日本帝国陸海軍協同異世界派遣隊 砲艦「琵琶」
ワシが砲艦「琵琶」の乗組員として、あの龍さんたちやエルフさんたちの国に行った時のことを取材したい?
若いの、あなたはアメリカ人のジャーナリストかね?
日本語が上手だな。
えっ!エルフさんに料金を払って翻訳魔法をかけてもらった?
一番安いヤツで効果が今日の日暮れまでだって?
時間がもったいないな。
少し話が急ぎ足になるよ?
それでいい?
よし!話そう!
西暦で1939年9月1日のことだ。
遠く欧州では、第二次世界大戦が始まり、支那事変も終結が見えなかったが、日本国内は平和だった。
ワシは当時二十歳で、徴兵された陸軍二等兵として琵琶湖の近くで野外演習中だった。
実家が小さな食堂をやっておったからな。ワシは炊事兵として配属されていた。
昼食を終えて後片付けしている時だった。
琵琶湖から数え切れないほどの帆船があらわれた。
大航海時代の欧州のような帆船で琵琶湖にあるはずのない船だった。
船から大勢の人間が降りて、琵琶湖湖畔の町を襲い始めた。
奴らの武器のほとんどは剣や槍・弓だったが、少数だが杖を構えて火の玉を跳ばす奴もいた。
後から分かったことだが、それは魔法が使える魔導師の攻撃魔法「ファイアーボール」だった。
だが、普通の魔導師のファイアーボールは、手榴弾程度の威力だからな。
実弾演習のため大量の弾薬を用意していた我が日本陸軍で対応可能だった。
厄介だったのは、ドラゴンだった。
数少ない大型の帆船一隻に一頭しか乗れないので、琵琶湖近辺に来襲したのは十頭ほどだった。
歩兵の重機関銃でも、ドラゴンの堅い鱗を貫くことができなかった。
ドラゴンは空を飛んで、口から火を吐くからな。
十頭ほどでも被害は甚大だった。
結局、空を飛ぶドラゴンの目を戦闘機が狙って銃撃して、ひるんで地上に降りたところを戦車と砲兵の集中攻撃で、ようやく倒した。
捕虜にした人間の兵士たちに尋問した結果、侵略して来た奴らの国名が分かった。
「偉大なるドラゴン皇帝が全種族を支配する帝国」、通称「ドラゴン帝国」だ。
人間の兵士たちは、支配階級であるドラゴンの奴隷だった。
奴らは、この地球とは違う異世界の者たちで、ドラゴン皇帝は侵略戦争を繰り返してきた。
ある時、異世界にある古代文明の遺跡の「門」が、日本の琵琶湖と繋がったのだ。
「門」は現在でも仕組みや原理は一切不明だが、「門」を通り抜けると、異世界に一瞬で移動が可能なのだ。
こちら側の「門」出口が琵琶湖の真ん中に出現したのだ。
捕虜たちの尋問では、「ドラゴン帝国」の侵略に対抗している国々が異世界にあることも分かった。
「龍・エルフ・ドワーフ・人間・その他全種族による同盟」、通称「全種族同盟」だ。
ドラゴン帝国の軍勢を撃退してから約一カ月後、琵琶湖に新たな帆船による船団があらわれた。
その船は「全種族同盟」の旗を掲げていた。
我が日本と全種族同盟は友好的な接触に成功し、我が国は異世界に軍を送ることにした。
侵略を受けたことに報復する意味もあったが、異世界は石油が豊富にあることが分かったからだ。
中世の技術レベルの異世界にとって、石油は「燃えて飲めない水」で使い道が無い物であった。
慢性的な石油不足に悩む我が国にとっては天佑とさえ言えた。
ん?何だい?
「龍」と「ドラゴン」は、どう違うのかって?
ああ、翻訳魔法で英語では、どちらも「ドラゴン」と訳されちゃうか。
ドラゴン帝国のドラゴンは、人間などの他の種族を見下していて、自分たちが支配者になって当然だと思っている。
見た目はトカゲを大きくしたようで、欧州のおとぎ話に出てくる「邪竜」のようだ。
龍さんは人間などの他の種族に友好的で、対等な関係で仲良くしたいと思っている。
見た目は胴体が蛇のように細長く、日本や中国のおとぎ話に出てくる「神獣」のようだ。
さて、異世界に我が日本は、どのような軍勢を送るかが問題になった。
琵琶湖の「門」を通った向こう側の異世界も湖になっているが、その湖の広さが地球の太平洋並みあることが分かったのだ。
異世界に大陸は無く、広大な湖に島々が点在していて、そこに国々がある。
日本陸軍は、「内陸の湖」ということで自分たちが異世界派遣軍の主導権を握ろうとした。
しかし、太平洋並みに広大な湖のため「事実上の海」であるとして、日本海軍も異世界派遣軍の主導権を握ろうとしたのだ。
どちらが主導権を握るにしろ、異世界では船がなければ、どうにもならないとは分かっていた。
陸海軍の主導権争いの結果、第一陣として用意された砲艦「琵琶」は、陸海軍協同の部隊となった。
琵琶湖の民間の大型遊覧船を徴用して、戦車の砲塔を載せるなどの様々な改造をした。
砲艦「琵琶」に搭載された戦車砲などの火器を操作するのは海軍陸戦隊で、艦その物を操るのは陸軍船舶工兵であった。
艦長は陸軍将校で、副長は海軍士官。
ただし、艦長である陸軍将校は、艦内の海軍軍人に直接命令はできず。副長である海軍士官を通さなければならなかった。
艦名をどうするかも問題になったが、結局、単純に「琵琶」となった。
複雑な指揮系統と陸海軍混成の乗組員であったが、その当時のワシはそんなに複雑なことは考えていなかった。
「琵琶」の厨房は陸軍の管轄になったので、炊事兵であったワシはそこに配属された。
船の中の厨房設備は整っていたからの。
野外で飯をつくるよりは楽だったものだった。
海軍では士官と下士官兵では食事のメニューは別だったが、砲艦「琵琶」では厨房が陸軍担当だったのでメニューは全員同じだった。
海軍士官側からは最初は不満も出たが、「同じ釜の飯を食う」という言葉があるように、艦内で仲間意識を高めるのに役に立ったと思う。
えっ!?砲艦「琵琶」の戦闘は、どんなだったか?
