第二話「卒業」
お久しぶりです。今回は最後にぎっしりと大事な情報がつまっているのでおみのがしなく。
【1】
しばらく無言で歩き続ける。リーナは白く長い髪を揺らしながら俺より手前を歩いていた。コツコツと彼女の堅い靴が白い地面をならす音が規則正しく鳴っている。
だんだんと周りの建物がなくなり、ぽつんと佇む大きく白い門が姿を現した。周りには何もなく、木々や鳥などの動物もいない。あるのはそれだけでひとりぼっち。
この孤独な門の奥には西洋風のレンガ造りの建物があり、中にはたくさんの人が暮らしている。俺もリーナもその中の一人だ。
物理的に孤独な門の前には俺とリーナの名を呼んだであろう少女が一人で立っているのが見えた。知り合いというか、仲間とでも言おうか。分からないがお互いによく知っている。もちろんリーナも。
その少女は、色素の薄い茶色の髪を肩につくくらいの長さで切りそろえ、あどけなさが残る整った顔立ちのぱっちりと開かれた茶色い瞳で背が頭一つ分は高い俺と俺よりは低いが、背が高いリーナを見上げるようにしっかりと見ていた。
俺たちから顔が見えるくらいのところで少女は桜色の小さな口を開いた。
「まったく。どうして二人ともすぐどっかに行っちゃうのですか。もーですよ。もー」
俺たち二人が門の前に立つとその少女は腰に手をあてて不満気に頬を膨らませてみせた。怒ってるようだがあまり伝わらない。むしろ少しいじけているくらいにしか見えない。その小さな体躯は大きな門が後ろにあるせいでさらに小さく見えてしまうのも原因かもしれない。
それから無言で数秒の間、じぃーっと、小さな少女の大きな瞳で何かを覗くかのように見つめられて俺はその目から逃れるように顔を逸らした。その視界の中に白い髪が入ったのが見える。おそらくリーナも強い視線に耐えかねて顔を背けたのだろう。
それを見た少女は、はぁと怒ることを諦めたかのようにため息をついて再び口を開く。
「もう少しでお昼ご飯です。その前に、今日は大事な連絡がミリナ指揮官からあるそうなので……急ぎますよ。ていうか私、この言葉ほぼ毎日言ってますよね!?」
確かに俺たちは(もちろん俺とリーナは完全別行動である)昼前の休憩に外に出ては遅れそうになっている常習犯だ。特に大きな理由はないが、休憩くらい静かに過ごしたいとかどこかで思っているのだろう。
風だろうか、サフェラの茶髪をふわりと揺らし、先ほどとは違い口にはいつもの柔らかな笑みがうかんでいた。
「ごめんなさい毎回。そしてありがとう。サフェラさん」
俺の隣に立つリーナが申し訳なさそうに言う。さっきまでは氷みたいに冷たい顔をしていたその顔はいつになく優しく穏やかに見える。
「その言葉も同じくらい聞きましたけどね……まぁ、急ぎますよ!」
少女、サフェラが苦笑しながらぼそりと言った。リーナも微笑んでいた。
俺は何も言わずというか言うチャンスを逃し、その二人の横顔を交互に眺めていた。
「ほら。行きますよっ!シノさん」
大きな門を開けながらサフェラがぼんやりとしている俺に声をかける。リーナはいつもの冷たい感じの表情に戻っていた。
「そうだな。急がなきゃな。お腹も空いたし」
ぼんやりとつぶやくように答えると小さく華奢なサフェラの手に腕を強く引かれ姿勢が崩れそうになった。なんだ? と前のめりの体勢で下を向いた顔を上げると腕時計を見ているサフェラの焦ったような顔が見える。
「ん?どうしたんだ?」
「シノさん。やばいですあと数分!間にあわないかも……なので……急ぎますよっと!」
サフェラはリーナの腕もとると前に大きく右足を踏み出した。そのまま走り出す。
「ちょっと?ええぇーっ!ちょ、無理無理」
「えっ?サフェラさんっ!?」
小さな体に似合わぬスピードで走るサフェラの後ろで俺たち二人は声をあげた。
「もうー遅れたら二人のせいですからねー」
とサフェラの明るい声が響いた。
【2】
そのまま走り続け、レンガ造りの大きな洋館に入った。中でもしばらく走り、やっと目的地の食堂の前に到着。縦に長いその部屋には前の方と後ろに二つ、扉があってどちらも閉ざされていた。
はぁはぁ、と三人とも息が荒い。
まだ遅れてはいないと思うが慌ただしく、俺とリーナは後ろの方の扉にサフェラは前の扉へと散る。食堂は座る席がなんとなくだが決まっているから自分の席に近い扉から入るのが普通なのだ。
心臓の音が身に響き、息切れも激しいがなんとか少し重い木でできた扉を開ける。開けた瞬間、ざわざわがやがやと喧騒が広がった。
たくさんのテーブルには白い皿が並び、その上にはパスタ料理が盛られている。皿の前に100数人の少年少女がそれぞれに腰掛ける中、すみません、通りますとかなんとか言いながら自分の席をめがけて歩く。リーナも後ろについてきていたが途中の机との間で曲がって席に座ったようだ。
「おーい、シノ。遅いぞー」
真ん中の方にある俺の席にはまだたどり着かないが視界の端で手が上げられ、左右に小さく振られているのが見えた。おそらく俺の隣のやつだろう。なかなか気がきくじゃないか。そう思いながら歩きやっと座ることができた。
「よう、シノ。今日もリーナさんと一緒だったのか?おっ?」
「おうブレン。なんだよ気持ち悪い顔だな。別にたまたまだ」
