第六話「誕生日会のお知らせ」
前回が短かったのに対し今回は長めです。
俺は自分の部屋に戻るとさほどふかふかともせず柔らかくもないベッドにダイブした。今回の任務は久しぶりというわけではないのになんとなく疲労がいつもより多い気がする。もしかしたら、馴れてきたことによるスピードアップが疲労につながってきているのかもしれない。
「はぁ」
そう考えて、俺は短くため息をつく。まったりと任務を果たすのもスピーディーに果たすのも結局、何も変わらないのだ。倒したストレンジャーの数も効率よく倒す己の技術も、疲労も何もかも。
何もかも面倒に思えてきそうなこのなんとも言えない無力感を切り替えたくて、うつ伏せて布団に顔を埋めていた姿勢から仰向けになり額に右腕をのせながらぼーっと上を眺めた。
上は木目が見える天井でそこからデザインを機能も特に特徴もない電気がぶら下がっている。正四角すいの正方形の底をとったような形の囲いと少しはみでるくらいの微妙な大きさの電球がついていて、それは黄色く光っていた。
しかし、この電気もベッドも百数個あると考えるとその見た目や性能が満足できる品ではないことに頷ける気がする。
アルバレゲンダの少年、少女は皆、洋館にある同じような部屋に住んでいるのだ。
洋館は門を南にHの形を作る五階建てで、広い。だから出入口は北に一つ、南に一つ、東に一つと三つあり、俺がよく使うのは門に近い南口だ。
ちなみに東口は一階にある食堂に近いため、昼休み後の昼食に遅れそうになった今日みたいな日によく使う。つまりは、普段はあまり使わないということになる。
一階フロアーだけはHの真ん中の棒に当たる部分だけ屋外の連絡通路になっていて東と西を行き来することに使う。
一階には食堂と事務室、医務室、指揮官室などの利用する回数が少ないものがそろっている。
今、俺のいる二階には、『ゼロ』と『ワン』のメンバー計41名の41部屋がある。一人一部屋だ。
広さはどこも同じでトイレとバスと小さな一口コンロとシンク、電子レンジ、冷蔵凍庫(冷蔵庫と冷凍庫が一緒になったもの)などのちょっとした料理ができるミニキッチンとベッド、IE、そして小さな机とイスが備え付けられている。隣の部屋のブレンの部屋に入ったとき、俺の部屋と全く同じ配置だったことから模様替えなどはできないような気がする。
三階は『ツー』と『スリー』の部屋が確か41部屋あり、基本的に二階と同じ作りだ。
四階は『フォー』の部屋20部屋と空き部屋の計41部屋があり、空き部屋は多分、人が増えた際に使うのだろう。
最上階の五階には、日用品や食料を売る購買があり、そこの店主のステフという女性が頼りにされやすく、明るい性格のため買うつもりがなくても訪れる人も多い。購買以外は、食堂の食事をつくる調理室があるだけだ。
どうすれば購買に寄ってから食堂に行くまで最短で行けるかを考えようと、俺は洋館のフロア案内を脳裏に浮かべていた。俺の部屋は211号室でHの真ん中の棒の真ん中あたりに位置しているため東側の北端と西側の南端の各フロアごとに二つしかない階段までの距離が遠いのだ。多分どう行っても距離は変わらないと思って諦めることにする。
疲労のせいか眠気はもうそこまでやってきていた。購買に行くのはやめて寝てしまおうかそう思って瞼を閉じそうになったとき、ピロロロンと音がした。
それが、何回か続いてからもう閉じそうになっていた瞼を持ち上げ、身を起こす。それはベッドから一歩で着く机の上のIEの音だった。
放っておくことも考えたが、指揮官からの緊急の連絡の可能性を思いだし机まで寄ってみる。覗くと画面がひかり、黄色い文字で【ブレン さんからのメッセージが届きました】と表示された。またピロロロンと鳴った。考えてみると、俺のIEには指揮官の他にサフェラとブレンしか登録されてなかった。つまり、最初からブレンからのメッセージの可能性が高く、緊急性はなかったのだ。なんか起きて損をした気がしてくる。