ドラゴンの「一般兵士」ぐらいなら、「琵琶」の四十七ミリ戦車砲で倒せた。
ドラゴンたちは生まれでなく、戦闘力で身分が決まるようになっていて、下から「一般兵士」「騎士」「貴族」「皇族」となっていた。
ドラゴンの「騎士」ぐらいだと七十五ミリ砲でないと効果が無かったし、「皇族」だと戦艦の主砲弾でも喰らわせなければならなかった。
異世界に進行して、最初の一年ほどは拠点として確保した島で防戦するだけで精一杯だった。
しかし、その間に、日本では琵琶湖と海を繋ぐ運河が完成した。
戦艦すら航行可能な幅の運河は、龍さんとエルフさんたちの大規模魔法の協力があって、一年に満たない短期間で完成したのだそうだ。
海軍の戦艦艦隊が、ドラゴン帝国の帝都に殴り込んで、戦艦「大和」が四十六センチ砲弾をドラゴン皇帝にぶち込んで倒したのは、何度も映画になっているから有名だね。
結局、ドラゴン相手の戦闘の主力は海軍になって、陸軍は占領地の確保・後方警備が主な任務になった。
砲艦「琵琶」も後方警備になった。
陸軍将校たちは、そのことは不満だったようだが、徴兵のワシとしては戦闘の危険が無くなったのは幸運だと思った。
異世界で出会った女房と深い仲になれたのも占領地でだったからな。
ん?どうした?若いの?
今、お茶を置いていったの女房かって?
いや、娘だ。
最初に、玄関で会ったワシの女房によく似ているだろ?
エルフは成人すると見た目は年取らんし、ハーフエルフもそうだからな。
ん?若いの、若いのと呼ばれるのに違和感がある?
若いの、あんたいくつだ?
三十歳?
充分若いのじゃないか?
ワシは九十八歳だ。
えっ!?ワシの見た目は二十歳代だから違和感がある?
エルフと結婚すると不老長寿になるからな、ワシも事故や病気で死ななければ、この姿のままで数百年生きることになる。
えっ!?あんたもエルフと結婚して、不老長寿になりたい?
それは無理だ。あんたたちアメリカ人はいまだにエルフさんたちから嫌われている。
異世界では石油やレアメタルのある島々は無人だったので、ドラゴン帝国との戦争が終わった後、全種族同盟と交渉して穏便に日本の領土となった。
日本は地球で海外に領土を得る必要が無くなったので、アメリカの要求通り、大陸から撤退した。
それなのに、当時のアメリカ大統領は「琵琶湖への無制限通行権」を寄越せなど無理な要求をしたんだ。
交渉のためにアメリカに行ったエルフさんに「エルフは人間ではない猿の一種だ。猿とは交渉しない」と暴言まで吐いたな。
エルフさんは魔法の凄さを伝えるため、車椅子生活だったアメリカ大統領を魔法で歩けるようにした。
しかも、人間がエルフと結婚すれば不老長寿になれると知って、アメリカ側はエルフさんたちに対して、それまでと百八十度違う対応になったが、後の祭りだった。
エルフさんたちは適切な医療費を支払えば、アメリカ人に対しても魔法でしか治せないケガや病気を治療してくれるけど、アメリカ人と結婚しようとするエルフはいない。
当時のアメリカ大統領の暴言は「エルフ全種族に対する侮辱」と考えているんだ。
えっ!?七十年以上前のことだから、もう許してくれていいんじゃないかって?
そこが、エルフさんと人間の時間感覚の違いだよ。
人間にとっては「七十年前」は「だいぶ昔」だが、数百年を生きるエルフには「ついこの間」だからな。
まあ、あと百年は許してくれないだろ。
ん?砲艦「琵琶」はどうなったのかって?
廃艦になってスクラップになったのか?
それとも、どこかで記念艦になっているのか?だって?
てっきり知っていて、ここに来たのだと思っていたぞ。
ここだよ。今はワシらの家になっている。
この島は石油が豊富だが、島のどこからも石油が染み出して、家を建てられる場所が無いんだ。
それで、船を島に接岸して住居にしている。
砲艦「琵琶」は、戦後武装が撤去されたが、元の遊覧船に戻すのは手間がかかるので、エルフさんたちに友好として格安で払い下げられた。
そして、この島の住居用船になったんだ。
何度も改築・増築をして原型はとどめていない。
船としてはバランス悪くなったから、もう航行することはできなくなっている。
今は「ビワ・アパート」と呼ばれている。
さて、この船の中でワシは食堂をやっている。
砲艦「琵琶」のメニューを再現した物を食わしてやろう。
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