時空魔法
部屋の中に一人。
義隆は寝る間も惜しんである事に集中していた。
ドラゴンを停止させた魔法、時を操る時間魔法。その驚異的な可能性について。
(あれだけの巨体を、俺はどれだけの時間止めていた?1分?2分?)
極みに達した武人からすれば、刹那の隙でさえ致命的だと言えるだろう。それを、よもや魔法が打てるほどの隙を作れるとなれば、それだけで十分有用と言える。ソロであれば出来ることは少ないかもしれないが、人というのは基本的に群れるものだ。冒険者でいえば2~5人ほどでパーティーを組むことが多いことから考えれば、時間魔法を使える者が一人いれば並みの魔物等相手にもならないだろう。
しかし、この魔法は全く一般的ではないようで、闇魔法よりも使い手が少ない。いや、はっきり言って彼以外に存在しないようだ。この数日で著名な魔法に関する本を大方読破したが、時を操る魔法という存在自体が一切書かれていなかった。あるいは秘匿されているのかもしれないが、少なくとも一般市民に認識されているということはない。
(こりゃあ大衆の面前で使ったら騒ぎになるな)
闇魔法も時間魔法も、信頼する者以外の前で見せるべきではないと判断した。
(そして、おそらくは…)
対象の時間を止めるということは、いわば対象の存在する空間を止めるということ。詳しい原理など一般人の義隆には到底分からないが、時間と空間は切っては切れない関係にあることは想像できた。
例えば対象の動きを止めるなら凍らせてしまえばいい。だがその氷は動くし、重力に因って落下もする。
対して時間を止めると、その対象はその場で止まり、重力で地面に落ちたりもしない。つまり世界のあらゆる法則を受け付けなくなるのだ。その割にあのドラゴンは杭が刺さったりしたわけだが、まあきっと刺さる瞬間に停止が解けたのだろう。たぶん、おそらく。
何が言えるかというと、この魔法は時を操るだけの魔法ではないということだ。
そう、いわば時空魔法。時間と空間を支配する、魔法。
(時空魔法だとすれば、あれやこれが出来るかもしれない)
新たな魔法を想像する。イメージを固めることに集中する。思い描くは無形の箱。万物を収納し、その中では時間の進みは無く。重量なども存在し得ない。
「収納魔法」
目を開き、正面に収納するための入口を開く。中をうかがうことは出来ず、ただそこに穴があるという事象だけが認識できる。
机に置いていた羽ペンをその中に入れてみる。そして閉じろと念じると、穴は即座に無くなってしまった。再び開けと念じる。するとまた穴が開いた。どうやって取り出そうかとしばらく首を捻りながら考えていると、いつの間にか入れていたはずの羽ペンが手に握られていた。どうやら思い浮かべれば希望したものを出し入れすることが出来るようだ。
「よっしゃ!出来た!」
夜中だからあまり声を上げることも出来ないので、小声で喜びをあらわにした。ゲームや小説では当たり前のように存在していた収納を、何と自分が作り上げることが出来たのだから、はしゃがずにはいられない。あとは、この魔法を共有できれば完璧なんだが、出来なくても問題はない。
「あとはあれだな、ここから脱出するための要だ」
再び魔法を想像する。出来なければ別の方法を考えなければいけないので、収納よりも重要である。
思い浮かべるは現代人の浪漫。未来から来た青い狸の携帯品。これがあれば満員電車にも乗らなくていいし、旅行するときの旅費もかからないのにと何度考えたことか。
「転移魔法/テレポート!」
テッテレテッテテーテテーという音が聞こえた気がしたが、きっと気のせいだ。別にポケットから出したわけじゃないし。
目を開くと伊藤君が目の前にいた。この世界の本を読みながら、温かいコーヒーのような物を飲んでいる。転移が出来たことでもはやテンションは上限突破してるが、それでも夜なので出来るだけ小声で彼に話しかける。
「伊藤君」
「わーっ!?…ぐむっ!」
「ちょ、静かに静かに!」
彼には日中に説明していたはずなんだが、思った以上に驚かせてしまったようだ。急いで手をまわして口をふさぐ。こちらをちらりと見て俺だと分かったようで、落ち着きを取り戻したようだが少し遅かった。
部屋にノックの音が聞こえる。鍵はかかってるはず。
「イトウ殿!?大丈夫ですか!?」
外で見張り兼監視をしている騎士に声が聞こえてしまったようだ。
「…!大丈夫です、変な夢を見てしまって飛び起きちゃいました」
「そうですか、何かあればすぐに言ってください」
「はい、お手数おかけしました。」
そのまま気配は扉から離れて行った。危なかった。
「危なかった。驚かせてごめん」
「い、いえ。来るかもしれないと聞いていたのに、こちらこそすみません」
「いや、まあ実際出来るかどうかは怪しかったからね。何とか出来てよかったよ」
「そ、そうです!出来たんですね!」
あくまで小声だが、伊藤君は俺と同様に転移が出来たことを聞いて興奮している。
そう、俺たちは転移魔法で王都の外まで脱出してしまおうと考えたのだ。そうすれば監視の目も関係ないし、あとは変装でもすればしばらくは国の目をごまかせるだろう。
「あぁ、出来た。あとこんなのも作ることが出来たよ。」
そういってアイテムボックスを呼び出し、机に置かれている本をアイテムボックスに入れたり出したりした。
「おぉー。すごいですね…。これで旅がぐっと楽になりますね!」
「うんうん。時空魔法様様だな。あと、この魔法を共有出来るか試したいんだ。やってみてくれるか?」
「分かりました。でもどうやって?」
「んー。魔法を共有するっていう論文を出した人がいたみたいで、その本にはこうやって…」
論文に書かれていたのは、適正のない魔法を使えるようにする方法というものだった。適正がなくてもマナ消費を気にしなければ初歩魔術程度は出来なくはないのだが、それ以上となると個人で発現させることは出来なかった。そこで論文の述者は適正のある者のマナを通じることで魔法がある程度使えるようになる場合があると述べていた。
比較的魔力操作の技能が高ければ一定の成果は出るらしいので試してみることにしたのだ。
手を繋ぎ、俺のマナを伊藤君のマナと混ぜ合わせるようにする。そして伊藤君に、先ほど俺がアイテムボックスを思い浮かべた時のイメージを伝えた。
「アイテムボックス」
伊藤君が本を手に取り、空中に放り投げる。すると本はどこかへ消えた。そして再度唱えると、本は伊藤君の手に戻っていた。
「成功だ!」
「やりました!」
なんとか共有することが出来た。これで俺が逐一頼まれた物を出し入れする手間が省けた。因みに収納自体も共有のようで、伊藤君が居れた本を俺が取り出したりすることも出来た。俺の魔力をつなげたことでアイテムボックスに伊藤君がアクセスする権利を取得したと言ったほうが正しいかもしれない。
「よし、これで大方の準備は整ったな。一通り必要な物はもう買い込んであるから、収納出来たら王都から出よう。アイテムボックスの共有が出来たから、転移も俺と一緒なら出来るはずだ」
「分かりました。でも僕たちって黒髪黒目で目立ちますからすぐに足取りがばれたりしないですか?」
「まあそこは変装することで時間を稼ごう。伊藤君なら一目見ても分からないくらいに変装出来るだろうから、俺は髪の色を変えるくらいで大丈夫だろう」
「えっ?それってどういう…」
伊藤君が怪訝な顔をして聞いてきたので、俺はニヤッと笑って返してやる。
「伊藤君は女の子になるんだ」
とうとう伊藤君が伊藤ちゃんになるときが来ました。
やったぜ