出会い
夕食が終って森へ帰る途中、背後から声がした。
「話しかけてもいいですか」
振り返ると1人の女性がいた。
ついこの間、他のコミューンから葛葉に来た子だ。
「驚かせてしまってごめんなさい。
整理屋ではありませんから、ご安心ください」
整理屋は誰にも気づかれずに人を殺める存在のことだ。
風紀を乱したり、問題行動の多い人を標的としている。正体は誰にも判らないが、必要悪と考える人も多い。秩序を乱す人間が出ないよう抑止力となっている面もあるからだ。
「確かに驚きました。こんなところで声をかけられるとは思ってもいませんでしたからね」
「驚かせてごめんなさい。いつも森に行っている人ですよね。
どうして森のそばに住んでいるのですか」
「森番という役割だからです。
木材や木の実をを安定的に確保する為に、森を見守っています。
それにあまりないことだけど、森の近くに新しいコミューンができないとも限りませんから、葛葉でこの近くは管理しているということを知らせる必要もあります。
それはそうと今日はこれから森に行く用事でもあるのですか」
「ただ寝泊りするだけです。もう既に通い始めて1週間が経ちます」
「それは気づきませんでした」
「もうそろそろお知らせした方がいいと思って」
「住む家はどうしているのですか」
「地面で寝ています。体温保護フィルムのおかげで寒くありません」
「それは驚きました。確かに寒くはないかもしれませんが、動物に襲われたらどうするんですか。私の家にはもうひとつ部屋があります。今日はそこに泊まってください」
改めて彼女を見た。年は20才ぐらいだろうか。
とても美しい顔立ちをしているが、同時に少し奇妙なバランスも感じられる。しかしその違和感が甘めの顔立ちをひきしめていいる。
その目には必要以上の感情は入っておらず、邪気も感じられない。目を合わせようとしないが、目から読み取れる表情は悪くない。
相手を値踏みするような目で見ている自分が急に恥ずかしくなってきた。
「歩きながら話しましょう。立ち止まっていると危険ですから」
「危険って動物ですか」
「熊が一番危険ですが、それ以外でも気がたっていたり怯えている動物は大体危険です。
こちらの存在を知らせることが重要です。腰から下げている鈴もこちらの存在を気づかせる為です。
それでも安全という訳ではありません。だからこれを渡しておきます」
予備で持っていた護身用の長刀を渡した。
「私も自分の身を守るので精一杯の時がありますし、私がやられてしまう可能性もありますから、いざという時はこれで身を守ってください」
「ありがとうございます。用心しなければいけないのですね」
「1週間も後を付けられていて気づかない人間が用心するように言っても説得力ないですけどね。私も今度から背後を気にするようにします」
笑って答えた。
「いつか気づくのではないかと思っていましたが、気づく気配がなさそうだと思って声を掛けたんです。
でも出会ったばかりの私に長刀なんかを持たせて後ろを歩かせても大丈夫ですか。怖くありませんか」
「怖いというよりも不思議です」
彼女が笑った。
「私も不思議です」
「ところで一週間も森のそばで寝泊りしていたというお話でした。森番でもないのになぜそんなことを」
「1人でいる方が気が楽だからです」
「みんなと一緒にいた方が楽しいですよ」
「私は変わっていますから、そんなに楽しくなくてもいいんです。楽しいことがすべてとは思いませんから」
「そういえばまだ名前を聞いていませんでしたね」
「ルカです」
「僕はなつめといいます。
ルカさんが1人をいることを邪魔することはありませんから、その点はご安心ください。
私も1人でいることを好む風変わりな男です。でも自分では人畜無害な男だと思っています。自分で人畜無害という男は逆にあやしいのかもしれませんが」
「大丈夫です。大丈夫そうに見えます」
その日からは毎日夕食が終ると彼女と一緒に森に帰った。
どうしても森のそばに住みたいそうだ。
翌日から森に帰った後に彼女が住む家を建てる仕事が加わった。
最初は1人でいるのが好きなのだからと、話し掛けるのを遠慮していたが、打ち解けてくると、様々な話をしてくれた。
彼女はこれまで様々な区画を渡り歩いているようだ。元々はずっと西のコミューンにいたようだが、渡り歩く内にとうとうボーダーの森にまで来たとのことだった。
普通はその逆だ。
汚染がひどい地域から離れたいと思うものだろう。
ともあれ僕にとっては突然降ってきた幸運には違いない。
帰ってからの1人の時間はこれまで通り確保されている一方で、退屈な移動の間だけ美しい女性と話をすることができる。
しかも彼女とは気が合うようだ。
話題を探さなくても自然となんでもないたわいない話ができるし、沈黙が続いても気にする様子がないので、気まずくなることもない。
ただ僕に合わせて彼女が気を遣っているのだったら申し訳なく思う。