カノコとの会話
カノコのいる場所はいくつかパターンがある。
お気に入りの場所なのだろう。
今日は防風林のそばにいた。
僕が近寄るとカノコが話し掛けてきた。
「なつめくん、お散歩ですか」
「今日は天気がいい。お散歩日和ですね。
もしよかったら向こうまで一緒にお散歩を楽しみませんか」
学校の方を指差した。
「多少寄り道しながらでもかまいませんが、いかがでしょうか」
「せっかくのお誘いですが、遠慮させてもらうわ。
私はとても忙しいものですから」
「何をしてそんなに忙しいのですか」
「考えることが多すぎて、どんなに時間があっても足りないぐらいです」
「もし良かったら、僕も一緒に考えるお手伝いができないでしょうか」
「地球は本当に回っているんですか」
「回っていると言われています」
「なつめくんは100%直感に従うことが怖いですか」
「怖いと思います。カノコは怖くないのですか」
「地球と一緒に回っていたように感じていた子供の頃、私は全然怖くありませんでした。目を瞑って森の中を裸足で走り回ることもできそうなぐらいでした。
そんな風に世界はできているって、何の疑いもありませんでした。でも今は繋がりが切れて、もう随分経ちます」
「私からみるとカノコは以前と変わりなく見えますよ。カノコが自分でデザインしているその服も相変わらず素晴らしいですしね」
「最低限のたしなみです。 何も魅力がなかったら存在していないと同じですから。
でもまだ世界と繋がっていたら、服なんかボロボロでも全然気にならならないはずです。子供の頃はもっと楽に生きていました」
「確かに大変な問題を考えているようですね」
「なんかもう誰かに死ぬまで好きに過ごしていいって言われたいです。
食べ物も空から降ってくるから心配いらない。思うままに行動したらすべてがうまくいくから、何も心配いらないって。
そうしたらたまには学校に行く気になるかもしれないし、もう少し人にやさしくできるかもしれません。やりたいことはないのに、やりたくないことは山ほどあります」
「将来のことで悩んでいるのですか」
「それが自分の中で決まらないから、苦しいのでしょう。だから八つ当たりしているだけです。今の私にはうかつに近づかないほうがいいです」
「ご忠告ありがとう。でももう近づいてしまいました」
「今日は学校に行かないと先程申し上げたはずです。
私は旧政府にちっとも行きたいと思いません。それなのに行くのが当然と思われるのは心外です。
それだったら私を殺して死体として運べばいいと思ってしまいます」
「僕は旧政府に行かなくてもいいと思っています」
カノコが笑った。でも楽しくて笑っている訳ではなさそうだ。
「私がひねくれているから、わざと逆を言ったのですか」
「いいえ。だってカノコは気休めの言葉ならいらないのでしょう」
「ふーん、ばかみたい」と言いながら、彼女は少し考えるふりをした。
いや実際考えているんだろう、僕を学校に帰還させる決定的な言葉を。
次の一言で学校に連れて行こうとする僕を完全に意気消沈させるつもりだ。
彼女は何か思いついたらしく、はじめて僕の顔を見た。
僕の瞳を覗き込んだ瞬間、怯えた表情となった。それから小さな声で言った。
「あなた誰? ねえ」
「どうかしましたか」
「まあいいわ。自分でも気づいていないのね。
あなたぐらい鈍感な人だとなかなか気づかないのかもね。
ええとなんだっけ、まあいいや。
じゃあ旧政府に行かないことにしたとします。
だからといって葛葉にいたいかといえばそうではありません。
答えなんかどこにもありません。
私はこんな風に永遠に空回りする運命なんでしょう。
自分がとてもやっかい性格をしているということは分かっています。
でも自分のそういうところも嫌いではありません。だからこの先きっと幸運が私に微笑むことはないでしょう」
「将来のことはゆっくり考えればいいのではないですか。進路の最終決定まで、まだ時間があります」
「今わからなくても時間をかければ分かるようになると言いたいの?」
「時間が問題を解決することもあると思います」
「ばかみたい。時間が過ぎても問題はそのまま残るだけです。
人は時間が過ぎてもただ年をとるだけです。
もし時間が経つと理解できたり答えが見つかるのだったら、年をとった人は賢人や聖人ばかり。でもそんなことは全くありません」
思わず笑ってしまった。
「ついにとうとう本当のことを言ってしまいましたね」
「楽しんで頂けてなによりです。
なつめくん。私は自分が置かれている立場を分かっています。近いうちに流れに身を任せなければいけなくなる時が来ることも分かっています。
でも流れに身を任せたら流されて、あっという間に一生が終ってしまう。個人の力でその流れに逆らうことはできません。
一度流れに乗ってしまうと一見無駄に思えることを考えたり、ぶらぶら過ごす時間はなくなってしまう。そんなことを楽しむ時間は今しかないの。
今はまだ自分のふるまいたいようにしていれば少しは楽しい。でも今が過ぎてしまったら、後で今と同じことをしても楽しめなくなってしまうかもしれない。
私はただ楽しめるうちに楽しませてほしいだけです。自分でここを立ち去るべきだと決めたら、言われなくても自分からこの場所を立ち去りますから」
「分かりました。今はカノコにとって立ち止まって考える時なんでしょうね。
でもこれからも学校監督は役割上カノコを探しにいかなければいけません。
急かしている訳ではありませんが、もしカノコが今抱えている問題に答えが出て、気が向いたら教室に来てください」
「考えておきます。残念ながら今はまだ私がどれだけ口汚く罵っても、世界は微動だにしませんからね。
でも私はいつかこの地球を2つにかち割ってやるつもり。それが終ったら暇つぶしに教室にでも遊びに行くことにするわ。
また機会があればお話ししましょう。ではごきげんよう」