科学と魔法
冒険者ギルドを後にして、王都の門をくぐり抜けると、広い草原が広がっていた。天候は晴れ、ピクニックには持って来いな環境だ。これで魔王が云々とか言われても到底信じられないが、そうでなければ俺達を召喚するようなことはしないだろう。
「気持ちのいい風だなー」
「そうですねー。これで外は危ないって言われてもって感じですね」
珍しく伊藤君がちょっとした毒を吐いた。風に当てられて揺れる黒い髪はサラサラとしており、顔つきも相まって綺麗だとすら感じてしまう。
「それでは魔物を探しましょう。王都近辺ではそこまで強い魔物はおりませんので、勇者様がたでも問題なく倒せるでしょう」
「わかりました」
騎士Aことアルフレッドさんと索敵を開始する。今回の目的は戦闘に出来るだけなれるのはもちろんだが、実戦での魔法の使用や俺のレベルアップも兼ねている。いくら何でもレベル1はない。内包するマナが少ないということは、魔法も相応のものしか使うことが出来ないのだ。レベル1だと初歩魔法が5発ほど打てるらしいので、とにかくやってみよう。
そうして探索すると、ウサギのような生物が現れた。
「あれはラビットですね。ウサギが魔物化したもので、健脚を生かした素早い動きが特徴です」
「ラビットってそのまんまな名前ですね」
「確かに」
そうしているとラビットがこちらに気が付いたようで、ダッシュで襲ってくる。
「うおっ!早え!」
何とか体当たりを避けるが、とにかく早い。しかもちらっと小さい角のようなものが見えたので、あれでダメージを与えてくるんだろう。
「俺が受けて動きを止めるから、伊藤君はその間に弓で打ってくれ」
「わ、分かりました」
勢いをそのままにUターンして再度こちらを襲うラビット。しっかり盾を構えて、動きに合わせて受け止める。そして伊藤君が弓を絞ってラビットに矢を射る。しっかりと胴体に命中したが…
「「…」」
矢はラビットの胴体を貫通した。どう見ても当たった部分以上に風穴があいており、ラビットはモツをぶちまけて動かなくなった。うえ、気持ちわる。
「さすがは勇者様ですね。レベルもあるでしょうが、この程度の魔物では相手にもならないようですな」
「う…うえぇぇ」
伊藤君は生物を殺した罪悪感と、目の前のグロテスクな事態にたまらず嘔吐してしまった。俺も気持ち悪いが、一応内臓を捌いたこともあり、わずかに見慣れていたため嘔吐まではしない。
「大丈夫か?ほら、水を飲むといいよ」
鞄に入れていた革の水筒を取り出し、伊藤君に渡す。背をさすりながら、ラビットを見せないようにしてゆっくりと水を飲ませた。
「あ、ありがとうございます…。やっぱり、僕にはこんなことは無理なんじゃないかな…」
「騎士達が近い。あまり弱音は吐かないほうがいいよ。勇者に不適格だ!なんて言われたら何されるかわからないからね」
「そ、そうですね…すみません。源さんは強いんですね」
「強くなんかないさ。ただほんの少し、人生経験が多いだけだ。そうでなかったら、俺も吐いてたかもしれない」
伊藤君には申し訳ないが、俺はあまりに弱い。ここで騎士に粛清等されようものなら、闇属性で警戒されている俺はあっという間に切り殺されるだろう。王がいい人だからと言って、下はその限りではないかもしれないのだから。
「勇者様、大丈夫ですか?」
「死体は我々が片付けておきました」
アルフレッドと騎士Bのソラリスが近づいてきた。ここで弱音を吐いてはいけないと小声で伊藤君に注意しておく。
「はい、お騒がせしました。何分、平和な世界にいたものですから。魔物といえど死体にびっくりしてしまって…」
「そうでしたか。我々の配慮も足りなかったようです。申し訳ございません」
「いえ、大丈夫です。狩りを続けましょう」
「畏まりました。ただこの周辺の魔物は勇者様には些か役者不足のようで。より強い魔物を探すのであれば、少々遠出する必要があります」
「でしたら、今日は源さんのレベル上げに終始しましょう。彼も同行するからには、相応のレベルが必要でしょうから」
「…畏まりました」
そうして俺のレベルアップに集中することになったが、騎士達の反応はあまりよくない。闇属性を持った俺が強くなることには反対したいが、伊藤君に言われては断ることが出来ないのだろう。俺をちらっと見た時の彼らは、憎悪するかのようにこちらを睨んでいた。嫌な予感がするが、いずれにせよ俺自身が強くならないと伊藤君の庇護から離れたりすることも出来ない。最低限、何かあったときに立ち向かえるようにはしなくてはいけないんだ。
