回復する過程
「そういうことがあったとは、今のルカからは想像もできませんね」
「その後、人との接し方や普通に振舞う方法を学んだんです。
でもまだ完全じゃなくて時々不自然なリアクションをすることがあります。自分でそれに気づくとやってしまったと、心の中ではもう大変です。,
時には悲鳴をあげそうになることもあります。表には出さないようにしているだけで精一杯なんです。
だから夜は1人でいて、昼間にできた心の傷を修復をしているんです」
「私は途中で話を止めるべきでしたね。わざわざ辛い記憶を呼び覚ます必要はありません」
「だってここにいて聞いてくれるのは、なつめさんじゃないですか。全然平気です。途中からもっともっと話したいって思いました。
自分の不自然な行動に慌てたり、過去を悔やんだり、記憶の中の母親を憎んだり、そのこと1つ1つはとても辛いことです。
でも自分が回復する為には、そういうことを思い出して少しジタバタした方がいいと思うこともあります。
私の心にも自己治癒力みたいなものがあって、たぶん時間をかければ大抵の歪みはきっと自力で解消することができると思います」
僕はそっと抱き寄せて、ルカを包み込んだ。
ルカは平気そうにしているが、身体はこわばっていた。
やはり無理をしている。
「ルカは過去を乗り越えて、自分らしく生きようとしているんですね。とても勇気がいることだと思います。
その為にジタバタしなければいけないならそうすればいい。その努力はいつかきっと実を結びます」
「でもどうにもならないと思うこともあります」
「昼にお話したことを覚えていますか。大丈夫なことも大丈夫じゃないことも、全部大丈夫と思えばいい」
「心を整理するのにもう何年もかかっています。でもまだ全然終わりが見えないんです」
「僕でよかったらずっと待てますから。いつもルカのそばには僕がいます。
僕はルカと一緒に年をとっていきたいと思っています」
どれぐらい時間が経っただろう。
僕の胸に顔をうずめたままルカが言った。
「なつめさんも何かお話をしてくれませんか」
「では僕も気持ちを軽くさせてもらいます。最初の日にルカがなぜ森のそばに住むのか聞いたことを覚えていますか」
「はい」
「森番だからと答えた記憶があります。でもそれは口実に過ぎません。
森番の仕事は以前コミューン全員が交代でやっていました。でも僕が常駐すると立候補したんです。私は森番で常駐すればいつも1人でいられると思いました。
僕は仕事以外で中央いると疲れてしまうから、そう希望したんです」
「なぜ疲れてしまうんですか」
「分かりません。1対1で話している分には全然平気です。
でも集団の中にいて、様々な言葉や感情が行き交うところにいると精神的にとても疲れてしまうんです。総会なんかはもうそこにいるだけで疲れてしまいます」
「でも悩んでいる風には見えません」
「実際、悩んではいませんからね」
「人間嫌いでもなさそうに見えます」
「はい。ただ人が多いところにいるととても疲れるというだけです。中央にいると楽しいことが多いことは分かっています。でも楽しいよりも疲れる方が上回ってしまうんです。
でも我ながら矛盾しているところがあります。私がアーカイブで旧世界の終末期の記録を読み漁っていることはご存知ですよね」
「はい」
「仕事が終った後は海外のアーカイブにアクセスして、悲惨な時代の記録を貪るように読んだり視聴したりしています。
そうすると心が痛むし精神な疲労も大きい。総会の時とも比べ物にならないぐらい疲れてしまいます。読み終わると本当にげっそりします。そして嫌な感じだけが残る。
でもなぜそんなにあの時代のことにこだわってしまうのか、自分でもよく分からないのです。悲惨な記録を読むと気持ちが昂ぶって叫んでしまうことがあります。
時々自分がおかしくなってしまったのではないかと、不安になることがあります」
「大丈夫です。もしなつめさんがおかしくなってしまったら、私も一緒におかしくなってあげますから、全然心配いりません」
「本当にそのままおかしくなってしまって、こちらの世界に戻ってこれなくなるかもしれませんよ」
「2人ともおかしくなれば2人の間では問題なくなります。それで共犯関係が成立ですよね」
ルカが顔を上げた。
泣いた跡がある。
でも今はまるでいたずらに成功した子供のように笑っている。
僕も笑って言い返した。
「今泣いたカラスがもう笑う」




