駄目だな……探すだけで時間を使い過ぎてしまう」


『焦るな。落ち着いて探せ』


「あぁ、そうだな。車が駄目なら他に何か移動手段は。あれだ‼︎」


 望は民家のガレージに駐車してあったバイクを見つけた。家に侵入し、玄関に掛かっていた鍵を取り、バイクに刺して回す。ガレージに停めてあったバイクは、元気なエンジン音を響かせた。


「よし‼︎ 行けるぞ‼︎」


『望はこのスポーツバイクの運転は出来るのか? 俺の記録にはその様な情報は無いが』


「大丈夫。お前がいるからな。イヤホンを持ってきて正解だった。運転方法を指示してくれHOPE」


『了解した』


 俺はネットの情報からスポーツバイクの情報を引き出す。そのまま運転方法を望に伝えた。望の感心する所は一度で覚え、応用も思考の発展も同時にこなす所だ。バイクの扱いは直ぐにマスターした。


「さあ、行こうか」


 望はヘルメットを被り、バイクを走らせた。


 現在の感染状況『望、感染1日目』『桜花、感染5日目』『葵、感染6日目』。


 バイクを軽快に走らせて数時間が過ぎた。今の場所は空港から目的地までの中間と言った所だ。


 道の横で電柱にぶつかり、大破している車を見つけた。エンジンから煙を上げ、タイヤは外れている。煙が出ている所を見ると、事故を起こしてそう時間も経っていない。望は胸騒ぎがした。もしかすると、桜花がこの中にいるかもしれない。そう思った望はバイクを停め、車の中を覗く。頭から血を流し、目を閉じたまま動かない葵がいた。


「葵‼︎」


 葵からは返事が無い。望は葵を車から出し、木陰に寝かせる。心音は確認できたので、どうやら気絶しているだけの様だ。怪我も頭の傷以外は無い様だ。望は傷の手当てを行い、横に座った。


「ん……痛い……あれ? 私、生きてる?」


「目が覚めたか‼︎ 良かった‼︎」


「あれ? 望月さん? ここは……どこ?」


 葵は辺りをキョロキョロと見渡す。


「現在位置はわからないけど、ここで事故していたんだ」


「事故? なんで?」


「覚えて無いのか?」


「何も思い出せません」


「覚えている事は?」


「えっと……私が屋上で1人泣いていたところに、望月さんと桜井さんが来て……」


 葵は3年前の事を語り出した。葵の感染状況は6日目、新しい事が記憶出来ず、徐々に忘れていく。車の事故も、突然運転方法を忘れたのであろう。


「私は、その……恥ずかしくて意地を張りました。けど、すごく嬉しかった」


『望』


 俺は望の精神状態を確認する為に声をかけた。


「あぁ。大丈夫」


「大丈夫? 何が大丈夫なのですか?」


「怪我の状態だよ。何も問題ないみたいだね」


 そう言って望は3年前と同じ笑顔で笑った。


「あはは‼︎ 私、その笑顔が大好きです」


 葵を1人には出来なくて、近くの家に入った。望は葵をベットに寝かせて、しばらく休む様に言った。レトルトの食品があったので、2人で食べる。葵の状態は、時間を追う毎に悪化していった。


