第一話「白い国」
久しぶりです。さぼってましたすみません。
白い国、アルバ。島国であるこの国の名前の由来は冬になると、辺り一面が雪に覆われ、真っ白になるかららしい。だけど、そんな由来なんてものはどうでもよくアルバは白い。
と言っても、紙のように真っ白というわけではなく、色彩がないという無の白というイメージだ。
俺はこの国の名が気に入らない。冬にしか本当の『白』がやってこないかわりに『無の白』が居座り続けるこの国のかつての豊かさではなく乏しさの象徴のように思えてしまうから。
そんな国アルバは今、『無の白』を強く実感させられる春である。
今日は珍しく、俺はすることもなく国の名前について一人で話を展開させながら町をぶらついていた。行くあてもなくただ散歩する俺の黒髪を春とともにやってきたあたたかな風がふわりと揺らし、頬を撫でるように流れていった。
しかし、春なのは風だけで、俺の視界には春らしく感じるものはない。鮮やかな花も人も。あるのは瓦礫のように見える家だけ。たくさんのそうした家が立ち並んでいる。これこそが『無の白』の原因だ。
どこをみても同じような光景しかないのだが、今日は久しぶりに普通の人を見た。しかも仲が良さそうな親子とは珍しく感じる。色彩に欠ける服装の母親と小さな少年だ。少年はどこかへ行っていたのだろうか嬉しそうに布の掛かった小さなカゴを持っている。
俺はいつの間にか立ち止まっていて、その親子の様子を見て口元がゆるんでいるのに気づいた。もしかしたら、その光景を懐かしく思っているのかもしれないと考え、そして、そのまま口角が上がってしまい、ちょうど笑ったとき、遠くにいたはずの親子との距離は縮まり、小さな少年の大きな茶色の瞳と目があった。
少年は驚いたあと、微笑むと母親に何かを言う。その微笑みには確かな綺麗な色があるみたいに感じた。
少年が上目遣いに見上げながら母親と話す様子はお願いをしているようにも確認をしてるように見える。母親も笑うと少年はいきなり、駆けだした。にこにこと温かい笑みをうかべて。立ちどまって、少年を眺める俺をめがけて。
「おにーさん!」
元気なソプラノが響く。俺はただただ驚いて、少年の顔を見ていた。こんなに気持ちが軽やかになるような笑顔と声は本当に久しぶりだ。
そして、少年は俺の前に来ると、もっていたカゴに掛かっている布をどけて何かを差し出した。
「リンゴいる?」
差し出したそれは真っ赤なリンゴだった。その赤は今までの白に赤が入ったみたいに鮮やかに見えた。
「おぉ、ありがと。いいのか?」
俺は少年の目線に合うようにしゃがみ茶色の瞳を見つめてそう聞いた。幼い子と話すことがあまりなかったためか、砕けた話し方になっているかもしれない。少し気になったが、少年は輝く目をぱちぱちと瞬きをして、こくっと頷くと走りさっていってしまった。
「あっ」
俺は遠ざかっていく少年の後ろ姿を見て、遅れて声をあげて立ち上がり、諦めて真っ赤なリンゴを見た。丸くて枝つきの大きなそれは、本当に真っ赤ですごくおいしそうに見える。
ちょうど腹が減っていたし、甘酸っぱいリンゴの味を想像するとかじりつきたくなっていた俺は口を大きく開けた。
しかし、俺の口にリンゴは入らず手からひょいと誰かにとりあげられてしまった。まったく誰だよ。俺のデリシャスなリンゴをとったのは。という非難の声をあげるより前に耳元で聞きなれた声がする。鼓膜にしっとりと確かに凛と響く声音。
「ちょっといいかしら?」
その透き通るような声の持ち主を脳裏に浮かべ、振り向く。やはり脳裏に浮かんだ彼女は可憐にそこにいた。彼女は俺のリンゴをじっくりと眺めていた。
