魚島の話
「昔、昔、あるところに小さな島がありました。
島民は魚を捕ったり、貝を採取したりなどして毎日楽しく暮らしていました。
ところがある時、島に大きな魚が迫ってきました
とても大きな口をしていて、その島ぐらいの大きさならペロリと一口で飲み込んでしまいまいそうです
島民は驚いて、世界の終わりだと大騒ぎしました。
中には魚と戦おうとしたり、魚に対して食べないようお願いをする人もいました」
「魚にお願いってどうやってお願いするんですか」
「よく分からないけど、両手を合わせて頭を下げるんじゃないですかね」
「それじゃ魚には伝わらないかもしれませんね」
「そうです。そんなのは魚には通じないから、ある時に島全体が魚に飲み込まれてしまいました。
飲み込まれた時、島民は大パニックになりました。
とうとう世界が終わったのだと大騒ぎです。
ところが魚はきれいに島ごと飲み込んでくれたので、飲み込まれても島はそっくりそのまま残っていました。
魚はいつも口を開けていて海水が入ってきたので、海はいつもの様子と変わりありませんでした。
変わったことといえば空が魚の口の上あごになったことぐらいでした。
でも上あごは青くずっと遠くにあったので、空と区別がつきません。
実は空のように見えるものは上あごだったのです。
島の人たちが持っている船は小さかったので遠くまではいけません。
試しに遠くまで行ってみましたが、口の端にはたどり着きませんでした。
空はいつも青空です。口の中なので台風とか海が大きく荒れることがなくなりました。船の遭難で命が失われることもなくなりました。
長い年月が経過すると本当に魚に飲み込まれたということを覚えている人もいなくなり、魚の話は古の言い伝えとして語り継がれるのみでした。
この島は魚のおかげで平和になったのだと子供達は教わりました。
島には名前が付いていませんでしたが、ある頃から島民は自分の島を魚島という名前で呼ぶようになりました。
しかし平穏な暮らしが終わりを迎える事態が迫っていました。飲み込んだ魚の寿命が尽きようとしていたのです。
いつも口を開けていた魚が口をあけていられなくなって、空が少しずつ低くなってきました。
魚は口を開けていようとがんばっていたけど、力が入るあまり上あごが震えることがありました。
島民は空が震えているのを見て、もうすぐ平和な暮らしが終わりを告げることを悟りました。
でも世界が終わるにしてもみんな一緒だから怖くない、これまで魚のおかげで穏やかに暮らせてきたのだから、最後まで魚に感謝しようと人々は話し合いました。
魚の上あごが激しく震れる日が続きました。最後の時が近づいてきたのです。島民は空が震える間に、世界の終わりを迎える心の準備を整えることができました。
そんなある日、空が更に激しく震えた後、空の震えが止まりました。
魚は上あごを開いたまま命を終えたのです。
でも島民はそんなことには気がつきません。
我々の魚が世界が終る運命に打ち勝ったのだと、魚のがんばりを称えました。
島民は魚の話を語り伝え、いつまでも平和に暮らしました」
「面白かったです」
「気に入って頂けてなによりです」
「特に島民が魚に飲み込まないようお願いをするところがいいですね」
「やっぱりそこがお気に入りなんですね」
彼女が笑った。