99 祭りの始まり
「ちっ……いくらでも再生するって言うならよぉ! 再生できなくなるまで潰しまくってやるよぉ!」
雄叫びと共に竜王が竜気のブレスを放つ!
それは見事に千頭竜に命中した! が、頭の一つを三分の一ほど吹き飛ばすに止まった。
「なにっ!」
先程の一斉攻撃の時は一撃で頭を破壊できたというのに、今回はそれから比べるとかなりのダメージが軽減されているようだ。
『聞いていなかったのか? 我は再生するたびに、弱点を克服していると言ったではないか』
傷ついていた頭部がみるみる内に再生し、また少しだけ奴の頭部の形が変わる。
『これでまた耐性を得たなぁ……』
ニヤリと千頭竜は笑う。
このままでは、遠からず竜王の竜気ブレスは通じなくなるだろう。
いや、妾達の攻撃とて下手をすれば全く通じなくなるかもしれない。
あれ、これ打つ手無しではないか?
妾だけではない、他の皆も重苦しい空気に包まれていた。
『ふむ……どうやら理解し、絶望してもらえたようだな。では、腹も減ったし我が地肉となってもらおうか』
じゅるりと涎をすすりながら、千頭竜はこちらを品定めする。
『逆らわねば痛くないように喰ってやるぞ』
わーい、優しい……などと思うか、バカめ!
しかし、打開策が見つからなければ、近いうちに妾達は美味しくいただかれてしまうだろう。
くっ……こんな時に何か策を思い付く人材がいれば……。
妾がふと、ある人物の顔を思い浮かべた時だった。
「オーホッホッホッホッ!」
突然、戦場に似つかわしくない助勢の高笑いが響き渡る!
こ、この声は!
全員の視線が声の響いて来た方向……すでに瓦礫と化していた少し小高い建物の方に集中した。そこに居たのは……。
「お待たせいたしましたわ、エル! そしてアルト様! リーシャ・カルフェ・ハクアチューン、ただいま見参です!」
まばゆい光を背に受けて、堂々と胸を張るリーシャの姿がそこにはあった!
一応、初見の顔ぶれもいたからか、自己紹介を兼ねて名乗るあたり相変わらず計算高い。
「おっと、私がいることもお忘れなく!」
そう言いながら、リーシャの背後から光を当てていたらしい骨夫がひょっこり顔を出す。
なんだ、背後の後光は演出か。というか、なんでお主がそんな照明役をやっておるのだ!?
「いや、こう……注目を集めるからには、バシッと決めたいじゃないですかっ!」
うん……でも、そのポジションだと目立つのはリーシャだけだがな。
「っ!?」
愕然とした表情に変わる骨夫。き、気づいていなかったのか……。
「ズルいですぞ、リーシャ殿!」
「ほ、骨夫さんが予定より早く顔を出すから……」
颯爽と現れた味方がくだらん事で揉め始めるでないわ!
全く、仕方のないやつらめ!
『……人間と使い魔? しかも魔王や勇者に比べて大した魔力も感じない……ゴミが何の用だ?』
せっかく妾達にわずかながら絶望感を与えていた所に、その緊張感を台無しにされた千頭竜が、すこしだけ苛立った口調で問う。
そんな奴に怯むこと無く、リーシャと骨夫はフッと鼻で笑った。
「決まっているではありませんか、千頭竜を倒すために参戦させていただきますわ!」
「そういう事さ、戦えるのはお嬢達だけじゃないと教えてやろう」
むう、頼もしい。しかし、千頭竜じゃないがお主達だけでは文字通り手も足も出まい。
「だいたい、何が千頭竜だ! 自慰行為みたいなネーミングしやがって!」
だから、いらん挑発をするでないわ、骨夫は!
見ろ、千頭竜も顔が引きつっているではないか。
だが、そこでふと二つの違和感に気がつく。
一つは……
「リーシャ、骨夫……お主ら、いつから妾達の戦いを見ておった?」
この言葉に、二人は見てわかるほどに狼狽えた。
「い、い、い、い、いつと言われましても、たった今到着したばかりですので……」
「そ、そうですわ、たった今ですわ」
滝のような汗を流しながら、二人は弁明する。が、そいつはおかしかないかな?
いま到着したばかりなら、千頭竜の事は『神話の魔物』と表現するはずだ。
なぜなら千頭竜という呼び名は、妾達が戦い始める前に聞いた名であるし、妾達がそれぞれ戦い出した辺りにこの場に居なければ知り得ない呼び名なのだ。
妾の鋭いツッコミをくらい、ガクリとリーシャ達は膝を着く。
「さすがですわ、アルト様……恥ずかしながらエルにいい所を見せたかったんです」
やはりそうか。まぁその乙女心は解らんでもないがな。
「そうなんです、私は止めたんですけどね。リーシャさんが……」
話の流れに便乗して自分は無実というスタンスを取る骨夫に、隣のリーシャもギョッとする。
お前な、そういう所がよくないんだぞ! 後で罰を与えるからな!
