幕間 依存する少年
僕は伊藤 宗玄。日本人の男子高校生だ。
そう、男。けど中性的な顔立ちをしているらしくて、そのせいで小さい頃はいじめられたりした。仲のいい人だとソウちゃんなんてからかってくる。お母さんなんかは普段からソウちゃん呼ばわりしてくるし、年が離れた姉なんかは僕の小さい頃お母さんと協力して女の子みたいな格好もさせてたらしい。アルバムを見せられた時はあまりの恥ずかしさに少しだけ家出した。
部活の弓道部が終わったいつも通りの帰り道。小さな声が聞こえた気がした。助けてという悲鳴のような声。気が付いた時には友人から借りた小説のような世界にいたんだ。王様がいて、魔法が使えて、魔王がいる。僕は勇者として呼ばれたらしい。
そんな僕の隣にはいつの間にか死にかけの人がいた。確かに、召喚される直前にドサッっという音が聞こえたと思ったけど、僕が鞄を落とした音だと思ってあまり気にしてなかった。王様が自己紹介するときに少しずつ視線を僕の足元にやるから、つい合わせて見てしまった。示し合わせたような絶叫がそこかしこから聞こえた。僕の口からも。
異世界の魔法は凄かった。
息も絶え絶え、或いはもう息もないんじゃないかというその人を、みるみるうちに回復させていった。
一晩もすれば彼も目を覚まして、いくつか会話を交えてここが異世界だということを説明した。
同じ日本人だということと、その後の彼の王様に対しての大人な雰囲気のする対応は、見知らぬ世界に突然放り込まれた僕を安心させてくれた。
―よかった、僕は一人じゃないんだ―
まずは異世界の知識を手に入れることを優先しようと彼、源 義隆さんは言った。確かに何も知らないと不便だし、せっかくの魔法の世界なんだから魔法も使えるようになりたい。残念なことに、源さんの適正はあまりいいものじゃなかったみたいで、
「俺が魔王にでもなるパターンかよ…」
と一人で苦笑していた。その時、僕は寧ろ彼のほうがこの世界で一人のような気がして、いたたまれなくなった。だから、何があっても僕は彼の味方になろうと。同じ日本人ということもあるし、時々僕を守るように前に出るその後ろ姿は、まるでお父さんのようで頼りになる。その頼もしさを守ろうと思った。
…
何故気を失っていたんだろうか。気が付いたら王城の謁見室の扉が見えた。
確か、今日は城下町の外にある草原で魔物狩りをしていたはず。
「ドラゴンが現れたと!?」
「はっ!既に門の近くに待機していた騎士団が討伐に向かっております!」
ドラ…ゴン…?
「あ…あぁ…!」
「イトウ殿?どうなされた?」
思い出した。魔物狩りから帰ろうとしたところで、ドラゴンが出たんだ!
そして、そして…!
「み、源さん…!早く助けに行かないと…!」
「落ち着いてくださいイトウ殿!」
「離して!助けに…助けないと…!」
最後に見た光景。それは源さんの腕がドラゴンに食べられているところだった。僕は勇者何だろう!?何で、何で足が動かなかったんだ!弓の一本すら引けなかった…!
源さんを助けに行きたい。同時に、源さんが危ないということを聞いて口を三日月のように歪ませている騎士や重鎮たのそばにいたくなかった。早くここから逃げ出したかった。あんな視線と空気を源さんは常に受けているのか、何でもっと早く気が付いて上げられなかったんだ。
王様だけは心底心配しているように見えるが、果たして心配しているのは僕の錯乱か、源さんか。
自分の未熟さと騎士達の抑えによって、何とか冷静になり討伐隊の報告を待った。
「報告いたします!ドラゴンは通りかかった冒険者によって討伐!ミナモト殿は…無事であります!」
何故一瞬報告を躊躇った。まさかどさくさに紛れて殺そうとしたのではないだろうか。
源さんの無事をこの目で確かめるまで、僕の心は国に対しての疑心暗鬼で埋まっていた。
その夜のことだ。
「伊藤君。俺はこの国から出ようと思ってるんだ」
源さんが事の真相を明かしてくれた。彼の特殊な能力についても。
源さん、あなたはどんどん強くなって行きますね。すごいです、カッコいいです。
あとは騎士たちの警戒度が上がりすぎて危険だとも。
当たり前だ。僕自身、昔いじめられたこともあって他者の感情にはある程度敏感であり、他者が他者に向ける感情であってもいい気はしない。
勿論付いて行きたいのは山々だが、確認すべきことは聞いておかなければいけない。
「え!?大丈夫なんですか?それって後ろ盾が無くなるってことじゃないですか。」
「最初は後ろ盾を得るために国に協力することにしたけど、俺の立場ははっきり言って伊藤君のおまけだ。向こうも使えるならいいと思っていたと思うけど、今後はどうなるかわからない。君はここに留まっているほうが安全だろうし、待遇もいいと思う。どうする?」
まあそうですよね、後ろ盾じゃなくて裏切る形での後ろ剣になっちゃってますよね。
あとは僕が付いて行っても問題ないか確認しないといけない。もしかしたら、僕自身も負担になってて源さんから嫌われてる可能性だってある。うぅ、何故だろう。嫌われているという言葉を考えただけで胸が苦しくなった。
それでも、確認しないといけない。
「源さんは」
一瞬言葉に詰まってしまった。
「ん?」
「源さんは、僕にどうしてほしいですか?」
「俺としてはもちろん、一緒に来てくれると心強いよ。昼に見たあの力と魔法があれば、危険は減るだろうしね」
心強い。それは僕のほうです。貴方がいないと潰れてしまいそうなんです。
でも、嬉しいと思った。頼るだけじゃなくて頼られてもいるんだと。
答えは一つだった。
「なら、僕も行きます」
…
「クックック…ハーッハッハ!」
源さんが楽しそうです。おっと、ここからはヨシュアさんと呼ばなければいけないんでした。
何せ僕達のやったことは逃亡です。勇者という立場と犯罪者予備軍としての扱いから逃げ出したんです。ここからは追われる側、変装に偽名と何だか本当に悪いことしたみたいでドキドキしてきました。
でも、一つだけ不満が。
「ミナ…ヨシュアさん!気持ちは分かりますが早く行きましょう。この格好恥ずかしいんですから」
何故か女装させられました。何かのプレイですか!?
