第四話「帰途」
微妙な空気の中『ゼロ』が荒れ地を後にした。
その荒れ地から少し歩いたところに洋館からここに来るときに乗ってきた車がある。いや、あると言うよりはとめておいたという感じだ。
後はそれに乗り込み同じ道を戻るだけだ。ぞろぞろと20人が歩き、車と言うよりはバスと言った方が良いよう縦長の車に乗り込んだ。無人運転タイプの車のため、出迎えてくれる声などはない。
「ただまー。……おかりー」
ブレンなんかは自分で自分に挨拶をしている。基本アホなあいつらしいが、毎回のことなので白眼視する奴はいなかった。俺は多少白けた眼を向けてたかもしれないが。
言葉を発したのはブレンのそれだけで、他の人たちは無言で座席に座る。
「「はぁ」」
その瞬間、みんなのため息がそろった。これも毎回のことだ。戦いは疲れるから。
「今日は数が多い割に早く終わりましたよね。でも、なんか疲れました」
「そうだね」
「まぁ、早く帰ろう!」
それから数秒後、サフェラやその友達のロニエなどの疲れがにじみでた声が聞こえた。最後のロニエの明るめな声を合図に車が動きだした。
舗装された道に行くまでのガタガタした道を行く車体が揺れる中、めいめいに服装や装備を整え始める。
まず最初に耳につけていたインカムを外す。これは離れている中でメンバーの安否や声を確実に届けるものでつけている間はメンバーの声以外、自分に届くことがない。
俺がインカムを外すと、車が走る静かな音とごそごそと動くみんなの布がすれる音が耳に流れ込んできた。無音だった世界に急に音が湧き出たような感覚でまだ耳が慣れないが次の作業に移る。
次は、軍服の襟につけていた小さなマイクのような装置を取る。マイクのような見た目だがマイクなのではなく『空素』という呼吸のために必要な気体を放出する装置だ。ストレンジャーと戦うにあたってこれがないと命を落とすに等しい重要なものだ。ストレンジャーの能力に空素を奪われてしまい自分のまわりの空素がなくなってしまうと呼吸ができずに窒息するかららしい。ちなみにそんなことになった奴は見たことがない。
その次に、使った短剣についた赤い血を拭う。謎の生物なのに血液の色は人間と同じであまりつけたままにしときたくないし、短剣がさびてしまいそうに思えて入念に輝きが現れるまで拭いておいた。銃は特にすることもないので短剣と一緒にケースに戻した。
そこまでやるとだいたいみんな終わったような雰囲気で楽しそうに会話をし始めた。でも、同じ地域での戦いだったためすぐあの白い門が見えてきた。
それからすぐその門の前に車が止まる。
「ついたみたいだぜ」
ブレンの一言で窓際に座っていた奴がドアを開けて外に出ると残りのメンバーもぞろぞろと降りる。
俺とリーナが最後となり、車を後にした。
この後車は車庫に自分で戻るからドアを閉めておくだけでいい。リーナが音をたてるのを嫌うかのように静かにドアを閉めた。
「よーし!全員いるよな?」
「なんでお前が仕切るんだよ」
「もういいですよ。リーダーのグラディーさん完全にやるきなくしてますよ」
門の前に立って声をかけたブレンに近くにいた長身で金髪の男、エイクがうんざりと言った。それに、サフェラとロニエも面倒くさそうに答えた。ちょうど俺の隣にいた『ゼロ』のリーダーであるグラディーは短くため息をついていた。
リーダーにぴったりな真面目そうな雰囲気で暗い茶髪と戦い以外のときはメガネをつけている。それにまとめる力もあるのだが、今日はブレンにまかせるようだ。
ブレンはグラディーを見てから口を開いて大きく言った。
「点呼!じゃあ俺が1番で」
「いや、並んでからだろ」
「そっそうだな。もちろんそうするつもりだったぞ」
ブレンは、またもやエイクにツッコミを入れられてごまかすみたいに笑う。
「並べー」
「「へーい」」
だるそうな返事をしながらブレンの前に前列10人後列9人の二列横隊で並んだ。
「いっちッ!」
「にー」
「さぁん」
最初のブレン以外やる気なさげな声だったが無事20人いた。それに満足そうに頷いたブレンの代わりに、リーダーのグラディーが言う。
