メイスの過去⑮
メイスの過去編、完結です。
「人がお願いしているのにその態度とは、最近の若者は躾がなってないですね」
安西はむっとしたようにして言った。
「ここは一つ教育を施してやるとしましょう。その態度を治せるのなら、腕の一本や二本、授業料としは安いくらいですからね」
安西はおもむろに手を前にかざした。
黒田はとっさにバックステップで安西との間合いをとる。
「跪きなさい」
安西がそう唱えると、黒田は自分の身体が急に重くなった。倒れないように足を踏ん張るが、地面に足がめり込んでいく。まるで、誰かに上から押さえつけられているかのようだ。
上からの圧力はみるみる強くなり、黒田は耐え切れず膝から崩れ落ちた。バランスが崩れると、一気に体勢が崩れ、たちまち、黒田はうつ伏せの状態から身動きが取れなくなった。
これは、重力?
そうか、安西は重力を自由に操る魔術を使っているのか。そう考えると、一定空間の物体を消滅させるあの異様な術にも説明がつく。すなわち、重力を一極に集中させ、小さなブラックホールを作っているのだ。
足音が近づいてくる。
安西はサーベルを持ち直し、空に向けて二、三回振り下ろす。
サーベルが振り下ろされる度、シュ、シュ、と短く鋭い音が黒田の鼓膜に響いた。
「さて、お仕置きの時間といきましょうか」
魔術の原理を理解したところで、どうにもなりはしない。
「待って!」
どこからか声がした。
黒田は圧力に抗って顔を横に向けた。
そこには、イリーが立っていた。
「その人に手を出さないで」
安西は踵を返した。
「これはこれは、あなたがイリス・クリシュナですね。探す手間が省けて助かりました」
安西は大げさに脱力してみせた。
「では、一緒に来てもらえますか」
「おい、勝手に……話進めてんじゃ……ねえよ」
黒田は四肢を懸命に動かして、安西の足にすがりついた。
「おや、まだ動く力がありましたか」
安西はまるで服に付いた汚れを払うかのように、取り付いていた黒田をさっと振り払った。
再び取りつこうとした黒田を、さらなる重力が襲う。
「なり損ないの魔術詠唱師のくせに、調子乗ってるんじゃありませんよ」
もう一度地面に磔になった黒田の頭を、安西が右脚で踏みにじる。
「あんただって……魔王軍に……いるじゃねえか」
黒田は血だらけになった唇を動かして言った。
「私は君とは違いますよ。ヘッドハンティングされたんですよ、魔王軍に」
安西はせせら笑った。
「いやあ、本物の魔王って心が広いんですねえ。強ければ、種族を問わず迎え入れてくださる。同じ種族同士で争い合う人間とは大違いだ」
「もうやめて!」
黒田の頭を蹴り飛ばしていた安西はその動きを止める。
「私をどこにでも連れて行っていいから。だから、もうやめて」
「あなたは合理的な方なようだ。そういう方、私は好きですよ。たとえ、それがエルフでもね」
安西は、ぶつぶつと何か呟いて手をかかげると、目の前に半円状の黒い空間が現れた。
空間魔術だ。
安西はイリーを抱いて、その空間に入っていった。
安西が黒い空間に消えると、黒田を押さえつけていた重力も通常に戻った。
「イリー!」
既にイリーの身体もほとんど黒い空間に包まれていた。
イリーは涙で濡れた顔でにっこりと笑ってみせ、言った。
「助けに来て。待ってる」
イリーの声が遠くなり、黒い空間は消失した。
黒田の意識は薄らぎ、周りの景色は暗黒に溶けていった。




