道標
……つもりだったのだが。
ドアの先に玄関はなかった。辺りは真っ暗で、母親や妹がいる気配もない。
「ただい……ま?」
呼びかけてみても、中から反応は返ってこない。
そろそろと中に入ると、古臭く埃っぽい匂いがした。
入る家を間違えたはずはない。開けたのは間違いなく俺の家のドアだ。
右手に持っていた鍵をぎゅっと握りしめる。
ぱっと、後方から差していた薄明かりが消えた。半開きのドアから漏れていた自動点灯機能付きのライトが切れたのだ。
一面が暗闇に包まれる。と思ったら、室内からぼうっとした白い光が上がっていた。その光源は何かの山に埋もれているようで、いくつかの筋の光が放射状に漏れ広がっていた。それがあまりにか細い光だから、今まで気づかなかった。
耳を澄ませると、すーっ、という音が聞こえる。
そこでようやく俺は、後ろから風がなびいているのに気付いた。
まずい、と思ったときにはもう遅かった。
ガチャ。
風に煽られて、ドアが閉まったのだ。
急いで振り返って手探りでドアノブを探したが、いつもの位置にドアノブがない。あるはずのドアノブに頼ってかけた重心は行き場を失い、俺はつんのめってドアにぶつかった。
低くくぐもった音が響く。明らかに俺の家のドアと質感が違っている。
ようやくこのドアの取っ手と思しきものを見つけた。
しかし、押しても引いてもドアはびくともしない。まるで外側からカギがかけられているかのような、絶望的な手応えだった。
「いや、ちょっと、ふざけんなよおい!」
俺は、場所の知れないどこかに閉じ込められてしまったらしい。原因は、この鍵以外に考えられなかった。
好奇心が仇となるとはまさにこのことかよ。てかマジでここどこ? ドア開けれたとして、家帰れんの? さすがに日本だよね、ここ。
……一回、落ち着こう。
この鍵は、普通のドアをどこでもドアに変える力を持ってるのか? ただ、どこでもドアは自分の好きなところに行けるけど、この鍵は自分の意思に関係なくどこかに連れていかれる点で相当たちが悪い。
ともかく、今は状況把握が優先だ。こう真っ暗闇だと何をするにも不都合だ。
俺は、さっきの白い光を思い出す。何が光ってるかは知らないが、とりあえずあれを松明代わりにしよう。
俺はつまずかないように気を付けながら、ゆっくりと光の方へと向かった。
部屋はしんと静まり返っていて、俺の足音だけがコツコツと響く。
六月にしては空気がひんやりしているような気がしたが、そこはあえて気にしないことにした。




