メイスの過去⑧
「嘘……だろ」
黒田とイリーは、燃え盛る炎の渦の中にいた。
畑は踏み荒らされ、家という家は全て火に包まれている。
そして、地割れだ。
「ああっ、村長さんの家が……」
イリーが声にならない悲鳴を上げる。
村長の家が地割れに巻き込まれ、陥落していた。
地割れは、まるで狙いすましたかのように、村の中央部から村長の家めがけて一直線に伸びていた。
喉が焼けるように熱い。
黒田の頭の中は真っ白だった。
一体何が起きた? どうして? 誰がこんなことを? みんなは無事なのか? そうだ、ソルスとガリウスは……。
「イリー、家に急ぐぞ!」
イリー達の家は丘の上にある。もしかしたら、火災を免れたかもしれない。
僅かな希望を抱き、黒田とイリーは走り出した。
それにしても、不自然なほど辺りは静まり返っている。
聞こえる音と言えば、火の粉が爆ぜる音と、時折吹きすさぶ風の音くらいで、生きている者の気配は皆無だった。村の住民はもう避難したのだろうか。
道路は、散乱した瓦礫に埋もれ、もはや道路としての機能を果たしていなかった。
道路をそれて、丘へと通じる畦道を駆け抜ける。畑もあちらこちらで火の手が上がっており、風に煽られてさらに丘の上へと燃え広がろうとしている。
大丈夫、まだ火は届いていない。
大丈夫、大丈夫と自分に言い聞かせながら、黒田はイリーの手を引いて疾走する。
ふと、ソルスの笑顔が思い浮かんだ。暖かい手。特製のミートパイ。隣でガリウスが豪快に笑っていて、その中にイリーがいて、きっと、俺も……。
……もう居場所を失いたくない。
ほら、この坂を越えればいつもの赤茶色の屋根が見えてきて、中でソルスが出迎えてくれるはずだ。