伊藤君をやや遠くに置き、俺の狩りは再開した。ウサギのラビット、ネズミのマウス、草が魔物化したウィード等の魔物を倒していった。途中、当然魔法も試していったのだが。
「アクアランス」
発動する魔法をイメージし、大気や大地に存在するマナに自身のマナを使ってイメージを伝える。アクアランスの場合、空気中に存在する水蒸気を凝縮させることで水を生み出し、槍の形状に固定し、射出する。イメージが明確であればあるほど、威力は上がり、例えレベル1であっても熟練の魔術師と相違ない威力を出すことが出来るらしい。そして、この世界ではまだ解明されていない、化学式の構築からイメージをしていくとどうなるか。さらにそれが水ではなく氷になるところまでイメージする。もはやアクアではなくアイスなのだが、水ぶつけても別に痛くないよね?と思い試してみることにした。
結果は目の前の惨状を見ると分かるだろう。地中深くまで刺さった氷の槍。貫かれた魔物は貫通した部分が凍り付いており、出血は見られないものの完全に絶命しているのが見て取れた。
「ば、化け物…」
アルフレッドが呟いた。通常のアクアランスであれば、刺さったところでせいぜい魔物に傷を付ける程度の威力しか出ないと聞いていたので、まさか貫通するとは思わなかった。
「す、凄い…!」
伊藤君は魔物を極力見ないようにしてこちらに向けた目をキラキラさせている。
「マジかよ…」
俺はまさかここまで威力があるとは思わなかった。よくよく考えてみたら水だってウォーターカッターと呼ばれるように高加圧・高速で射出すれば切断だって出来るのだから、アイスにする必要はなかったかもしれない。化け物と呼ばれるなんて微塵も思わなかった。これはまずい。少なくとも騎士達の前でやるべきではなかった。俺に対する視線に恐怖が混じっているのが分かる。
「あー…これくらいの火力を出すのは勇者である彼も出来ますからね?」
「えっ?」
精一杯自分を守るために伊藤君を出汁にして逃げよう、そうしよう。ごめん伊藤君。
「何!?そ、それはまことか!」
「えぇ、我々の世界での知識を活用すれば、彼でも問題なく出来るでしょう」
伊藤君に近づいて小声で説明する。
(絵のようなイメージではなくて、化学式から構築するとすごい威力が出るみたいなんだ。)
(な、なるほど)
(俺の印象がやばいことになってる。火属性で今試してみてくれないかな)
(分かりました)
伊藤君がイメージのために集中する。伊藤君が科学を毛嫌いして勉強をなまけていなければ、これで俺と同じかそれ以上の威力を出せるはずだ。
「ファイアボール」
火の珠を掌に作り出して近くにいたウィードに投げる。ドォォン!というすさまじい爆音とともに、ウィードを中心とした周り5メートルほどの地面がそこだけ鉄球で押しつぶされたようにえぐれている。伊藤君はそこまでだとは思っていないようで、またしても半泣きであった。
「すさまじいな…」
一応心の準備はしていたであろうアルフレッドとソラリスは、それでも信じられないといった感じでえぐれた地面を見ている。これで伊藤君を持ち上げて俺への警戒を少しでも緩めてもらえればいいのだが。
その後は再び狩りを行い、魔法を少し、いやかなり自重した威力に抑えながら夕方まで魔物を倒していった。ギルドカードを確認すると、どうやら今日だけでレベルを15まで上げることが出来たようだ。
騎士に報告すると、レベルの上昇速度に驚いていた。またしても若干警戒され多様な気がする。只、歴代の勇者達もレベルの上昇速度は速かったということを思い出したようで、レベル1からということも踏まえて納得してもらえたようだ。おそらく異世界人はマナの吸収量がこの世界の人よりも多いのだろう。
「では、本日はこのあたりで終わりましょうか。戻る時間を考えると、そろそろ動いたほうがいいでしょう」
「分かりました」
伊藤君は安堵している。今日1日だけでいくつの死体を見たことだろう。さすがに時間がたつにつれて見慣れてきたのか、見ないようにしていたのか、落ち着いていたように思えるが、どれだけ楽でも命のやり取りと罪悪感は、彼の疲労感を倍にしていたようだ。俺も思った以上に緊張していたのだろう。終わったと聞いて明らかにほっとしている。今日は早くベッドで眠りたい。
-そのような隙を、アレは見逃さなかった―
バサっというような音とともに、突然俺たちの頭上に影を落とした。
ここまでお読みいただきありがとうございます。
取り合えず今後どうするか考えます