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ラストリゾート  作者: 水野たまり
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ゲンジさんとの将棋

「おーい、先生」


 僕が食器を洗っていると、ゲンジさんが声をかけてきた。端末で知らせないところがゲンジさんらしい。


「将棋ですか」


「そうだ。これからどうだ」


「いいですよ。僕ももうそろそろお伺いしようと思っていたんです」

 

「酒も用意しているぞ。お前好みの酒を用意しておいた。飲みながら指そう」

 

「僕は少しでいいですよ。

 お酒を飲むのはいいけど、この間みたいに将棋の途中で眠らないでくださいよ」


「あれは長考していたんだ」


「朝までずっと長考していましたね」


「そうだ。考えて考えて、考えすぎて疲れて、つい眠ってしまったんだろう」


「やっぱり寝ていたんじゃないですか」


「まあ細かいことは気にするな。眠くなったら、お前も長考していいんだぞ」

 大声でゲンジさんが笑った。


 ゲンジさんの家に行くともう将棋盤が置いてあった。


「準備万端ですね」


「目が覚めた瞬間に、今日は将棋をする日だと決めたんだ。他の奴じゃだめだ。お前ぐらい歯ごたえがないとな」


「今日も勝たせてもらいますよ」


「今日もって何のことだ」


「僕はずっと勝っている方じゃないですか」


「古いことは気にするな。毎日が新しい日だ。負けたことはいち早く忘れるに限る。

 でも俺はお前にも一度勝ったことがあるぞ」


「あれっ、毎日が新しい日のはずですよね」


 確かに一度ケンジさんには負けている。

 よほどうれしかったのか、事あるごとにその話を持ち出してくる。


「俺は負けたことは忘れるが、勝ったことは忘れない主義だからな」


「歯ごたえがないといけないんですよね。


 じゃあいつも通り全力で勝ちにいかせてもらいます。

 ちょっと連絡を入れるところがあるのでそれが済んだら始めましょうか」


 彼女に今日は将棋をすることなってそのまま泊まる予定であることと、1人で森に向かうのは危険だからどこかに泊まってもらえないかとメッセージを送った。


 返事はすぐに届いた。

 ルカはカノコのところに泊まるようだ。


「あの彼女に連絡か。まるで天使のような子じゃないか。

 お前にもそういう時が来たんだな」


「自分が一番驚いていますよ」


「お前も森のそばになんかに住んでいなければ、きっと女の1人や2人できていたんだろうがな」


「それが今回は彼女も森に住みたいという子でしたから、むしろ森番をしていなかったらこうはならなかったでしょうね」


「運命だな。ああいう天使のような女と付き合えるチャンスなんてせいぜい人生で1度あるかないかだ。そのチャンスをものにするとはたいしたもんだ」


「運命なんて、大げさですね」


「つまり必然ということだ。

 知っているか。もし運命に出会ってしまったら素通りすることができない。素通りしようとしても、がっちり頭を捕まえられて力ずくで正面を向かされる。


 それから水をぶっかけられて、こう言われる。


 おい、お前はまだ目が覚めていないのか、いいかげん目を覚まして俺と向き合えと。眠りが深いやつは、もっとこっぴどいやり方で起こされちまう」


「良かった。私は幸運にも水をかけられずに済みましたよ。


 他の人からゲンジさんは若い頃もてたと聞いたことがあります。その中に天使のような女性はいなかったのですか」

 

「天使は遠くから眺めているに限る。

 昔、酔っ払ってある天使に近づいたこともあったが、調子に乗ってふざけたらビンタされちまった」

 

「ははは、気が強い天使ですね」


「言っておくが、気が弱い天使なんてものはこの世には存在しない。


 天使には2種類しかいない。気が強い天使ともっと気が強い天使だ。天使はどいつもこいつも気が強いものだ。


 俺みたいな不埒な輩がふらふら近づいてくるんだから、天使をやるのも大変なんだろう。まあつまり、俺とその天使との出会いは運命じゃなかったということだろうな」


「必然的な出会いではなかったのでしょね」


「今はもう天使は遠くから眺めているだけでいい。

 それだけで幸せな気分にさせてくれるんだからな。ビンタされずにも済む」


「駒を並べましょう。僕にとってはこうしてゲンジさんと将棋をさしているのも運命ですよ。


 ゲンジさんに教えてもらわなかったら、こんなに楽しいものを知らずして人生が終っていたかもしれません。ゲンジさんが自由に駒を動かすのを見ているだけで楽しいです」


「お前には勝たれてばかりだけどな」


「ゲンジさんは攻めばかりで王を囲わないから勝てることは勝てます。でもハンデをもらって勝っているようなものです」


「俺は王を囲う駒があったらその分を全て攻めに使いたい。確かにお前の言うとおり俺の将棋は守りがスカスカだ。でもそれがいいじゃないか。


 俺はと金が好きでな。勝ち負けよりもお前の陣地でと金の花を2つ3つ咲かせることができたら、だいたいそれで満足だ」


「私はこういう将棋を指したいというものがありません。いつか私もそう思うようになるのでしょうか」


「お利口さんには難しいぞ。考えすぎたり悩みすぎたりすると、駒の声が聞えなくなっちまう。


 何かが自分の中の空洞を響かせるのを待つんだ。運命の響きをな」


「なんだか途中から話が分からなくなりました。でも今日のゲンジさんは運命の話をしたいということは伝わりました」


「俺も自分で何を言っているか分からなかったよ。まあいいじゃねえか」

 

 ゲンジさんが高笑いをした。


「口が勝手に動いちまったんだ」

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