第八話「アルパカな指揮官」
ブレンからリーナの誕生日会のお知らせを受けてから三日後。
俺は困惑していた。隣には多分、俺と似たような表情をしているであろうブレンが立っている。
理由もなく二人そろって困惑などしない。原因は俺たちがいる部屋、『指揮官室』にいる人物つまり、部屋の主である。四角い部屋の奥のほうに置いてあるデスクの前に立っていた。
「こんにちは。シノくんとブレンくん」
「……。」
と腰まである薄紫色の髪と綺麗な顔を暗く照明に照らされながら、口に手を当てて嬉しそうに笑うのはミリナ指揮官だ。可愛らしい仕草と表情は、簡単に言うと俺とブレンが考えていたものとなんか違った。
俺が考えていたのは笑うことが少ない冷徹な女性。ブレンやアルバレゲンダのほとんどみんながそう思っているだろう。実際、三日前に、ジークの『卒業』について食堂で話したときはそんな感じに見えたはずだ。
しかし、見るだけでは分からず、近くに立ち、会って話してみるとふわふわとした感じの可愛らしい人であったというわけだ。例えるなら、アルパカがぴったりだと思ったのは胸にしまっておく。
「あらあら、二人とも固まっちゃって。なんか用があって来たんでしょう?」
くるりという音が似合いそうな仕草で顔を傾ける指揮官を見て、俺たちは顔を見合わせた。
(おい。これがミリナ指揮官なのか?)
(なんか、そうらしいけど……)
(マジか……驚きだわ)
目と目で会話をする俺たちを『あらら』という感じでこれまたミリナ指揮官は見ていた。
驚きが拭えないが、先に話を振られた以上、ぼぉっとつっ立っているわけにはいかない。そう考えた俺が、固まったままブレンはあてにもならず、口を開くことになった。
「指揮官。外出届をいただきに参りました」
目上の人ということも忘れそうになっていたが慌てて手を後ろで組み、足を軽く開いて立つ休めの姿勢を作った。ブレンもワンテンポ遅れて姿勢を正す。
その様子を見たミリナ指揮官は小さく首を振った。暗く照らされる薄紫色の長い髪がゆらりと揺れた。
俺は失礼な行動をしてしまったのではないかと焦ったが指揮官の眉が困ったように少し下がっているのを見て、安心した。どうやら俺たちの態度に戸惑っているようだ。
「そんなにかしこまんなくてもいいんですよ?」
「は、はい」
指揮官は背が俺よりも低いため上目遣いで俺の目をのぞいているように見える。居心地の悪さに顔を少しそらしながら返事をした。
そんなことより外出届はまだかと言いたそうな不満顔のブレンと目が合う。
それから無言が続き、俺たちが何も喋らないでいると指揮官は今、思い出したように手のひらをぽんっと叩いた。なぜか、いちいち行動があざとく見えてしまう。
「あっ、外出届だったわね。えぇっと……じゃじゃーんっ!」
「……。」
擬音付きで指揮官が嬉しそうに外出届と思われる、水色の名刺サイズのカードを取り出したが、俺たちはその可愛らしい様子にどう反応すればよいか分からず結果、無言になってしまった。
ブレンは戸惑って、さっきから俺をチラチラと見ている。俺は、今までの経験と、こういうときにコミュ力が発揮できないのことが分かり、それが唯一のブレンの残念な欠点だと思った。
反応すべきだったのだろうが、立つだけになってしまったが、両手にカードを一枚づつ持って俺とブレン、それぞれに差し出した指揮官はふわふわとした笑みをうかべていた。
「ありがとうございます」
声をそろえて礼を言いカードを受けとる。
にこにこと笑う、指揮官は何故か上機嫌の用に見える。
「買い物? がんばってくださいね♪」
優しい口調でそう言いながら、部屋のドアを開けて俺たちを外に促した。
俺もブレンも気の利いた反応が何一つできなかったが、指揮官はそういうことはもとめていないみたいだ。ほっとため息が出そうになるのをこらえて礼をして部屋をあとにした。
ちらりと視界の端にのんびりと手を振る指揮官の姿が見えた気がした。
指揮官が、こういう雰囲気の女性であることがみんなに伝わってほしいと思ったのは秘密だ。少なくとも、隣でため息をつきながらも優しい笑みを浮かべるブレンもそう思っているはずだろう。
廊下の先の方から夕日が差し込んで朱に染めているのが綺麗だった。