無事じゃない召喚
目を開けると、見知らぬ天井がまず目に入った。
病院のように白い、しかしコンクリート製ではないようで、粗が目立っている。
自分は病気にでも罹ったのか?そんな記憶は全くない。覚えていることと言えば、新作の大人向けゲームを購入した帰り道。趣味と言えるものがそれしかなかった上、期待を裏切るように何度も発売が延期されていたので、爆発しそうなワクワク感で自転車を爆走させていた気がする。そういえば横から眩しい光が照っていたかもしれない。
「ん?もしかして跳ねられた?」
確認するような独り言に答えが返ってくるはずもなく、ひとまず上半身を起こして周りを見渡す。
うん、やはり誰もいないようだ。取り合えず自分のことを確認しよう。
俺は源 義隆。日本史や俳句に出てくるような人物ではない。ちなみに26歳、最近とうとうアラサーを自覚した、やや太めの日本男児だ。デブではない。ぽっちゃりだ。顔については触れるな、決して。先日会社を辞めて、親の脛をちょっとだけ味見させてもらって過ごし始めたところだった。そう、俺のニートライフはこれからだ!こんな不幸では押しとどまらぬよ!ハッハッハ!
やや逃避し始めたその時、扉がゆっくり、音をたてないように配慮されながら開かれた。
「あ、気が付かれたんですね」
ナース服…じゃない、そもそも女性でもなかった。
端正な顔立ちをした、自分よりもやや背丈の低い男の子。高校生くらいだろうか?自分には見舞ってくれそうな人の中でこんな若い人物は思い当たらない。イケメンなんて知らない。取り合えず挨拶しておこう。
「おはようございます」
「はい、おはようございます」
朗らかな笑顔で挨拶を返された。イケメンすぎて負けそう。
「ここは病院かな?」
知り合いでもないが主治医とかもいないし、確認ついでに差し障りのない雑談でもしておこうと思った。
「あー…えっと、何と言いますか…」
えっ?当然病院だと思って居だので、まさか言葉に詰まるとは思わず、失礼だと思いながら怪訝な顔をしてしまった。まさか誘拐でもされたのか?いやいやまてまて、だったら俺も目の前の少年も拘束されてないとおかしいだろう。
「病院じゃないのか?なら君の御自宅で介抱してもらったのかな?」
「あ、それも違うんです。ええと…驚かないでくださいね?」
何に驚くというのだろう。それこそあなたは死にましたって言われない限り驚かないと思う。
「ここ、異世界なんです」
「?」
イセカイ?いせかい…異世界…。いやいや(笑)ないわー。この少年はきっと中二病でここにぶちこまれたんだろう。そう思うとイケメンだろうと優しくなれる気がしてきた。しかし妄言まで患ってるとはよほどの重症だな。ここはお兄さんが現実を見せることで荒療治せねばなるまいて。
「ふふふっ。少年、いくら最近の流行りが異世界ものだからと言って、さすがに妄想と現実は区別しないと将来余りの恥ずかしさに悶え死んでしまうぞ!」
黒歴史ノートのように!そう、自分のように!
今でも思い出すと顔から火が出るほどだ。あぁ、俺のヒロインの狐っ娘やダークエルフさんはどこにいるのだろう。勇者な俺はハーレムを築き上げることは出来たのだろうか…。せめて最後まで書き上げてあげるべきだった。
「あの…現実です…」
沈黙が長い間続く。それは5分だろうか、10分だろうか。実際はそこまでなかったような気もするが、おそらく2万円で買った5年物のノートパソコンのように脳の処理が停滞していたのだろう。ちなみにそのパソコンは態々スタバとかで格好つけながら黒歴史を書くために買ったものだ。
ようやく長いローディングが終わって絞り出せたのが
「えっ?」
「えっ?」
タイムアウトしたらしい。エロ画像の頭皮部分しか見えていないような感じ。あれすっごい悶々するよね。俺の脳内はまだアナログ通信だったようだ。脳内ではなく頭皮に光が来ないことを祈る。
「あの、ですからここは異世界なんです。僕もすごい驚いたんですけど…。と、取り合えず状況をご説明しますね!」
「アッハイ」
イケメン少年は僕っ子だった。ちなみに名前は伊藤 宗玄というらしい。何その名前かっこいい。年齢は17、やはり高校生だったようだ。
彼によると、高校からの帰り道に突然足元にまるでファンタジーのような魔法陣が浮かび上がったそうだ。あたふたしてたら横から俺が血まみれで魔法陣の中に飛んできたらしい。
「ホラーかよ!」
「あの時はさすがに大声で叫んじゃいました」
そりゃそうだろう。血まみれとなるとやはり俺は車に引かれたみたいだな。ここは死んでしまうとは情けない、転生させてやろうってパターンじゃないのかよ…死にかけのまま転移とかおかしいだろ!