「ごちそうさまでした」


 葵が両手を合わせて言う。


「ごちそうさま」


 葵の言葉に合わせて望も言った。


「こら‼︎ おにいちゃん‼︎ ちゃんと『て』をあわせていわなきゃだめなんだよ‼︎」


 葵が子供の様に怒る。


「そっか。ごめんなさい」


「おにいちゃん? なんでそんなにかなしそうなかおをしてるの?」


「あぁ……何でもないよ。葵ちゃんは優しいね」


「えへへ」


「実はね……」


 この時、望の感情は悲しさでいっぱいになった。この気持ちは表現できない。


「実はね、お兄ちゃんは葵ちゃんとそっくりなお姉さんに助けられた事があるんだ」


「へぇ〜‼︎ かわいかった?」


「うん。とっても。葵ちゃん、頭、痛くない?」


「ここのケガしてるところ、すこしいたい」


「じゃあ、葵ちゃんにそっくりなお姉さんを助ける代わりに、葵ちゃんを助けちゃおう」


「え? いいの?」


「うん」


 望はニッコリと笑い、ポケットからプラスチックケースを取り出した。


『おい‼︎ 望‼︎ そんな事をすればお前が‼︎』


 望はイヤホンを外す。プラスチックケースからカプセルを取り出し、葵に飲ませた。


「さ、葵ちゃん。そろそろ寝ようか」


「うん。ねむくなっちゃった……おにいちゃん、おやすみなさい」


「おやすみ」


 望は葵が寝静まったのを見て、イヤホンを付けた。


『望、お前は何をしたのかわかっているのか? これでお前は助からない』


「もともと俺だけ助かるつもりは無かったよ。それに、見ていられなかった……」


『……』


「このカプセルが効果を発揮するのか、心配だな。父さんに言われてるし」


『俺を置いていけ。葵の耳に付けておけば記録ができる上、俺から事の成り行きを説明できる』


「ありがとう、HOPE」


『葵の状態を見るに、桜花もそろそろだろう。早く行け」


「わかってる」


 望はバイクにまたがり、走り出した。


 数時間後、神社の前に到着し、バイクを停める。


 望はかつて祭りが開かれていた境内を抜け、本堂の裏の山道を駆け抜ける。木々が途切れ、丘が見えた。あの日から変わっていない丘の上。


 望は辺りを見渡した。


 2人で並んで花火を見たその場所に、1人の女性が座っている。望は歩いて近づいた。


「おせーよ‼︎」


「ご、ごめん‼︎」


 そう言葉を交わすと、2人は笑った。涙が溢れて止まらなかったけど、2人は笑った。


「ん」


 桜花は『自分の横に座れ』と地面をポンポンと叩いた。

望はそれに答え、横に座る。


 しばらく沈黙で時が流れた。


「桜花、ごめんね」


「どうかした?」


「3年前、何も言わないままいなくなって」


「あぁ、全くだ。私がどれだけ落ち込んだか……でも仕方ないよ。私達はまだ子供で、どうする事も出来なかった。だから、謝らなくて良いよ」


「うん。ごめん」


「だから謝らなくて良いってば‼︎ でも望、お前本当に来てくれたんだな。私はそれが嬉しい。こんな地獄の様な場所に、来たら死ぬのがわかっていながら来るなんて……本当に……バカで……お人好しで……大好きだ……」


 桜花は望の腕にしがみつき、泣いた。


 望も桜花の肩をポンポンと叩く。桜花は叩いた手を掴み、強く握りしめた。


「……なぁ……あの日の約束、覚えているか?」


「うん。忘れた事がない」


「私達、もう大人になったかな……」


「自分の決めた事にちゃんと責任を持てる様にはなったと思う」


「それってそう言う事?」


「大人になったって事」


 望は手を桜花の肩を掴み、抱き寄せた。


 2人は見つめ合い、そっと唇を重ね合わせる。花火は上がっていなかったが、この日はあの時、2人が約束をした日だった。お互いの存在を確認するように、一緒にいる事が出来なかった日々を埋めるかの様に、何度も何度もキスをした。


「そう言えば桜花はどうやってここまで来たの?」


 2人は横になり、空を見上げていた。


「七海に会った。車を拝借して、ここまで連れてきてもらった」


「そっか。俺も葵に会ったよ」


「あ・お・い……? 随分と親しげに呼ぶじゃないか」


「い、いや‼︎ 別にそう言うわけじゃ……」


「ははは‼︎ 冗談だよ。七海から聞いた。告られたんだって?」


「うん」


「で、断ったんだって?」


「うん」


「そうか。で、七海は?」


「俺に会ってすぐに症状が悪化した。俺の事も何もかも忘れてしまっていた」


「そうか」


「忘れるのは怖いけど、とても幸せそうだったよ」


「今までの嫌な事も全部忘れるからな。ある意味では幸せな死に方なのかも知れないな。でも、私は覚えていたい。過去の嫌な事も、嬉しい事も。全部覚えていたい。失いたくない」


「俺もだよ」


 桜花が望に乗りかかる。


「なあ、望。頼みたい事があるんだけど……聞いてくれるか?」


「何?」


「望……銃、持ってるだろ? それで私を死なせてくれないか?」


「何を言い出すかと思えば……」


「頼むよ。お前の事、七海の事、全部覚えたまま死にたい。私も明日には何もかも忘れてしまう。どうせ死ぬなら覚えたまま、望の腕の中で死にたい」


「……今度は桜花が俺から離れていくの? 俺は嫌だ。もう離れたくないよ。だから――」


 望はポケットから銃を二丁取り出した。


「一緒に行こう」


「何で? 一丁だけ渡されるって七海が言ってたぞ。何で二丁持ってるんだ?」


「1つは葵のだよ。別れ際に貰ってきた」


「……そうか。向こうに行ったら謝らなきゃな。辛い役目を1人で背負わせてしまって」


「そうだね」


 桜花はそっと手を伸ばし、銃を1つ手にした。2人がもう離れないように、望が下に寝転び、桜花が上に覆いかぶさる。お互いの胸に銃口を当て、合図と同時に引き金を引いた。


 2つの銃声が1つに重なり、桜花は望の上に崩れ落ちた。


 望は、桜花を腕に抱いた。


「あ……んあまり……痛く……ないな……苦しい……けど」


「そう……だね……これで……もう……離れ離れに……な、ならないね……」


「望……大好きだ……よ……」


「お……れも……大好きだよ……桜花……」


 2人は力が抜けて行く。それに逆らう様に唇を合わせ、抱き合ったまま息を引き取った。2人の目から涙が溢れながらも、最後まで笑顔で、幸せそうな顔をしていた。



【後日談】


 俺はこの物語を世界中に配信した。絶望の中でもお互いを信じ、最後まで貫いたこの2人の物語を。


 俺が望に頼まれたのは、2人の物語を配信する事だけ。葵の物語はまだ続くが、それはまた違う機会に語るとしよう。


 物語を見てくれたおかげか、今世界が動き始めている。絶望の中で希望を見出し、前を向いて歩こうとしている。


 この物語を読んだあなたも、希望を捨てず、前を向いて歩いて欲しい。


 世界が少しでもよくなる事を信じて、俺はこの物語を配信し続ける。




 

最後まで読んで頂き、ありがとうございます。

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