そう告げると、「やれやれ、まいったなぁ……」みたいな曖昧な笑顔を骨夫は浮かべて肩をすくめた。
『くだらん話はすんだか?』
意外に律儀なのか、空気を読んだのか……黙って妾達のやり取りを聞いていた千頭竜が口を開く。
「ふん、わざわざ待っていてくれるとはな」
『最後の会話となれば少し位は気を効かせてやるさ……』
なんて事を言ってはいるが、自分が絶対的に優位な立場にあるからこその余裕なのだと妾達に知らしめたいのだろう。
「随分とお優しいのですね……」
膝をついた状態から、リーシャがゆっくり立ち上がる。
「どこからその余裕が来るのでしょう……強大な力を持っているから? すごい再生能力を持っているから?」
今更な彼女の問いかけに、千頭竜も怪訝そうな表情を浮かべた。
「確かに、その井頭を潰しても再生するというのは驚異ですわ。ですが、どの部分も再生可能というわけでは無いでしょう? そう、例えば心臓とか?」
ズバリ指摘するリーシャに、千頭竜は若干、顔を引きつらせる。
え、図星か!?
「それに先程、腹が減ったと言っていたのも聞き捨てなりませんわ。つまり、体力は無限じゃないということですわね」
またも千頭竜の顔が歪む。
しかし、それはほんの少しの間だけ。すぐにまた余裕のある笑みの形に戻る。
『なるほど、なかなかよい読みだ。だがな、解った所でどうにもなるまい?お前らの中でも最高峰の、勇者や魔王とて我の前にはなす術無しだぞ!』
高らかに千頭竜は笑う。
確かに、奴の竜鱗や筋肉、魔力障壁などはどれもこれもすさまじいし、限界があるとはいえ体力も桁違いだ。しかも回復能力まで備えている。
そんな奴の肉体を切り裂いて、その奥にある心臓を攻撃するなど勇者や魔王でも容易ではない。
しかしながら、リーシャに現実を悲観するような様子は無かった。
「確かに難しいでしょう。ですが、その慢心が命取りだと教えて差し上げますわ!」
そう宣言したリーシャは、バッと手を振り何かの合図を送った!
それと同時に、千頭竜の巨体を囲むようにして次々と転移口が展開されていく!
やはり、なにか企んでおったな!
そう、それが妾が感じたもう一つの違和感。
リーシャと骨夫に付けていたはずのアマゾネス・エルフの姿が見えなかった事だ。
そもそも、あのカートがさっきのタイミングで目立とうとしていないのがおかしい。
それどころか影すら見せていないのだから、何か作戦の一端を担っていると考えるのが妥当だろう。
だからこそ、妾は二人とどうでもよい会話をして時間を稼いだのだ。
さて、そんな一計を案じたあの転移口からは何が……。
………………!
ん!?
何か転移口の向こうから何か音が聞こえてくる。
まるで地鳴りのような、それでいてどことなく規則正しいこれは……足音!?
オオォォォォォォッ!!!!
響く足音と共に放つ怒濤のような雄叫びが大気を震わせる!
それは武装した戦士達の咆哮!
千頭竜を囲む転移口から現れたのは、何千何万にも達しそうな人の群れだった!
いや、人間だけではない。魔族、獣人、巨人、竜人と、人間界と魔界に全ての種族が、草原を焼き尽くす火のような勢いで千頭竜に殺到していった!
『なぁっ……』
さすがの千頭竜も、その予想外な光景には度肝を抜かれたようだ。まぁ、かく言う妾達もだが。
というか、これは一体どういう状況だ!?
種明かしを求めてリーシャの方を見ると、なぜかドヤ顔をしながら得意げに語る。
「簡単な事ですわ、当初の人間界と竜族の戦いといった構図から、神話の魔物と全種族に切り替えただけです!」
つまり、最初の妾達で竜族を倒してから神話の魔物に挑む予定では、人間界ばかりに負担かかりすぎて、権力者が乗ってこない可能性が大きい。
だから、この戦いは全ての種族が協力して行う戦いなのだとして、乗り遅れれば後々どうなるか……という話で重い腰を上げさせたとうことらしい。
あとは巨人族と獣人族の元に妾の名代として赴き、人間界が総力を挙げるという話を背景に協力を仰いで短期決戦の流れに持ち込むとしていたそうだ。
「もともと獣人族と巨人族の王もこの戦いに赴いていましたし、私が人間界の戦力の指揮を取る事の証明を見せれば、説得も容易でしたわ」
いやいや、簡単そうに言うが、それは結構な手間であっただろうに。しかも、領主の娘とはいえ、貴族の娘が兵の指揮権を得るなんて普通ではあり得まい。
「そこはちょっぴり頑張りましたわ」
ペロリと舌をだすリーシャの姿は、愛らしかったが恐ろしくもあった。
あ、それよりも勝手に種族の者を使われた、巨人王や獣王は怒って無いだろうか……。
恐る恐るそちらに顔を向けると、なぜか二人とも目を輝かせて千頭竜に挑む部下達を見つめていた。
「なんでしょう……この全ての種族がまとまって戦う光景、胸が高鳴ります」
「俺もだ……」
普段はさほど交流もしてない者同士が、一つの困難に挑むためな協力している。たしかに、その光景は何か心を震わせる物がある。
「ま、要するにこれはでかい祭りだ。世界規模のな」
そうかな……そうかも……。
竜王の言う通り、これはある意味どでかい祭りと言えなくもない。であるならば、各種族の王である妾達も、ここでぼんやりとしてはいられまい。
「我らも行くぞ!」
先陣きって音頭を取るべく、妾達は戦いの渦中へと飛び込んでいった!