その下にある《メッセージを見る》をタッチすると画面が切り替わってブレンとのトーク画面になった。これまでのやり取りには俺の返事はなく、ブレンだけが一方的に送ってきていた。ブレンには悪いことをしてたなと一瞬だけ頭をよぎるがメッセージを見てみると、{今日の夕飯なんだと思う?}や{おーいシノー!シノさーん!?}などどうでもいいものばかりで返事をしてない自分を誉めたくなってきた。
やれやれと思いながら最新のメッセージを見ると{来週の今日って何の日か知ってるか?}が10回は送られていた。なんだこれは。怖いな。そう思っているとまたピロロロンという音が何回も立て続けに鳴った。これもまた全部同じ言葉で嫌がらせか何かじゃないのか? と思い始める。そんなに聞きたいのなら部屋も隣なんだから直接来ればいいのに、とも考えた。
バグのような不自然な怖さに首を傾けながらも返信する必要があると判断し《返信》をタッチした。電源コードを断ち切ってガン無視するという選択肢もあったけど。
「えっと、来週の今日は……」
卓上カレンダーに目をむけ、IEのキーボードの上に指を泳がせる。
来週の今日。つまり、ちょうど一週間後は4月14日の日曜日だった。カレンダーは印刷の文字以外空白でとくに思い当たることがない。
だから、俺は〔分かんない〕とだけ書いて《送信》を押しておいた。今すぐにブレンは返信してくるだろう。あいつはIEの前で少し怒りながら返信を待っているにちがいない。
俺はIEの前の机のイスに座り返信を待つことにする。
するとすぐ返信が来た。見てみるとすこしイラっと来る感じの内容で{遅い!!!遅すぎる。(-_-;)4月14日はリーナさんの誕生日だぜ?知らないなんて同じ『ゼロ』の資格は没収だな(笑)}と少し長かった。 それを見て、なるほどとか思ったりはせず、イラっとした以外にリーナの誕生日。だから何? という疑問くらいしか湧かない。
だからそのまま返しといた。ついでに素朴な疑問も織りまぜておく。
〔なんだそのヒエログリフみたいな記号は。リーナの誕生日ってなんか重要か?〕
送信するとものの数秒で返信が来た。もう会って話をした方がいい気がしてくる。でも、このブレンのテンションに会ってついていくのは余計に疲労が増すだけだとも思う。
{ヒエロなんとかとかじゃなくて顔文字って言うんだよ(^o^)アホか}
{誕生日といったら誕生日会だろ!これ常識}
わざわざ二つに分けてくるとは驚いたがヒエログリフを知らない奴にアホよばわりされるのはムカついた。その隣の顔文字も見てるだけでムカついてくる。なんだその開いた口は。
それと、誕生日とほぼイコールで誕生日会が出てくるのもおかしいと思う。
もう対応するのも面倒なので〔へー〕とテキトーに相づちを返してやるとより詳しい説明で返ってくる。
最初の謎の言葉は無視して要約するとリーナにサプライズで『ゼロ』の有志たちを集めて誕生日会を企画したいという考えでそのためのプレゼントを用意しようということらしい。有志と言っているのにどうやらやる気も意志もない俺は強制参加らしい。それとここでさっき、サフェラにコードを聞いた理由も分かった。
プレゼントといってもここでは購買でしか買えない。あるのはノートなどの筆記用具くらいだし、それならリーナが自分で選んだ方が確実なはずだ。それを聞くことにした。
文字をポチポチと打って返信すると返事は予想外に遅い。というか来なかった。その代わり、俺の部屋のドアが外からノックされた。
「おーいシノ。俺だ」
これは予想通りブレンだ。
「はぁ。入れば」
そう返すとドアが開き、ブレンの少し日焼けした顔が見えた。そのままブレンは歩いてきてベッドに腰掛け俺と向き合う形になる。
「シノ。ポイントっていくつ貯まっているか?」
「えっ?確か750くらいだけど……」
さっきまでと関係のない質問に戸惑いながら答えるとブレンは満足そうに頷いた。
「それなら大丈夫だな」
何が? と視線を送るとブレンは補足説明を始める。
