テンプレ
日本から持ってきていた煙草に火をつける。
喉をスッとさせるメンソールだ。心地よい風が煙を攫って行く。
「クックック…ハーッハッハ!」
解放感が感情の抑制を取り払い、思わず笑いが込み上げてきた。何故なら―
「自由だ…!俺は自由だ―!」
そう、ついに俺達は王都から脱出することに成功したのだ。
あの怯えるようなメイドさんの眼差しも、侮辱するような騎士たちの警戒と監視も。
あるいはどうやって利用してやろうかという一部の重鎮達の雰囲気も。
全てから解放されたのだ。それはまるで日本にいたころ、会社を辞めた時のような解放感だった。
「ミナ…ヨシュアさん!気持ちは分かりますが早く行きましょう。この格好恥ずかしいんですから!」
伊藤君改めソウちゃんに注意されてしまった。俺はヨシタカを適当に捩ってヨシュアと名乗り、ソウちゃんはソウゲンを縮めた呼び名だ。これから先、日本人のような名前ではそれだけでバレる可能性もあったので、偽名を名乗ることにしたのだ。
「あぁ、悪い悪い。でも似合ってるんだから堂々としていたほうがいいよ、怪しまれちゃうし」
「僕は男なんです!女装なんて恥ずかしいに決まってるじゃないですか…!」
そういいながらモジモジしてるソウちゃんは、見た目も仕草もまごうことなき女の子だ。こんなかわいい娘が女の子なわけがないってこういうことを言うんだな。
髪はカツラを買って腰まである茶髪に、弓の動きを阻害しない程度にフリフリした長袖の上着とロングスカートをチョイス。靴はロングブーツなので、まぁ思い切り動かなければパンツなんかは見えないだろう。さすがに目はカラコンなんていう現代の知恵はなかったので黒いままだ。
俺は特に変わったところはない。髪を脱色させて白髪にしたくらいだ。一応これまでこっちで着たことのある服は避けたが、そこらの初心者冒険者とあまり変わらない。革の胸当て、籠手とレッグガードくらいだ。
「少なくとも国を出るまでは我慢してくれよ」
「分かってますけど!うぅ…」
「ま、出来るだけ堂々としててくれ。歩き方まで指摘したりはしないから」
「はぁ…。開き直るしかないですね」
「その通り。それじゃ、行こうか」
食料はあるし、金銭も王から配給されたのがまだまだ残っているのでしばらくは大丈夫だろう。夜とはいえ王都近辺の魔物は俺とソウちゃんがいれば問題ないし、あの時のように強力な魔物が出たらさすがに困るが、いざとなれば時空魔法を使えばいいだろう。
そんなわけで俺はストレスフリーな快適な旅を堪能している。ソウちゃんだって女装ということを除けば、割とワクワクしているのが見てわかる。
旅の到着予定国は獣人が治めるベスティエ連邦だ。
*
今更だがこの世界には人族、獣人族、魔族と大まかに3種類の種族がおり、それぞれ王国、連邦、帝国という形で国を形成している。この内人族と魔族は長年争ってきた歴史もあり友好的ではない。
現状は敵対してるわけでもないので、互いに無関心という感じになっているらしい。獣人族はどちらとも一定の関係を保っており、魔王が現れた現在は、魔王を倒すまで協力するという形になっているとのこと。 種族的な特徴として、獣人族は肉体派、魔族は魔法に長けており、そして人族が肉体も魔法もそこそこといった感じになっている。
国家としての間柄はそういうわけで表面上争ってはいないが、個人の宗教や価値観はどうしようもない。
そう、例えば今目の前で起きている事のように。
「獣か人か分からねぇ半端者が!」
「や、やめて下さい…!」
「獣風情が人間の言葉を喋るな!このまま物好きのところでペットにでもなってろ!」
なんともわかりやすい悪役だろうか。人族の悪役2人がか弱い獣人の女の子を連れ去ろうとしている。女の子は頭から狐のような耳を生やしており、肩まで伸びた髪は金色で遠目から見てもよく手入れされているのが分かる。顔立ちはそれはもう可愛い美少女といったところ。見た目の年は15,6歳といったところか。
手元の時計を確認すると夜の7時を回っている。何故こんなところに彼らがいるか分からないが、聞き耳を立てるに女の子を奴隷にでもしようとしているらしい。当たり前のように奴隷制度があるよな、異世界って。
「ミナ…ヨシュアさん、あれ…」
「分かってる。女の子を助けるぞ」
「はいっ」
流石にこんな場面を見せられてさようなら出来るほど人間性を捨てちゃいない。別に狐っ娘だからじゃない、決してそうではないのだ。
咥えていた煙草の灰を落として騒いでいる集団に近づいていく。
「おーい、そこの方々」
「あぁん?なんだあんた」
「事情は知らんが女の子に乱暴しちゃいかんよ」
すげぇ、脅し方もテンプレだ。余裕のない俺だったらプルプルしてビビってたに違いない。