さっき手をあげてくれた隣の席のブレンに冗談混じりに挨拶をされ、それをテキトーにあしらっておく。ブレンは黒い髪と少し小麦色に焼けた肌、整った顔、そして明るく関わりやすい性格と俺にはない部分を持っている。つまり、友達が多い。だからかこんな俺にも明るく接してくれているのだと思うし、俺はたくさんの中の一人にすぎない。
でも、そんなことはどうでもよく、ブレンはつまんねーとか言いながら楽しそうに笑っていた。それに何かを返そうと口を開こうとしたらさっきまでの喧騒はどこへやら弛緩した空気は消え、静かになっている。
前にあるパスタをぼんやりと見ているとブレンが俺の肩をたたき前を指さす。前を向くとそこには、二人の人物が立っていた。それを見て俺はサフェラがお知らせがあると言っていたのを思いだす。
二人のうちの左側の人はミリナ指揮官という女性で困ったような微笑んでるような微妙な笑みを浮かべている30歳弱くらいに見える綺麗な顔だちだ。うすい紫がかった髪は腰ぐらいまであり食堂のすこし黄色がかっている照明に照らされ輝いていた。
小柄なミリナ指揮官の隣に立つもう一人は17、8歳くらいに見える少年だ。背が高く、よく活躍していて名前は聞いたことがあった。たしかジークとか言った気がする。彼は焦げ茶色のふわりとした髪で優しそうな雰囲気が伝わる容姿をしていて、照れているのか右手を頭の後ろに持ってきていた。
少しだけ残っていたはなし声が完全に消え、しーんとするとミリナ指揮官がおもむろに口を開いた。
「皆さん早くお昼を食べたいでしょうけど、お知らせがあります」
そう言い終わるとぐるりとここにいる皆と目を合わせるように見回す。俺と目が合った(ような気がした)ときは、あの困ったような微笑みはもうなく、この場にいる大人ということがよく伝わる固い表情に変わっていた。
そのまま話を続ける。ジークはちらりとミリナ指揮官を見ていた。緊張しているのかもしれない。
「ジーク君がポイント達成のため『卒業』ということになりました」
その言葉にざわめきがおこる。もちろん、俺も驚いた。ポイントというのは日々の戦いで評価されるもので確か1000ptに達すると『卒業』つまり、この組織、アルバレゲンダからの脱退ができる。といっても、今まで達成者がいないだけあってざわめきは長時間おさまらなかった。
ブレンが俺の肩をつつき苦笑しながら小さな声で囁く。
「確か、ジークは俺たち『ゼロ』の後輩『ワン』だぜ。ヤバいな」
そもそも、アルバレゲンダとは、たった5年前にできた軍のようなもので、『異質者』といわれる謎の生物の撃退のためにつくられた。
異質者は、丸い形で小さな目がついた可愛らしい容姿をしているのだが、色は淡い色をでそれぞれが違う色をしている。生物なのにまるで人間のような俗称は彼らの動きに感情があるかのように感じるかららしい。あざ笑うような、悲しむようなそんな感情。
彼ら、異質者は能力を使う。ときに銃弾を、炎を、窒素を、ナイフを。手もない個体から生み出され攻撃をする。それは、俺たちが攻撃をするから反撃をするのは当然であるのだが、その生物が存在するだけで地球上の生き物が必要とする空素と呼ばれるエネルギーを大量に消費し、食物の喪失や人間の命に多大なる悪影響を与えてしまうため俺たちが攻撃して死に至らせなければならないのは仕方がないことなのだ。
そして、5年前にスタートしたこのアルバレゲンダの最初のメンバーが俺やブレン、リーナ、サフェラなどが入る『ゼロ』であり、次が『ワン』、そして『ツー』から『フォー』までの5部隊となっている。
だから、ブレンの言った通り5年経って、やっとでた『卒業者』が『ワン』であることは年長ものであるはずの俺たち『ゼロ』にはかなりのダメージにあたるはずなのだ。
俺はそこまで考えて、ブレンに言葉を返した。
「まぁ、エリートってやつなんだろう」
「そうだよな」
ブレンが短く答えたときには周りは静かになり始めていた。
「ジーク君何かありますか?」
それを見計らってミリナ指揮官が隣で固まっていたジークに話を振った。そしてジークは何かを決心したかのように顔をさらに引き締めたように見えた。
彼は再び静寂が訪れるのを待ってから口を開く。
「僕は『卒業』を辞退させていただきます」
彼の言葉にまた騒然とする。どうしてだろう? ここは危険で自由もない場所なのに。どうして留まるのか? それが皆の疑問だった。
「僕だけが安全で俯瞰で、ただ見ているわけにはいかないと思うので。それに、少しでも貢献したいというただの僕の欲望ですから」
彼は広がるざわめきを無視して瞳に強い光を浮かべ、柔らかに笑いながら語る。その姿はエリートでも軍人でもなく、夢を語る照れくさい感じのただの普通の少年のように見えた。
彼をガン見している俺の視界に入ったミリナ指揮官の眉がぴくりと動いた気がする。
「やっぱり、ヤバいな」
ブレンのつぶやきが聞こえた瞬間それをかき消すような拍手が起こった。
ミリナ指揮官は最初に見たような笑みをうかべているだけだった。
その笑みは俺の胸にざわめきを残した。
ような気がした。
~今回の新キャラ~
・サフェラ:茶髪でシノたちより年下ぽい雰囲気がする。実際は知りません。『ゼロ』
・ブレン:友達が多く明るいタイプ。『ゼロ』
・ミリナ指揮官:大人の女性。まだ謎。
・ジーク:アルバレゲンダ最初の『卒業』権利持ち。『ワン』