「外にプレゼントを買いに行こうと思うんだ。でも、一日外に出る許可を得るのはポイントがいる。だから、ポイントに余裕がある奴に声をかけてそのメンバーだけで、前日の4月13日に外に行こうという感じになった。おまえはポイントに余裕があるというかありすぎんだろ。だから行くのは決定」
人差し指を俺の顔に向けながらブレンが言う通り、外、アルバレゲンダの門の外に任務以外に出るにはストレンジャーの倒した数に応じて加算されていくポイントが必要だ。確か150ポイントがいる。俺の750に比べるとなんだという感じだが、このポイントは売店などの利用などにも使う大切なもので、使いすぎると生活にも支障を来す。
「俺が行って意味あんの……?」
「大丈夫だ。俺も行くぜ!」
俺のうんざりとした声にブレンが胸をはってはきはきと答える。そんなに誇らしげに言われてもとういう感じもする。
「それ大丈夫って言えんのかよ……」
「大の男ブレンでも不安か?はははっ!だいじょぉーぶ!サフェラも来るかんな!」
うんざりしながらぼやいている俺に対して、何故か上機嫌なブレンがキラリと白い歯をのぞかして鬱陶しい笑みを浮かべた。でも、まぁブレンが来なくても、サフェラが来るならプレゼント選びには問題はないだろう。
「わーありがとーブレン(棒読み)」
「なんだよ、そのありがたみの欠片もなさそうな言葉は……まぁ、いいや」
「ていうか、サフェラに任せた方が良いんじゃないの?」
これまたブレンの対応が鬱陶しいので無視して、質問をすることで地味に行きたくないアピールをする。
すると、ブレンは分かってないなという風に呆れ顔で頭を左右に振った。
「今回は『ゼロ』の中の交流会という意味もあるぜ。大体、シノ、おまえは人とコミュニケーションを取ろうとしない。自分の殻に引きこもりすぎなんだよ。これから、ヤドカニと呼んでやろうか?」
「そのあだ名は、丁重にお断りするよ。もう、分かった。行くから」
俺はブレン以外とはあまり話したりしない。人と関わるのが煩わしかった。ブレンはこう見えるが、そういうことは見透かしているのかもしれない。だけど、ヤドカニという不名誉なあだなには甚だ遺憾である。
自分のことに対して説教まがいのことをされるのもイヤだから、仕方なく行くことにした。買い物をするだけならまぁ、いいかなとも思ってきた。
「ふぅ、良かった行くんだな!あっ、言い忘れてたけどリーナさんも一緒に行くぞ」
ブレンは短くため息をつくと、付け加えた。俺は当然、言葉の意味が理解ができない。リーナが行くとサプライズじゃなくなるのではないのか? そう思った。
「ははっ。その顔は『サプライズじゃねぇじゃないか』とか思ってるだろー。ふふふ、これこそがサプラァーイズっ!」
ブレンは気持ち悪く笑いながらホントに楽しそうにしゃべる。その言葉も意味不明で頭痛がする気がする。やはり、会って話すと疲労は二倍なのか。
「はっ?意味分からん」
「リーナさんには一緒に遊びに行くと言って来てもらうんだよ。まさか、それの目的が自分のプレゼントを買うためなんて思わないだろ?」
「うん……そう?」
「そうだ。それにリーナさんもおまえみたいに『ゼロ』の皆と馴染めていないみたいだし」
ブレンは、悩むような顔をして小さく呟く。やはり、ブレンは誰のこともきちんと考えていた。ただのアホだと思っていたが彼を見直すきっかけとなった。
「すごいな。おまえって」
俺は、思わずそう漏らしていた。
ブレンは不思議そうに頭を傾ける。
「なんだよ、急に。別に俺はすごくなんかないぜ?ただ普通に生きてるだけだ」
普通。それは自分で決めることなのかもしれない。俺にとっての異常がこいつにとっては普通なのだ。
しばらく沈黙が続き、ブレンは腰を浮かせると笑いながら言った。
「どうかした?ヤドカニって言ったことなら撤回だ。まぁ、あとの連絡はIEが中心となるからしっかり返事しろよな!というかチェックしろ!邪魔したな。じゃあ」
「ああ。分かった」
そう言うとバタンとドアが閉まり、微かな振動が伝わった。
読者さまの中にブレンのファンはいるのでしょうか?今回はブレンがただのアホではないかんじをアピールしたつもりです。
バースデーは次話にも続きます。