彼女の腰までのびた白い髪は普段のポニーテールではなくおろされている。エメラルドの光溢れる大きめの瞳と白い肌はこの場所と背景には不似合いだが、リンゴをもつ様子は不思議としっくりとくる気がする。
「おぉ。おまえか。リンゴがどうかしたか?」
俺がやっと言葉を発したとき、聞いていなかったのか彼女は口で小さく「やっぱり」と漏らし手探りで腰のホルダーからキラリと輝く光沢の小さな深緑の銃を取り出していた。俺は戦場でもないここで彼女が戦いで使う愛着ある武器を手にすることに首を傾けざるをえなかった。リンゴに弾をねじ込むのか? ストレス発散かしらん? くだらない疑問しか浮かばないほど彼女の白い手に握られた光沢のある緑色の小さな銃は謎につつまれている。
再び口を開けようとした俺は結局、声は発することができずそのまま開いた口を閉じずにつっ立っていることになっていた。
彼女が大きな目を細め、鋭く遠くを眺めているのだ。戦場かであるように。そして、下げていた銃を持つ腕を上げ視線の先に口を向けた。
「おいっ?」
俺が驚きと困惑で声を上げたと同時、パンッと二発続け様に聞こえた。視界の中、白い髪がさらりと揺れたと思うと暖かな風が俺の黒髪をまた揺らしていた。
呆然と立つ俺は何も言えずただ状況が分からなかった。
そして、白い彼女は静かに手を下ろすと眉を下げて俺の方を振り向く。そして一言。
「まるで白雪姫みたいだわ」
と言った。
はっ?白雪姫? 彼女と銃と俺? よく分からない。さらに困惑していく俺を見て彼女はため息をはいて補足した。「つまり、このリンゴが毒リンゴってこと。敵があなたを殺そうとしてあげたもの。もしかしたら、死んでたかもしれないわ」
彼女は微笑むと同時に俺と逆の向きにむいて、手に持っていた赤いそれを宙に投げると銃で打ち抜き、バラバラの破片となって飛び散るリンゴを眺めた。
あの少年のあの笑みは俺を殺すことへの喜びで、彼の母親は何も止めることもなく息子に俺を殺しに寄越した。
何もかも 全 部 偽 物 だった。
俺は少年と母親と同様に鮮やかな銃さばきで破片となったリンゴの結末がうまく結びつかず、ただ呆然と立っていた。そんな俺のようすにまた彼女はため息をつくと振り返りまた口を開いた。
「だいたい、春にリンゴがあることじたいがおかしいと思うのだけれど……」
「えっどうしてだ?」
俺が首をひねりながら返すと呆れたような顔をして首を傾ける。少しムカつくのは気のせいだろうか。
「リンゴは秋の果物。知らないかしら?」
「えぇ、知らないですね……はい」
あたりまえかのように言われると少し自信を無くす。忘れているだけかもしれないとさえ思う。
でも、彼女が知っていることを俺が常識として捉えることはあり得ないと考え直した。彼女はいつまでも正しい。そう思ったから。
もし、彼女が俺からリンゴを盗らなかったら俺はここにいないかもしれない。そんなことを考えると礼を言わなければならない気がしてくる。ありがとな。と口にしようと口をあの形に開けようとしたが誰かの声に遮られた。
「シノさーん!リーナさーん!時間ですっ」
自分の名と彼女の名を叫ぶ遠くから聞こえる少女の明るい声はもちろん聞き覚えがある。
彼女、リーナはその声の方へと歩きだした。立っている俺を抜かす。
「行きましょう」
俺と一二歩離れた場所で振り返ってそう言った。ふわりと華やかなフローラルな香りが漂う。
「おう。さっきはありがとな」
俺は意外な誘いに戸惑うも感謝を伝えることができた。
「ちょっ待てよ!」
と言っても、言い終わる前に歩きだしていた。
俺はシノ。今日も戦い続ける憎しみと悲しみと何かが混じりあう世界と。
キャラの情報はわざとはっきりしないように書いています。読み進めて個性や服装、性格、を掴むのが目的です。
~ただいまの登場人物~
主人公・俺……シノ
彼女……リーナ