そして無事じゃないけど転移してしまった先がこの世界らしい。以下、当時の回想
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「ここは…」
「おおっ!成功じゃ!」
周りを見渡すとそこは大きな城の中だった。
真下には先ほど現れた魔法陣が書かれており、赤いカーペットが敷かれている。海外旅行などしたことがない宗玄は、見慣れない風景にただ戸惑うばかりだった。
「異世界から参られた勇者殿!此度はよくぞ召喚に応じてくれた!」
荘厳であるが決して派手ではない衣服とマントに身を包んだ壮年の人物が、宗玄を歓迎した。
そこには目の前の人物以外にも、ローブを着た者や、騎士、メイドのような服を着た女性が何人もおり、歓声を上げていた。目の前の人物は話を続ける。
「私はここ、グランツ王国の…国王…で…」
国王の自己紹介は徐々に勢いを失っていった。無論、宗玄の横に転がっている血まみれの塊に視線を移しながら。国王の視線に、その場にいた全員がつられていき…
「「ぎゃあああああああああ!」」
宗玄、国王、そしてその場にいたローブと騎士、さらにはメイドも。
声を合わせての絶叫だった。戦場で飛び交う怒声や悲鳴よりも声が出た、と後の騎士は語る。
「そ、その者の治療を!回復班!」
「は、はっ!」
さすが国王と言うべきか。いち早く立ち直り、目の前にある血の塊である義隆もまた召喚者だと気が付き、とにかくまずは治療が必要だと判断した。
回復班数名が義隆の元へ集い、脈を確認し、骨折箇所を探し、各々が治療に当たった。宗玄はこの時、何とか邪魔にならない位置まで移動してから治療を見ると、回復班が何やらぶつぶつ言いながら両手を義隆にかざしていたところだった。その直後、手から光があふれ、義隆の骨折や出血などがあっという間に治っていった。この時になって、彼は自分が紛れもない異世界に来たということを知ったのだった。
その後、何とか義隆の治療が完了し、騎士がこびりついた血をふき取り、ベッドに寝かせた。そして、もろもろの説明は取り合えず後回しにして、まずは義隆の目が覚めるのを待つことにしたのだった。
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「そして、今に至ります。因みに今日は召喚された翌日ですね」
「マジか…」
なんとまぁひどいものだ。つまり宗玄は勇者として召喚されて、俺は何というか巻き込まれた?いや巻き込まれに行った?感じになったわけだ。しかも最高に阿呆な形で。
それにしても、まさか本当に剣と魔法のファンタジー世界に召喚されるとは思ってなかった。別に会社は辞めた後だから社会的に死んだわけでもないし、彼女なんていないからそこはまぁいいんだけど…さすがに親と友人は心配するだろうなぁ。あっ、俺心配させるような友人居なかった…。親はまぁ連絡がないと心配するだろうな。でもここから連絡手段なんてないだろうし…うーん。あっちにもう一人の俺がいたり、都合よくいなかったことになってたりするかな?何せファンタジーだもんなぁ、気にするだけ無駄か。
「取り合えずまずは国王様に謁見しよう。詳細を聞いて俺たち、まあ厳密には伊藤君は何をしなければいけないのか、帰ることは出来るのか。そのあたりを確認しよう」
「は、はい」
兎にも角にも王様に会って現状確認をしないことには始まらないな。伊藤君は未だ困惑気味のようだし、俺がしっかりしないと。そうして立ち上がってみると、体のバランスがとれず、その場でこけてしまった。
「だ、大丈夫ですか!?」
「あぁ、問題ないよ。でもなんか…軽い?」
そう、バランスが取れなかったのは病み上がりだからというだけでもない。やたらと体が軽いのだ。
まさかと思い、腹を確認してみる。…おや?余分なお肉が見当たらない。というか、それ以上になってる!骨川筋衛門になってる!
