鍵
一冊目・二冊目と読了したところで、閉店十分前の音楽が鳴った。
本屋を出るともう日はとっくに落ちていて、辺りは薄暗闇に包まれていた。人口が増えてきているとはいえ、旭丘市もまだまだ田舎だ。夜になれば人通りはまばらになるし、街灯も弱々しく頼りない。
俺の家は旭丘市の東部に位置し、本屋からは駅を挟んで向かい側だ。歩いて十五分ほどで着く。普段はチャリを使っているのだが、今日はパンクの修理で自転車屋に預けているのだった。
そういえば、明日は帰りにチャリを受け取りに行かなきゃいけないな。自転車屋は本屋からかなり離れているから、正直とても面倒くさい。自転車屋は高校の通学路の近くにあるから、放課後高校から自転車屋に寄ってそのまま家に帰れば何の問題もないのだが、家に早く帰ったところでやることもないし、時間を持て余すだけだ。
六月の涼しさを残した風が通り過ぎる。夜になると暑さは幾分和らぐから、ずっと夜が続けばいいのにと願ったりすることもあるのだが、その願いが聞き届けられた試しはない。
駅を通り過ぎ、街灯の間隔がさらに広がっていく。片側一車線の道路は車が通り過ぎる気配もない。辺りは住宅街だが、まるで誰も住んでいないかのようにひっそりと静まり返っていた。
街灯と街灯の狭間で、きらりと光るものが目に入った。道路の真ん中に何かが落ちている。
それは鍵のような形をしていた。鍵のような、というのは、それが実際に鍵の役割を果たすのには怪しいほど大きかったからだ。言うなれば、ゲームに出てくる大きくデフォルメされたあれだ。それは、かすかな街灯の光を目一杯に反射し、異様な存在感を放っていた。
取っ手がさびで黒ずんでいることから、かなり年紀の入った代物のようだ。付け根の部分には名前の知らない宝石の装飾が施されている。ギザギザの山は二つだけで、これが本当に鍵の役目を負っているのなら、その錠前はいとも容易くピッキングできてしまうだろう。
拾い上げてみると、思ったよりもずしりと重い。装飾の宝石は深い緑色をしていて、じっと見つめていると吸い込まれてしまうような錯覚に陥る。手の平に収まりきらないその鍵は見るからに場違いで、かと言ってどこであれば場違いにならないのか、皆目見当がつかなかった。
辺りを見回すが、人の気配は全く感じられない。
この鍵、どうしよう。
これが本当に鍵なら、きっと今頃持ち主は家に入れず困ってる……のかな。
いや、これが家の鍵じゃない可能性もあるか。こんなヘンテコなのを家の鍵にするのは不自然極まりないしな。
警察に届ける? でも交番は駅の方面で、もと来た道を引き返すのはかなり面倒くさい。
じゃあ、元通りに道路の真ん中に置いておこうか。でも、一度拾ったものを元に戻すのって、なんか俺がそれを捨てているような感じがして気が引ける。
第一、これを元に戻したとして、他の心無い人に拾われたらどうするんだ。きっとどこかの古物商にでも売っぱらわれてしまうに違いない。
そうだ、俺はこの鍵を保護するんだ。いや、保護しなきゃいけない。
交番は、明日の放課後にでも寄ればいい。
そんな逡巡を数秒の間に済ませ、俺はその鍵を制服のズボンのポケットに入れて歩き出した。




