メイスの過去②
イリー達の住むロバゴ村は、エルフ族の集落だった。
エルフ族。
炎・氷・雷・土といった属性の高等魔術を扱い、人間の七~八倍の寿命を持つ種族。特色である耳の長さ以外は人間と全く区別のつかない外見をし、人里離れた場所に集落を作って静かに暮らしている。
もちろんイリーも生粋のエルフだ。ただ、歳はまだ十四になったばかりと、エルフの中で言えばまだほんの赤ん坊だ。
イリーは今日も長い耳をピンと張って、楽しそうに黒田の隣を歩いている。
今日のイリーは、麻のシャツにお気に入りの明るい草色のフリルスカートを身に着けている。この三年間で一段と女性らしくなったイリーをまぶしく思いながらも、黒田はできるだけイリーと距離をとるようにして歩いた。
「……それでね、パパったら、私が教会で洗礼を受けてたときに、ちょうど神父さんが私の頭に杖を当てるのを見てたみたいで。そしたら、うちの娘に何するんだーって急に怒り出しちゃって。自分も洗礼受けたことあるのにね、おかしいよね」
「ああ」
「……どうしたの? 元気ないね」
イリーが近づいてきて、黒田の顔を覗き込む。
「なんでもないさ」
「なんでもあるよ。だって私達、家族じゃない」
イリーは黒田の正面に回り込んで、両手を腰に当てている。その恰好は、ママがイリーにお説教をするときの様子にそっくりだった。
黒田は黙って顎で丘のふもとの辺りを指し示した。
そこには、遠巻きにしてこちらの様子を窺う数人のエルフがいた。
「あの人達がどうかしたの?」
「いや、だから……」
「気にしないよ、私、そういうの」
イリーは黒田と向き合いながら、後ろに歩みを進める。
「私、メイスとそういう関係だって思われても……平気、だもん」
自分で言っておいて、イリーは顔を赤らめてうつむいた。
「そういう関係って、はっ?」
イリーは前方に向き直った。表情は、隠れてよく見えなかった。
「そうじゃない。お前達エルフは人間を嫌ってて、俺は人間だ。お前が俺と一緒にいれば、お前まで嫌われちまう」
「……なあんだ、そんなことなの」
「そんなこと、じゃないだろ。イリー、お前はもっとエルフの仲間を大切にすべきだ。人間の俺に構うことはない」
「人間だのエルフだの、そんなことどうだっていいじゃない」
イリーは大きく伸びをして、そのまま両手を広げていく。
「村のみんなは好きだよ。でも、私はメイスのことだって好きなんだ......。ねえメイス、上を向いて」
黒田は視線を上に向けた。そこには、どこまでも青く透き通った空と、地平の先まで続く雲が浮かんでいた。
「ほら、お空ってこんなに高いんだよ。神様から見たら、人間もエルフも、魔族だって、みんな一緒に見えちゃうね」
くるりくるりと回るイリーを見ながら、黒田は一つ大きく息を吐いた。




