メイスの過去⑥
空から赤の炎と黒の煙が跡形もなく消え去ると、訓練場はいつもの静けさを取り戻した。
黒田は内心はっとさせられた。つい半年ほど前のイリーは、自爆魔術と揶揄されても仕方のないくらいに使い物にならなかったのが、今では、軍に入れば即戦力と言われてもおかしくないレベルに到達している。もちろん、彼女は軍に入ることなど、微塵も考えていないだろうが。
それでも、イリーの成長は、それこそ血のにじむような努力を重ねてきた結果なんだと思う。魔術の技術を向上させることが困難を極めることは、黒田が身をもって感じていることだった。
「よく頑張ったな」
一言、イリーに声をかける。
イリーは、立つのも億劫といった様子で、首だけこちらに向けて、にっこりとはにかんだ。
その佇まいがとてもまぶしく見えて、気恥ずかしくなった黒田は慌てて次の言葉を探す。
「まあ、一発撃っただけでこのざまじゃあ、先が思いやられるけどな」
「へへっ。そうだねえ」
イリーはこんな時でもおっとりマイペースだ。もっとも、それが彼女の良さでもあるのだろう。
黒田が肩を貸して、イリーを木人形の残骸まで連れて行かせる。あれほどすさまじい魔術を使えるのに、身体は華奢なままなのが不思議だ。むしろ黒田の背が伸びたことで、以前よりもイリーが小さく見える。
お互いの体力が回復するまで、しばらく休憩することにした。
その間は、いつもの如く、イリーが日々の出来事を話し、黒田がそれに対して感想を言うことを繰り返した。
イリーの話は、聞いていて飽きることがなかった。黒田自身、イリーやソルス、ガリウス以外のエルフと話す機会がほとんどなく、周りからも避けられているため、イリーの話すロバゴ村が、黒田にとってのロバゴ村だった。
教会の神父さんが優しいこと。近所のロンゾおばさんのガーデニングがとってもきれいなこと。いつも明るいシャルムお姉ちゃんが今日はなぜか塞ぎ込んでいたこと。教会で一緒のウィズが、ジルに恋心を抱いていること。
恋心と言えば、黒田は、イリーが黒田を異性として好いていることに、薄々ながら気がついていた。
一方、黒田はどうかと言えば、正直自分でもよく分かっていなかった。初恋はこの世界に召喚される前に既に済ませていたし、その初恋は実らなかったわけだけれども、まだ、黒田は自分にとってどこまでが友情で、どこからが恋愛感情なのか、区別をつけることができていなかった。
嫌いなわけでは、決してない。イリーは顔立ちが整っていて、控えめに言っても美人だ。その割に、天然で抜けているところがあって、放っておけない。いつも絶やさない笑顔に思わず魅入ってしまうこともしばしばだ。黒田がイリーを魅力に感じていないわけがなかった。
そろそろ休憩も終わりにしよう。
そう切り出して、黒田が立ち上がって大きく伸びをしている時だった。
大地が激しく揺れ動いた。