「じゃあ、僕はミリナ指揮官に報告しにいくから今日はここで解散。お疲れ様でした」
この一言にて解散となり門を開けて敷地の中へと入る。後は、洋館の自分の部屋に帰ってシャワーを浴びるなり寝るなり自由にすればいい。
「なーシノ」
ブレンは俺を待っていてくれたのか声をかけてきた。なんとなくイヤな感じがするのは気のせいだろうか。
「なんだよ」
迷惑そうな顔をつくって左にいるブレンの方を向いてみる。意外にもブレンは申し訳なさそうな顔をしていて俺は少し驚き急いで、さっき作った顔を元に戻した。
「おまえってサフェラのメッセージコード知ってるか?」
「は?」
しかしその顔に似合わず聞かれた内容は本当にどうでもいいものだった。俺がサフェラのメッセージコードを知っていようがいまいがブレンには関係がないと思い首をひねる。
「知ってるけど……」
前に、俺はサフェラに頼まれて自分のコードを教えていたそのときにサフェラのコードも教えられた。
「マジかっ!シノよ、頼みがあるんだが……」
たまたま知っていたので正直に答えたがブレンの目が光ったところでだいたいの内容がわかった気がした。
「教えない」
俺はきっぱりと答えた。
メッセージコードとはその名の通り、1人1台ずつ部屋に置いてあるインフォメーションエクスチェンジ(Information Exchangeの頭文字を取ってIE【アイイー】と呼ばれている)というダサい名前の通信端末でメッセージのやり取りをする際に必要なコードのことだ。送信側も受信側もどちらもお互いのコードを知っていないと送れない仕組みのようで、そうとう打ち解けていないとやり取りすることはないと思われる。もちろん、知っているだけで俺とサフェラもやり取りをしたことがない。
「えぇーひでぇ。ていうか、まだ頼み事言ってないんだけどな」
ブレンの残念そうな声がやけに響いた。
「第一、おまえがサフェラのコードを知っててもサフェラがおまえのコードを知らないと意味がないだろ」
「それは知ってる。ほら、そういうのは地味で静かなシノ君にお頼みして。ね……?いってぇ!なんだよ」
「地味とかただの悪口じゃねえか。ひでぇのはどっちだ」
チラチラと俺を見ながら頼み事をしてくるブレンの右足を思い切り踏んづけながら言い返した。
「大事な用がサフェラにあるんだ!頼むぜ」
それでも怯まずに顔の前に両手をあわせて、いわゆるお願いポーズを作るブレン。その目は結構、本気だった。
「はぁ、しょうがねーな。ほら、行くぞ」
結局俺が諦めて教えるとまではいかないが手助けをしてあげることにした。餌を与えるのではなく餌のとり方を教えるという感じだ。
ブレンは右手でガッツポーズを作ろうとして途中でやめた。俺の手伝いの違いに気づいたみたいだ。
「へっ?行くってどこに?」
不思議そうに首をひねるブレンに見ろという感じに手をのばして前を指さす。
「どこって、前々。サフェラに直接聞きに行くんだよ」
「は?」
間抜けなブレンの声が聞こえたのを確認して、俺はブレンのずっしりとした体を腕をつかんでひっぱった。
「おーい、サフェラぁぁー。ブレンが用があるみたいだぞー」
大きな声でサフェラに呼びかけると前を一人で歩いていたリーナが白い髪のポニーテールをねこのしっぽみたいに揺らして振りかえった。びっくりしたように俺の顔を見る。俺がこんな風に大声を出すことを珍しいと思ったのだろう。俺はリーナの顔に向かって苦笑いをした。
その視界の遠くではサフェラが立ち止まって俺たちを待って手を振っているのが見えた。
~今回の登場~
・ロニエ:サフェラの女友達で濃いピンクがかった茶髪のボブで明るい性格。『ゼロ』
・エイク:金髪で長身のツッコミ担当。『ゼロ』
・グラディー:リーダー。真面目で多分イケメン。『ゼロ』
・インカム:耳につけるイヤホンみたいな物。耳の密封度が高く作られている。【道具】
・空素:二話で紹介されている。【気体】
・IE,メッセージコード:シノが詳しく説明している。【情報】