雇用契約
ソウちゃんをなだめながら、ミアちゃんにお忍びのためばれないように女装しているとだけ説明しておいた。一応、村で男だとバレるようならしょうがないので女装は諦めると伝える。
村に着いた後すぐ、小綺麗な男が走ってこちらへと向かってきた。
「ミア様!よかった、ご無事で!」
「ウィル!」
ウィルと呼ばれた男がどうやらミアちゃんの連れのようだ。なるほど確かに、素人の俺でも分かるくらいには腕が達者なようだ。
「良かったな、ミアちゃん。合流できたようで」
「はい。この度は本当にありがとうございました」
「ミア様?この者達は一体?」
「この方たちはヨシュア様とソウ様です。私がこの縛られている者達に誘拐されそうになったところを助けていただいたのです」
俺の魔法に関しては詮索しないでくれとは頼んでいるから、余計なことはしゃべらないだろう。
まあ、どうせここまでの縁だ。深く関わらなければ後は何とでもしてくれればいい。狐耳は惜しいけども。
「そうでしたか。感謝する」
「お構いなく」
「お気になさらず。僕たちが出来ることをしただけですから」
まぁ僕は見ているだけでしたけど、とソウちゃんは自虐する。平和な日本からきていきなり人を切ったり殺したり出来るはずがないんだ。しかも彼は限りなく優しい性格をしているのだか猶更である。ソウちゃんが人を殺す必要なんてないのだ。気にするなと俺は彼の肩をポンと叩いた。
悪役2人を詰所の兵士に引き渡し、そのまま村の中に入れてもらう。今日はこの村で休むとしよう。
「それじゃ、俺達は宿も取らなきゃいけないのでこの辺で」
「あ、お待ちください!」
「ん?まだ何か?」
ミアちゃんが俺達を引き留める。お礼でもくれるのだろうか。
「あの、お二人はこれからどちらへ向かわれるのですか?」
「僕達はベスティエ連邦にいくつもりですけど」
「でしたら、私達と共に参りませんか?」
「…何故?」
「えっ…」
疑問を投げかけられることが予想外というように驚くミアちゃん。正直な話、一緒に行く意味が分からない。もしかしたら悪役を倒した俺達の腕に期待して護衛してもらいたいのかもしれないが、ぶっちゃけ自分だけでも手一杯なのに他者を守れる気がしない。あいつらが偶々弱かった可能性もあるし、俺の時空魔法を期待してるなら的外れだ。くそ、やっぱりあの時使うんじゃなかった。
「ミア様、彼らも突然の申し出に困惑しているようです。理由があるならご説明して差し上げたほうがいいかと」
「そうですね。唐突な願い出申し訳ありません。」
「いえ、それで?」
「はい、率直に申し上げると、お二人を道中の護衛としてお雇いしたいと―」
「無理ですね。俺達は人を守れるほど強くない」
「で、ですが!ヨシュア様は魔法剣士として素晴らしい腕をお持ちではないですか?」
「たまたま上手くいったに過ぎません」
これ以上関わってボロを出したくない。それにソウちゃんは十分に強いが魔物はともかく、対人戦では戦力として全く期待したくない。
「ヨシュアさん」
「ん?」
そんなソウちゃんが俺に耳打ちしてきた。
(僕は確かに強くないですし人を切ったりも出来ないと思います。でもヨシュアさんは勇敢ですし、もしかしたら彼ら、馬車で来てて道中が楽になるかもしれませんよ)
(なるほど…確かに馬車は魅力的だな。聞いてみるか)
「ミアちゃん」
「は、はい」
「ここからの移動は歩きかい?」
「いえ、馬車があるのでウィルが御者もしますし、お二人共お乗せ出来ますよ」
「ふむ…」
馬車が使えるなら悪くはないかもしれない。よくよく考えてみたら、こちらも守るがあちらにもウィルという強そうな連れがいるわけだし、そこまで負担も掛からないか。しかも二人連れという特徴をカモフラージュすることが出来て、追手もごまかせるかもしれないな。
「…分かりました。報酬はいくらになりますか?」
「移動中の宿泊費、食費などはこちらで受け持ちますので、連邦に到着後、おひとりにつき30万ゴールドお支払い致します」
おぉ、合わせて60万とはまた思い切ったな。国の重要人物なのだろうか。その割に護衛が一人ってのはなんかありそうだが。お忍びかもしれんな。まあ詮索は無しで行こう。
「分かりまし―」
「僕は正直護衛が出来るほど強くもなくて、自分の身を守るので精一杯なので報酬のほうは結構です。ヨシュアさんの連れとして一緒に乗せてもらえれば」
「おい!せっかく貰えるのに…」
「護衛の報酬ですよね?僕じゃ力不足ですよ」
しまった、ソウちゃんはこういう子だった。正直に誠実に、他人に優しく自分にはちょっと厳しい。正直者が馬鹿を見るってこういうことなんだろうなぁ。
「はぁ…そういうことみたいなのでよろしくお願いします」
「えっ、よろしいのですか…?」
「この子はこういう性格なので…」
まぁ、金が貰えるだけ御の字と思っておこう。
「ま、オレとしましても女性が積極的に戦うのはどうかと思いますし、いいんじゃないですか?」
「女性…」
ウィルさんがソウちゃんを女性として認識してる。やはり獣人でもよほど勘が鋭かったりしないと分からないようだ。そもそも比較的だぼだぼな服を着せているのに骨格を見分けたミアちゃんがおかしいんだよたぶん。ソウちゃんは男とバレなくて非常に不服そうな顔をしている。
「分かりました。ではヨシュア様、ソウ様、よろしくお願いします」
「はい、こちらこそよろしくお願いしますミア様」
契約が成ったなら上下関係はハッキリさせておかないとな、と思ってミア様と呼ぶが、彼女は何やら不愉快だと言わんばかりに顔を歪めている。早速何か失礼なことをしただろうか。
「…下さい」
「はい?」
「様付けはやめてください!」
「いや、雇用主には適切な態度を…」
どうやら下手に出たのが気に食わなかったようだ。分からんなぁ。ウィルさんは様付けで呼んでるのに。
困ったのでウィルさんのほうを見ると、呆れたような顔をしている。
「ミア様がこう言っているんだ、呼び方も話し方も好きにするといい。オレのこともウィルでいい」
「…分かった。それじゃあミアちゃん、ウィル、改めてよろしく」
「よろしくね、ミアちゃん」
「はいっ!よろしくお願いします!」
多分ソウちゃんと壁を感じたくなかったんだろう。お嬢様は年の近い友達が欲しかったんだと思って納得しておくことにした。
こうして雇用契約を結んだ俺達は、翌日馬車に乗ってベスティエ連邦へと向かった。
お待たせしております。
多くの方に見ていただいてるようで感激してます!
ご意見、ご感想お待ちしております。