決意
ベスティエ連邦までは先の村から馬車で1月ほどかかるようで、今は1週間が経過したところだ。
ミアちゃんはいい所のお嬢様なんだろうけど、それを隠蔽するためか馬車自体はそこまで高級なものではないように思える。というか、見た目以外のところに力を入れすぎてて全く揺れを感じないってすごい。
何が言いたいかというと、弱い魔物と数回遭遇した程度で旅自体は順風漫歩と言えるほど平和だ。
「王都にいる頃は毎日忙しかったですからね。思い返すと碌に休みと言える日がなかったです」
「そうだよなぁ。魔物の警戒はウィルがしてくれるから、俺はここで寝転んでるだけでいい」
今俺は馬車の屋根で寝転んでいる。この世界は空気汚染なんてのがないから、相変わらず心地よい風が吹く中、一服中だ。
「気配察知は教えただろう。お前は御者が出来ないんだから、せめて警戒くらいはしろ」
「平和なのはいいことじゃないですか、ウィル」
「ですがミア様。こいつには最低限報酬分の仕事はやってもらわねば、帰ってから無駄遣いをしたと怒られてしまいますよ」
「そうかしら?先日魔物に挟み撃ちにあったときは、ウィル一人だったら対処しきれなかったでしょ?」
そういえば一度だけ少し危なかったと言える襲撃があったな。
ウィルの気配察知で前方から魔物の群れが来ることが分かり、馬車を止めてウィルは対処に行った。しかし偶然別の魔物の群れが後ろから襲撃してきたんだ。ウィルの応援に行こうとした矢先だったが、後方から足音が聞こえたから振り返ったらウルフの群れが来ていた。だから俺は後方の対処に当たった。
頭は狼ほどよくないと聞いていたから、まっすぐ向かってくるところに土の槍でバリケードを作って足止めした後、散弾を模したアイスバレットで一網打尽にしてやった。前方の群れを片付けたウィルが後方の気配に駆け付けた時には一通り殲滅し終わっていたから、驚いていたな。ウルフはあのあたりの魔物の中でも脚が速いため対処しづらかったらしいが、俺の魔法適正である土とは相性が悪かったんだろう。
「確かにウルフの対処は見事と言えるものでしたが、それだけでは…」
「ウィル」
「何だ!今はお前の勤務態度で…」
「左右の森から魔物の気配だ。囲まれてるぞ」
「なっ!?」
周囲のマナを感知して敵性生物を判断する気配察知に引っかかった。ウィルが愚痴を垂れたあたりから少しずつ取り囲んでいたようだ。魔物それぞれはウルフくらいのレベルだが、どうやら数が多い。
「ソウちゃん」
「はい」
「上に来てウィルの援護をしてくれ。数が多いから剣士のウィルだと取りこぼすかもしれない」
「分かりました」
ウィルとソウちゃんが右方の群れを、俺は魔法で左方の群れを担当する。あちらさんも包囲網が出来上がったのか、馬車に突撃を始めた。
先日と同じく馬車の左に石槍でバリケードを作り、魔物たちの足を鈍らせてから氷の礫を突起物にぶっ放す。この前気が付いたが、魔物たちはどこかに突起物があり、その突起物を破壊すると明らかに動きが鈍る。そこに追撃で致命を入れるというのがセオリーとなってきている。
「くっ、思った以上に数が多いな!」
もうすでに20は倒してるが、まだ出てくるようだ。しかも統率されているように感じる。バリケードを超えようとゴブリンが足場になったり、或いは迂回しようとするウルフもいる。これは群れのリーダーの知能がかなり高そうだ。
「ウォオオオオオオオオオオ!」
さらに20ほど倒したところで、森の中から叫び声が聞こえた。途端に魔物の群れが森の中に撤退していく。
「何だ!?」
「ボスのお出ましか…」
馬車を逃がすまいと前方に巨大な影が立ちふさがった。大きさは3メートルほどだろうか。2本の足で立ち、5本指の手が見える。片方には丸太のようなこん棒が握られ、もう片方には拙いながらも木製の盾があった。腰を隠すための申し訳程度の布切れ、顔はゴブリンを更に厳つくしたような感じで、頭には2本の角が生えている。
「馬鹿なっ!何故こんなところにオーガがいるんだ!?」
「…強いのか?」
「強いなんてもんじゃない!レベル100を超えたパーティーがやっと倒せるかってくらいだ!間違っても街道に姿を現す魔物じゃない」
オーガ。おそらくゴブリンが生存闘争に生き残り、多量のマナを吸収して進化したのだろう。先ほどの群れの統率を見るに、知能もかなり高そうだ。生半可な攻撃では返り討ちで即死するだろう。
「ウィルはあれを倒せるか?」
「…無理だ」
「分かった。俺がやる」
こんなところで死にたくない。ウィルとミアにはこれから見せる魔法については黙っていてもらおう。
「無茶だ!何とか逃げるしかない!」
「まぁ見てろ。」
幸いにもオーガはお一人様でこちらを蹂躙したいらしい。対多数にはあまり効果がないが、一体だけなら俺はドラゴンにだって勝てる。ソウちゃんも震えてまともに弓も引けなさそうだ。そういえば大型を仕留めるところは見せたことなかったな。その恐怖もすぐに取り除いてやるよ。
