異世界での優雅な生活③
かくして俺のヘンテコな異世界生活が幕を切って落とされたわけだが、正直に言って、(クレアから時折命を狙われる以外は)かなり快適に過ごすことができていた。
ご飯は朝・昼・晩の三食が決まった時間に用意され、どれも絶妙に美味い。
暇なときはクレアから異世界の文字を教えてもらった。話し言葉はメイスの記憶を覗いたせいか、何不自由なく話せるようになっていたが、書き言葉はてんでダメだったのだ。
夜はふかふかのベッドで、朝までぐっすり眠ることができる。クレアが添い寝を所望していたが、いくら猫耳が生えていてもクレアは立派な女の子なのだし、そもそも俺が眠っている間に寝首を掻く算段でも考えているに違いなかったから、丁重にお断りした。
それでも暇になったら、魔術の練習をすることにしていたのだが、これが存外難しい。俺の中に魔力があることは分かるのだが、それを魔術という形にすることはまた別の話だったのだ。
基礎的な魔術の練習は、大きく三段階に分けられる。まず、身体に均等に分散している魔力を一点に集中させる練習。それから、その魔力を具現化するためのイメージを作る練習。最後に、そのイメージに見合った魔力を放出する練習である。これらはそれぞれの段階に特有の難しさがあり、コツを掴むのに苦労する。俺は、魔術の練習をやってみて改めて黒田明誠の魔術の技量の高さを思い知った。
それでも、練習開始から三か月後には、俺はイメージ通りの魔術を行使することができるようになっていた。クレアにも「渉も一つはとりえがあったのですにゃあ」と初めて感心された。全く嬉しくなかったけど。
そんな生活の中でも、俺には二つ不満があった。
まず、俺は外に出ることができなかった。メイド達から外出が禁じられているのだ。屋敷は広いが、やはり限界がある。屋敷は周囲を高い塀で囲われており、外界を垣間見ることはできない。おかげで、俺はここがどんな場所なのだか、未だに検討がつけられずにいた。
もう一つ、これが決定的なのだが、俺が異世界に来たときに持っていた所有物がすべてなくなっていることだ。これには、あの不思議な魔力が込められた鍵も含まれている。そのため、俺は元の世界に帰る術を持たず、なす術もなくこの屋敷に閉じ込められていたのだった。
元の世界に帰りたいという願いはやはりクレアに聞き入れてもらえず、日が経つにつれて、俺の不満も加速度的に増大していった。