脱出①
俺は密かに屋敷を脱出する計画を練っていた。
といっても、他の場所に移り住むわけではない。俺は基本的に現状の待遇で満足していたし、ここは右も左も分からぬ異世界だ。下手に動いて餓死でもしたらつまらない。
俺の企図する脱出計画は、クレアや他のメイド達に気付かれることなく、屋敷の周りの様子を確認するためのものだ。外がどうなっているかある程度把握できれば、今度の方針(屋敷にとどまるか、それとも本当に屋敷から『脱出』するか)もおのずと定まってくるだろう。
この計画を遂行するにあたって最初にして最大の課題が、どうやって屋敷を囲む塀を越えるかであった。
俺はここ一ヶ月の間、メイド達の目を盗んで屋敷の構造をくまなく調べていた。
屋敷の出入り口は一つだけである。その鉄製の扉には頑丈な錠がかかっており、鍵はメイド長であるクレアが肌身離さず持っているようだった。クレアから気づかれることなく鍵を盗んで脱出するというプランも考えられないではない。しかし、それを成功させるのは、俺の能力に鑑みると、確率は低そうだった。
屋敷の広大な庭を囲む塀は、三階建てのマンションほどの高さがある。塀は古びているが継ぎ目はなく、崩れている箇所もないため、単に登って越えることは不可能だ。
そこで考えられるのが、魔術を駆使した脱出方法だ。
これに関しては、いくつかの有力な方法を思いついた。
まず、雷属性の特性である『貫通』を利用し塀に穴を空けて脱出するやり方だ。しかし、この方法では、塀に穴を空ける際の音の大きさが気になる。それに、塀に空いた穴でクレア達に俺の脱出を気付かれる可能性が高い。
次に、土属性の『隆起』特性を生かし、塀の前に階段を作ることによって脱出することも考えた。ただし、この方法もいささか目立ちすぎるという難点がある。
そこで考えたのが、地面を隆起させるのではなく、塀の外まで地面に穴を空けることによって脱出する方法だ。地面に空いた穴ならば、草木によって隠すことができるから、クレア達に勘づかれるリスクも低い。掘削も、魔術の練習に紛らわして少しずつやっていけば、さほど苦労はないだろう。
それでも、クレアが目を光らせている中、水面下で掘削作業を進めるのには相当に骨を折った。このおかげで、俺は魔術の二属性同時行使(例えば、炎の魔術を練習していると見せかけて、雷の魔術で地面を削る等)という鬼技を編み出すことにもなった。