「はぁ!?…あぁ、あんた物好きな人か。そうだなぁ、隣のかわいこちゃんとなら交換してやるぜ」
「…」
ソウちゃんが無言だ。きっと可愛いって言われて照れてるに違いない。
「おぉ、良かったなソウちゃん。ちゃんと女の子に見えるってよ、しかも上玉らしい」
「ふざけないでください!」
「おいあんた、交換するのか?しねぇのか?」
ふむ、ここは口車に乗ってやろう。
「おお、悪いな。じゃあトレードと行こうじゃないか」
「ちょっと!?」
(落ち着け、女の子をあいつらから離さないとこっちも手を出しづらいだろ)
(あぁ…なるほど。はぁ…行ってきます)
(おう、がんばれ)
ソウちゃんが歩いていく。なんだか歩き方も女の子みたいに見えてきた。
「ほら、早くその娘をくれよ」
「へっへっへ…金蔓をはい分かりましたなんて渡せるかよ!あんたは死んどけ!」
片方の男がソウちゃんを通り過ぎて俺に襲い掛かってくる。
「あー…まぁ知ってた」
「ヨシュアさん!」
ソウちゃんがしまった!みたいな顔をして叫ぶ。きっと性善説を信じているのだろう。
大丈夫だと手をひらひらさせて、どこまでもテンプレな男を倒すべく手に小剣を取り出す。そういえば人を切るのは初めてだ。うーん、怖いな。出来るだけ殺しはしたくないし、手足の健を切るだけにしよう。
「おらぁ!」
どうせ目撃者は少ないんだ、時空魔法を試してみようと思う。今にも切りかかってきている男をターゲットに指定して、ドラゴンすら止めた魔法を唱える。
「一時停止」
ピタッ、と男が不自然な格好で止まる。あ、そういえばこの状態でも切れるのかな?取り合えず切りやすい足の健目掛けて剣を振る。
スパっっと切れた。血は出てないから、男が止まっているというより体内の細胞が止まっていたりするんだろうか。それとも術者の俺だから干渉出来てるんだろうか。後者ってことにしておこう。
スパスパと残りの健を切っていく。あとは男の剣を奪い取っとけば大丈夫かな。
「再生」
「ぎゃあああ痛えぇぇえ!」
おぉ、痛覚はすぐに戻るのか。あと慣性もそのままみたいだ。ついでに思い出したかのように血が噴き出した。悲鳴を上げながら手は剣を振る動作をしながら、足の踏ん張りがきかず崩れ落ちるというなんとも笑いを誘いそうな恰好だった。
「…は?え?」
女の子を捕まえていた男は唖然としている。女の子も何が起きたかよくわかっていない表情だ。男その2に相対していたソウちゃんは人を射たり切ることに抵抗があるのか少し震えていた。しょうがない。
男その2も一時停止させて同じように健を切っていく。女の子は切る前に男の腕から解放させてソウちゃんに任せた。
男達を縛り上げて、引きずりながら街道を歩いていく。女の子が滞在する村が近いらしいので、道すがら事情を聞くことにした。
「俺はヨシュア、こっちの娘がソウちゃん。よろしくね」
「あ…ミアと言います。助けていただきありがとうございます」
「ソウと言います。どうぞよろしく」
ぺこりとソウちゃんとミアちゃんがお辞儀する。二人共育ちがいいなぁ。ミアちゃんってもしかしてどこかのお嬢様なのかもしれない。
「それで、何があったの?」
年が近いから話しやすいだろうと思って、事情聴取はソウちゃんに任せることにした。
「えっと…私はベスティエ連邦からこの国に用事があって来ていたんです。それでその用事が終わったので連邦に帰還する所だったのですが、護衛を兼任した連れの者とはぐれてしまったんです。しばらく村の中で待っていたんですけど、この人達が連れが大変なことになっているので来てほしいって言われて…」
「ほいほい付いて行って村の外までおびき出されて、あの場面かー」
「はい…」
まぁ、相方がピンチだって言われてはしょうがないよなぁ。短い付き合いだが俺だってソウちゃんが危ないって言われたらついていくだろうし。
「間に合ったようでよかったね」
「本当に、ありがとうございます」
「お連れさんと合流できるといいな」
「はい。…ところで」
「うん?」
「なんでソウ様は女性の恰好をしていらっしゃるのですか?」
あ、ソウちゃんの時が止まった。すげぇ、魔法書けなくても人って止まれるんだ。
ほどなくしてソウちゃんが動き始めた。張り付けたような笑みを浮かべて。
「…何故、僕が女装をしていると?」
「えっ?だってソウ様は男性の方ですよね?」
バレテーラ。
「ヨシュアさん!ばれてますよ!意味ないじゃないですか!」
「いや、この男達はかわいこちゃんって言ってた!ミアちゃんの勘がいいだけだってきっと!」
「いえ、普通に分かるかと…」
「どうやって見分けたんだ?」
「骨格でしょうか?男性にしては細身だとは思いますが」
「うぅぅぅ…もう女装やめる…」
あ、ソウちゃんの心が折れた。
展開もテンプレになってきました。
もうアイデアがないです