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母との別れ

悲しむ者は幸いです その人たちは

慰められるから… マタイによる福音書


今日は私の人生で一番短い日になる予定です。

理由ですか…

もうすぐ私が処刑されるからです。

罪は殺人です。

母を殺しました。


私の家族は、父と母、兄と私の四人の貧乏家族でした。

家族そろって全員阿呆です。

つまり社会不適格者

つまり人間失格です…


父は既に他界し、パーキンソン病の母を兄が十年以上介護していました。

兄は、母の発病以前に会社を辞め引きこもっていたこともあり、介護を全て引き受けてくれました。

人の良さしか取り柄のない兄も、人の社会に苦悩していたのです。

またそれは私にとって好都合でした…


私の人生の目標は、家族みたいな人間にならないこと。

つまり普通の社会人

つまり人間合格になることでした。

私は自分を家族から解放し「社会人」をエンジョイしました。

職場では上司から信頼され部下からは慕われていたと思います。

飲み会ではワザと酔っ払ってドジもしました。

つまり良い人を演じていたのです。

しかし心の奥底で自分の偽善を恥じていました…


病気と薬の副作用で一日中苦しむ母は

早く逝きたい…

殺してほしい…

とよく口にするようになりました。

無理もありません。

二十四時間苦痛しかない生活です。

介護で疲れ切った兄が、いわゆる「最後の親孝行」に悩み苦しんでいることを私は弟としてはっきり感じてました。


私はもし兄が罪を犯したら、その罪を自分がかぶろうと考えてました。

しかし…


罪をかぶる?

兄ちゃんの罪?

兄ちゃんが罪人??


お前が殺せ…!


あゝ神の子よ…

あなたは罪を償うのではなく、犯すべきだったのです…


母の思い出…

母は子供の頃、級友たちからよくいじめられたそうです。

お人好しの阿呆だから仕方ありません。

母がふと漏らした言葉を今も憶えてます。


戦争中はよかった

学校に行かなくていいから

疎開先の田舎では

みんな優しくしてくれた

御飯も美味しかった

戦争が終わりまた学校が始まると思うと

母ちゃん つらかった…


母が一生を通して何かしたと言えるのは子供を愛したことぐらいです。

阿呆の愛

知性や教養に侵されてない真の愛

猫の親子のような無垢な愛情でした…


私も子供の頃からゴミクズでクラスでは「無」の存在でした。

そんな私にも一つだけ自慢が、否、誇りがありました。

それは母のつくったオニギリです。

母のオニギリは、芯に母の手作りの漬け物が入っていて、普通の三倍ぐらいの大きさでした。

阿呆だから常識がないのです。

遠足では、級友たちの多くが自分のお惣菜との交換を条件に母のオニギリを欲しがりましたが全部却下しました。

そのときだけ、私は「無」ではなく誇り高き存在でした…


決行…


母ちゃん

今日楽になれるから

もう苦しまなくていいから

今日でお別れだけど

又すぐ逢えるから…


私は兄に、


今日は俺が母ちゃんの面倒みるから

たまには兄ちゃんも外で気晴らしでもしてくれよ…


と言ってだまし、母を手にかけました。

そして私は逮捕され裁判にかけられたのです。

人間合格者たちが殺人の動機を求めるので


人を殺したかっただけで他に理由はありません…


と言ってやりました。


人間合格者の同情

そんなもの糞食らえだ!


まして兄を自分の免罪符にしたくはなかったのです。

裁判は手順に従い早々と処理さられ、死刑が宣告されました。

それでもうすぐ処刑されるのです。


さて、もうすぐこの世とお別れです。

刑務官は優しい人たちで最期の望みを聞いてくれました。

私は規則違反は承知の上で、


兄に直接伝えたいことがあります…


と言いました。

すると刑務官は自分の携帯を差し出し、私にむかって、


電話しなさい…


と言ってくれたのです。

生まれて初めて人に感謝しました。

私は兄に、


自分は母を、家族を、愛してた…


と何としても伝えたかったのです。


ところが、なぜか電話番号を思い出せない…

何年も使った番号を、はっきり記憶していた番号を、思い出せない…

おそらく私は狂っていたと思います。


あゝなぜなんだ

兄ちゃんに最期の言葉を伝えたい

あゝ神様お願いします…


今や無神論者を気取っている場合ではありません。

しかしどうしても思い出せないのです…


あきらめました。


そして、絞縄が首に掛けられたとき、ふと思いました。


もうすぐ人形劇も終わりだな

兄ちゃん、一人にしてごめんね

さようなら…


そこで夢から覚めました。

蝉が鳴く暑い土曜の朝でした。

母が去年の夏の暮れに、眠るように他界したのは神の慈悲だと思っています。


おわり

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― 新着の感想 ―
[良い点] とても読みやすかったです。 [一言] 介護の大変さを、もう少し書いて欲しかった。又、母を殺害する緊張感やその後の気持ちの揺れまで描いて頂きたいと思いました。
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