「と、取り合えず行こうか」
「本当に大丈夫なんですか!?」
「大丈夫、歩くことは出来るし頭も回る。」
そして俺たちは部屋の外に待機していた騎士さんに連れられて、王様に謁見しに玉座の間へと移動した。
せめて王様がいい人であると信じて。
「おおっ!伊藤殿ともう一人のお方。そちらはもう大丈夫なのかな?」
「はい、国王陛下。大変ご迷惑をお掛け致しました。これ以上お待たせするわけにもいきませんでしたので、お忙しい所申し訳ありませんが、この源 義隆、此度のご説明を頂きたく、参りました」
最低限こちらが無礼を働かないよう、片膝を床につけ、頭を垂れて謁見に挑む。
伊藤君も慌てて真似をする。
「うむ。まずは楽にしてくれ。伊藤殿と源殿。改めて、私はグランツ王国、国王のリヒト=フォン=グランツである。此度の召喚に応じていただき、改めて感謝する。」
許可が出たので立ち上がり、リヒト王の顔を見る。年は40から50といったところか。地毛なのかグレーの髪と口ひげを生やし、目は優しげで慈悲があふれているような気がする。特に太っているわけでもなく、中背中肉で豪奢なアクセサリーなども特に見当たらない。こう、まさに良い王様のテンプレな感じ。
「あいにくと他の重鎮達は時間が取れず不在であるが、また期を見て紹介をさせていただく」
「ご配慮、誠に感謝致します」
「感謝いたします」
伊藤君は、基本俺に任せるスタンスでいてもらうことにした。必要であれば応答するって感じで。
「うむ。それで此度そなた達をこの世界へ呼んだ理由だが…」
国王様は語る。この世界にはマナというものがあり、大気中、地中、水中、人体どこにでも含まれていると。そしてそれらは所謂「魔法」を使うためにあり、これまで魔法が生まれてからずっとこの世界に存在していた。そしてマナの存在ゆえに、マナを取り込みすぎた動物が「魔物」という存在へと変化していき、さらなるマナを求めて人々へ危害を加えていると。
本来、マナを宿した生物が死ぬと空気中に拡散し、新たな生命の誕生や鉱石等様々なものへ宿ったりするのだが、近年、このマナを取り込んでしまう魔物があまりに増え、さらにはその魔物を統べる「魔王」が誕生してしまった。このまま魔物が増え続け、魔王が生物を蹂躙し続けてしまうと、マナを失ったことにより世界のバランスが崩れ、世界の消滅まであり得るという。
「それでは、その魔王を討伐し、世界のバランスを取り戻すのが使命であるということですか?」
「うむ、その通りだ。伝承によれば、世界が危機に瀕する時、彼の世界より救世主が現れ、危機を取り除くとあるのだ。」
「ちなみに、その世界の危機を取り除いた救世主は、その後どうなったのでしょうか?」
「元の世界へ戻ったとも、この世界に残りバランスを取り続けたともあるな」
つまり、少なくとも魔王を倒すことが出来れば元の世界へ帰る希望がある、というわけか。
であれば、迅速に解決するべきだ。伊藤君も向こうには大切な友人や彼女、親御さんも置いてきて心配だろう。だが、何よりもまず俺には解決しなければならないことがあった。
「委細承知致しました」
「おお、では…」
「はい、彼とも改めて相談致しますが、可能な限りこの世界の力になりましょう。」
「…」
伊藤君はあまり乗り気ではなさそうだ。だが、この世界で少なからず生きていくには、俺達は知らなさすぎるし、何も後ろ盾がないと、すぐに死ぬか、困窮することになるだろう。
ならば最低限表向きは協力することで、帰還の方法が見つかるまではこの国に世話になったほうがいい。
あるいはせめて、伊藤君だけでも返してあげたいと思う。彼はまだまだ若いのだから。
さて、おじさん頑張っちゃうぞー。
お読みいただきありがとうございます。
更新は基本気が向いたらになるので不定期です。
何でもいいので感想を頂けるとテンションあがります。
少年を男の子にするか、男の娘にするか…それが問題だ
PCで、スマホで、読みづらいってことがあれば何とかします