もうひとつのきつね壺の話 前編
ルカがまたおとぎ話を話してくれた。今度は長い話だった。
昔々あるところに夫婦と長く美しい黒髪の小さな女の子がいました。
夫婦が住む小さな社には大きな壺があって、その壺を守る仕事をしていました。夫婦はきつね守と呼ばれていました。
その壺にはきつねが弔われていると言われていましたが、壺の中を見ることは禁じられていて、それを確かめた人はいません。
しかし昔からの言い伝えで、壺のそばには必ず誰かがいてあげなければいけないとされていました。
3人の住む社は人里から遠く離れた山奥にありましたが、里の人は長い道のりを歩いて食べ物を届けてくれました。
ある日突然、お母さんが病に倒れました。お母さんは死期が近いと悟ると、女の子を呼んで次のような話をしました。
昔々あるところに大きなきつねが2匹いました。1匹は悪いきつねで、もう1匹は良いきつねでした。
ある時良いきつねが悪いきつねの尻尾に噛みつきました。
悪いきつねはぎゃっと叫んで、思わず良いきつねの尻尾を噛んでしまいました。良いきつねは尻尾が噛まれて痛いのを我慢して、悪いきつねの尻尾を噛み続けました。
そうしないと悪いきつねが逃げてまた悪さをしてしまうからです。悪いきつねも良いきつねを恐れるあまりそのまま噛み続けました。
2匹が輪のようになって互いに噛み付いたまま10年が過ぎ、100年が過ぎ、1000年が過ぎ、ついには2000年が過ぎようとしていました。
そんなある日、2匹とも命が尽きた姿で発見されました。
そこで人々は良いきつねを丁重に弔おうとしました。ところがそこにある旅人が通りがかり、2匹とも弔うべきだと言いました。
旅人は言いました。
「良いきつねの口元をごらんなさい。口が開きかかっています。でもこの様子では随分昔のことです。なぜならすっかり口元が乾いているでしょう。
もう一方の悪いきつねの口元をごらんください。よだれの跡がまだ新しい。これだけのよだれの量からすると逃げる元気もまだ残っていたでしょう。
良いきつねが先に死んで口を緩めたのだから、悪いきつねは逃げることもできたはずです。
私には悪いきつねがあえて良いきつねの元で死ぬことを選んだように思われてなりません。最後は2匹とも良いきつねだったのです。だから2匹を一緒に弔うべきです」
村人はそのとおりだと思いました。
そこで2匹が死んだ場所に小さな社を建て、大きな壺に2匹の骨を入れて丁重に弔いました。
お母さんはここまで話し終えると女の子に、将来子供が生まれて成長したらこの話を語り継ぐようにと言いました。
彼女はお母さんに聞きました。
「なぜ私たちはきつね壺のそばにいてあげないといけないの」
お母さんは答えました。
「お母さんのお母さんもきつね壺のそばにいれば、そのうち分かると言っていたの。お母さんもその時は分からなかったけれど、今なら分かるような気がするの。
それは言葉では伝えられないもの。
あなたもきつね壺のそばにいれば、いずれ分かるようになると思うわ」
お母さんはその数日後に亡くなりました。
それから数日が過ぎた時、お父さんは彼女にしばらく出かけるので帰りを待つようにと言いました。
彼女は言いつけを守って壺から離れずに帰りを待ちました。
何日待ったことでしょう。ようやくお父さんが帰って来ました。その時に自分と同じぐらいの年頃の男の子を連れて来ました。
お父さんは言いました。
「妻を失った今、私の命も長くないだろう。
私がいなくなったらお前とこの男の子とで力を合わせて、これからもきつね壺を守ってくれ」
彼女は男の子を受け入れることができませんでした。
「誰もお父さんの代わりにはならない、いなくならないでほしい」と激しく泣きました。
しかしほどなくしてお父さんも亡くなりました。
彼女はしかたなく男の子と一緒に壺のそばで暮らしました。しかし彼女の心は頑なで、男の子と打ち解けることはありませんでした。
その間も台風が来ると一緒に体を張って壺を守り、毎日壺にはしごをかけて隅々まできれいに拭きました。
男の子も彼女に認められるよう一生懸命きつね守の仕事に励みました。
しかししばらくすると里からの食料が途切れがちになりました。
届けてくれた人から聞いたところによると里は戦と飢えでこれまでのように食料を届けられなくなってしまったそうです。もしかしたらこれが最後の食料となるかもしれないと。
彼女は激しく動揺しました。
その頃には男の子も成長し、立派なきつね守になっていました。
彼は言いました。
「心配いりません。僕が作物を育てます。森に罠をしかけて動物をしとめます。食料は僕がなんとかするから、あなたはきつね壺のそばにいてください」と。
彼はそれから毎日食料を確保する為に奔走しました。その姿を見て彼女はようやく心を開き、日に日に絆が強くなってきました。
しかし2人にはなかなか子供ができませんでした。