「グオオオオオ!」
「うるさい。止まってろ」
間を詰めようとするオーガを停止させる。やっぱチートだよなーこれ。目にも止まらぬ速さで動かれたりしない限りは、どんな相手でも問題ないな。
せっかくの相手だ。どこまでチートなのか試してみるか。時間ではなく時空魔法だと気が付いたときにやってみたかった魔法を試してみよう。
思い起こすは地割れの裂け目、時空の断層。
「時空切断」
オーガの首を空間ごと切り取る。どんな固い物だろうと、現象の前には何も意味をなさない。空間の裂け目はほどなく閉じて、首を切り取ったという結果を後に残すのみ。
「再生」
ズズズ…とオーガの首はずれ落ちて、思い出したように心臓が血液を外に押し出す。しばらく体は暴れたが、やがて動くのを止めた。
「ふぅ…さすがにマナが枯渇してきたな。ふらふらする」
「あ…あ…」
「何を呆けているんだウィル。せっかくのオーガの素材だ。解体を手伝ってくれ」
「あ、あぁ‥。ヨシュア、お前、一体…」
「後で説明する。オーガはどこが使えるんだ?」
「こ、睾丸が滋養強壮に使えるくらいだ。あとは骨が頑丈で剣や杖の材料になる」
「うぇ、睾丸とか…しけてんなぁ」
思った以上に収穫は見込めないようだ。一応オーガの睾丸で作られた滋養強壮剤は、子宝に恵まれない金持ちには喉から手が出るほど欲しいらしく、かなり高値で売れるとか。うーん、でも売ったら目立つよな…。あとでウィルに相談してみよう。
未だ解体が覚束ない俺と、手慣れたウィルで使えそうな骨を一通り切り取り、でかい死体は邪魔なので地中に埋めた。
その間に、残党のウルフやらゴブリンが何体か寄ってきたが、ソウちゃんに任せてスナイプしてもらった。ソウちゃんもう魔物は狩っても平気みたいだな。何よりだ。でもそうなるとやっぱり報酬が…。しょうがないか。
「さて、説明してもらうぞ。お前は何なんだ?あの魔法は何だ?」
「そんな一気にまくしたてるなよ。ちゃんと説明するから」
しばらく向かったところに街があったので、食事を取って今は宿の一室に3人が集まっている。いないのはソウちゃんだ。今日の戦闘で疲れてしまったのか、早々に寝てしまった。
「まず俺達はただの冒険者だ。最近までは特別なことは何もなかった。」
流石に異世界人ですなんて言わない。勇者とも伝えない。
「王都の近くで魔物に慣れるために狩りをしていたんだがな。その時突然ドラゴンがどこからともなく現れた。」
「ドラゴンだって!?今日のオーガなんて比べ物にならないくらいの相手じゃないか」
「そうだろう。それで流石に手も足も出なくてな。食われそうだったんだが、止まれと念じたら本当にドラゴンが止まったんだ。それこそあのオーガみたいにな。」
「新しい能力に目覚めたと…?」
ミアがなんか妙にキラキラした目でこちらを見てくる。これはあれだ、ソウちゃんにアイスランスを見せた時の輝きだ。二人共子供っぽいなぁ、なんて和んでしまう。
「そうだ。時を操り、同時に空間を操ることが出来ると知ったんだ。いくら文献を漁っても前例がなかったから、俺自身やばい魔法だと思った。目を付けられたくないから人前で使いたくなかったんだ」
「確かに新しい強力な魔法の使い手なんて、良くて英雄として取り上げられるか、或いは実験素材になってばらばらに解体されるかされそうだな」
残念だがウィルよ、俺は英雄に取り上げられることはないんだよ。闇属性持ちだからな。
「そういうわけだ。俺は英雄なんて嫌だし、実験で殺されたくもない。だからウィル、ミア」
「おう」
「はい」
人を脅すなんてことはしたくないが、これは俺の人生も掛かってるんだ。2人なら大丈夫だと思いたいが、万が一をなくしたいから。
「俺のこの魔法について一切誰にも語るな。どれだけ信頼できる人だろうとも、だめだ」
「…」
「もし、俺の魔法について誰かが知っていた場合。お前ら二人共、そして知り得た人物全て…殺す」
出来るだけ睨んで、出来るだけ殺気を放つ。俺の殺気なんてウィルからすれば痒いもんだろうが、俺がどれくらい本気かというのは2人に伝わっただろうと思う。
「…分かった。分かったからもう睨むのはやめてくれ。ミア様がやばい」
「…うっ…ヒッグ…」
「あぁ、悪かった。すまない」
ミアを泣かせてしまった。あぁ、ケモ耳少女に嫌われた。やばい、罪悪感とショックがすさまじい。
でもこれは必要なことだ。俺自身を守るためには。
とりあえず早々に俺は部屋を出るべきだろう。あとは彼らが約束を守ってくれることを祈るしかない。
「それじゃあ、俺はもう寝る。お休み」
「あぁ、また明日」
俺はソウちゃんが寝ている俺達の寝室へと戻った。明日からミアとどうやって接すればいいだろうか。うーん。困った。本当に嫌われていたら、もうソウちゃんに全て丸投げしよう。うん。