あっ、でもヨシュアさんが似合ってるって言ってくれてる。うぅ…恥ずかしいと同時に少しだけ嬉しさがこみ上げてきました。あぁ、そんなにじっと見ないでください!思わずモジモジしてしまいます!
女装を提案されたときは夜なのに声を張り上げてしまいました。おかげで衛兵が扉の前まで駆け付けてくる始末。危うくヨシュアさんが見つかるところで危なかったです。
その後、ヨシュアさんに延々と女装するメリットを挙げられて折れるしかなかったんです。
男二人のところが男女1組になるだけでかなりごまかせるとか、この世界にもいい手触りのカツラがあるからとか、一度見てみたいからお願いしますとか…最後のほうは割と必死でした。土下座までされてしまいました。
兎に角、ここからは僕達2人旅が始まるんです!
…
はい、2人の旅は終わりました。
ミアさんという方を助けて、丁度僕達の行き先であるベスティエ連邦に向かうとのことだったので、ヨシュアさんの腕を見込んで護衛をしてほしいとのことでした。
最初はヨシュアさんも断ってたんですけど、正直長旅になると思って馬車に乗れるならいいかなーって軽い気持ちで同行に賛成しちゃいました。
あの時は慣れない靴で靴擦れもしていたから、楽したかったんです!
まぁ結果的に凄く楽になったので、後悔も少ししましたがこれでよかったとは思いますけども。もうちょっとだけ2人旅でも良かったかもなー?なんて思ったりもします。
道中で魔物の大群に囲まれました。
ミアちゃんを助けるときには相手が人間だったので躊躇ってしまいましたが、魔物相手ならもう怖くて震えたりなんてしません。何よりヨシュアさんに頼まれたんです!張り切って魔物を駆逐していきました。
ですが、またしても。またしても僕は役に立つことが出来ませんでした。
レベル100を超えたパーティーでも討伐が難しいと言われているオーガが現れました。
馬車の横で防衛していたウィルの慌て具合も余計に僕の恐怖心を煽っていたと思います。それまではヨシュアさんほどではないですが頼りになる人だったので猶更です。
ヨシュアさんの時空魔法が強力だったので、結局誰も大したケガもせず終わらせることが出来ましたけど。やっぱりヨシュアさんは凄い人です。
しかし、時空魔法は僕以外の前では極力使わないと言っていたのに、僕が弱いために使わせてしまいました。
悔しい、辛い。彼の負担になっていることがとても。僕が強かったら、きっと時空魔法を使わずに切り抜けることが出来たのに。
その晩はヨシュアさんはミアちゃんとウィルさんの部屋で話をしていました。僕は先に部屋に戻りましたが、おそらく今回の件での口止めと言ったところでしょう。もし時空魔法が他の人にも伝わったりしようものなら、ヨシュアさんが困るのは明白。
ヨシュアさんは優しいですから、ばらしたら殺すとか口止めした所で、そうなったとしても逃げたり身を隠すだけで殺害などの報復はしないんじゃないかと思います。
けど、僕が絶対に許しません。何があってもヨシュアさんは僕が守ります。
そのためにはまず強くなりましょう。弱者が強者を守るなんて口で言っても只の嘘になってしまいます。
そういえば、ヨシュアさんの無事を王や騎士達と待っているときから、視界の人から変なモヤが出てきていました。もちろんヨシュアさんからも。
その色は赤や青といった感じで、原色のように濃かったり混ぜ物のように濁っていたりします。何なんでしょうか?
まぁ、別段気にするほどのものではないと思いますので、ヨシュアさんには言わなくてもいいですね。
因みにヨシュアさんは、月も星も見えない真っ暗な夜のような黒色でした。日本人の黒ともいえる、すごく安心する色です。
そんなヨシュアさんの黒と同じ夜の闇に抱かれながら、僕は眠りに就いたのでした。
大変お待たせしました。
少年のことも書いてあげないとなーと思って。




