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魔王の娘と勇者の子孫  作者: 善信
95/101

95 神話の魔物

 トゥーマから立ち上る影は、やがて明確な形となってくる。

 それは不可思議な魔物が数多く跋扈するこの魔界においても、思わず二度見しそうになるほどの異形。

 竜族用に作られた、巨大なこの城の玉座。その天井まで届くような巨体、長い年月を経た巨木のように並ぶ首、そして妾達を見下ろす真っ赤な二十の目。

 それは、小山のような胴体から十の頭を生やした竜だった。


「ふははは、見ろ! これこそ神話の魔物と呼ばれた竜族の祖の姿だ!」

 なにか誇らし気に叫ぶトゥーマの声も、どこか遠くに聞こえる。

 それほど、目の前の怪物は圧倒的な存在感を醸し出していた。


多頭蛇(ヒュドラ)……?」

 眼前の魔物に対するエルの呟きに、トゥーマが激しく反応する!

多頭蛇(あれ)は、この魔物に擬態しただけに過ぎぬ下等生物! そんな物と一緒にするな!」

 神経質な学者みたいな訂正に、思わずエルもすいませんと頭を下げる。

 いや、謝る必要はないぞ。妾もそう思ったからな。


「この魔物は神によって産み出されつつも、その強大な力から存在と名を棄てさせられ、表舞台から抹消された……故に真名も無く、()の存在を示すのは『御名捨使徒おんなにすと』の(あざな)のみ! 」

 神から存在を抹消され、名を捨てられたとはまた随分な設定だ。

「だが! 竜族の祖であるその存在は、我ら竜王の血脈にのみ口伝の形で語り継がれてきたのだ! そう、この『千頭竜(せんずりゅう)』の存在をな!」

 千頭竜! それが目の前の怪物か。

 頭が十個なのに千の頭とは、だいぶ大仰な名前ではないか。

 今だベラベラと千頭竜の事を解説するトゥーマに対し、こやつ竜族の祖の事になると早口になるの気持ち悪いよな……なんて思っていた所、唐突に「ぶほっ!」と吹き出すような声が聞こえて思考が中断させられた。

 声の方を見てみると、なぜかハミィが下を向いて肩を震わせていた。……笑ってるの?


「……何が可笑しい?」

 気持ちよく語っていた所に水を差され、不機嫌そうにトゥーマはハミィを睨み付ける。

「い、いえ、すいません……」

 口元を押さえ、場違いなリアクションにハミィは謝罪するも相変わらず笑いをこらえているようだ。

「ただ、なんでこの緊迫した状況で、神話の魔物に下ネタをぶっ込んで来るのかなと……」

 オナニス……せんずりゅ……ぶふっ!

 ああ、そうな。いわゆる自慰行為的なネーミングよな。気付いてしまった妾も吹き出してしまった。

 だが、バカ者っ! なんで今そんな事に気付くかな!?

 それに、そういう言語の違いからくるちょっとアレなネーミングセンスを笑ったらいかんだろうが!


「で、ですがそう言うアルト殿だって……」

 不意打ち過ぎるわっ! そんなん笑うだろう!

 実際、かなり緊迫した空気だったから早く笑いを止めねばとは思うのだけど、いけないと思えば思うほど笑いが込み上げてくる。

 しかし、これはだいたい竜王のセンスが独特すぎるのが悪い。

 七輝竜の二つ名の呼び方もアレだったし、そこはもうちょっと他の魔族にどう思われるかを配慮するべきであろう。


「何て言うか……ちょっとすいません」

 後ろで必死に笑いを堪えようとする妾達の姿に、またも申し訳無さそうにエルが頭を下げた。

 そんな妾達にトゥーマは口の端をヒクヒクと歪め、こちらを睨み付ける。


「ふん……笑っていられるのも今のうちだ。この千頭竜は、まだ生まれたてのような物なのだからな!」

 なにっ!?

 トゥーマの言葉に素直に驚く。並の竜よりもはるかにでかいというのに、まだ成長するというのか。

「そうだ。ここにいるお前らを喰らい、外の魔王達を喰らえば、千頭竜はさらに成長する。そうなればもはやこの世に千頭竜を止められる者はない! そして俺は、地上に残る全ての種族を支配するのだ!」

 再び高笑いしながら、野望を吐露するトゥーマ。

 だが待ってほしい。大概こういうのって、強くなりすぎた魔物が制御不能になるのがオチではないだろうか?

「そんな強大な魔物を、あなたは制御できるつりもですか!」

 妾の気持ちを代弁するように、エルがトゥーマに疑問を突き付ける!

 それを鼻で笑って、トゥーマはもちろんだと答えた。


「お前達のように浅はかな思考で俺が動いていると思うなよ! 制御できる自信が無くて、魔物を……」

 言葉の途中で、トゥーマの声が突然途切れた。

 千頭竜の頭の一つが(・・・・・・・・・)奴を丸呑みにした(・・・・・・・・)からだ(・・・)。って、全然制御できていないではないかっ!

 妾達が呆然と見つめる前で、ゴクリという音と共にトゥーマらしき塊が竜の喉を流れていく。

 そうして主を呑み込んだ神話の魔物は、妾達の方に目を向けた。


『ククク……少し言うことを聞いてやったくらいで、我を使いパシリにできると思うとはな。我が末ながらここまで劣化しているとは、悲しいやら呆れるやら……』

 喋っ……た?

 千頭竜(こやつ)、人語を解するほど知性があるのか!?

『ふははは、何を驚く。見てくれに惑わされるようでは、貴様らも大した事はないな』

 愉快そうに見下す千頭竜に、ちょっとカチンときた。しかし、コミュニケーションが取れるならば、もしかして戦いを回避できるかも……。

『おっと、我が知性的だからとて、万が一にも逃げられると思うなよ? お前らは我の栄養(エサ)なのだからな』

 まぁ、我が威光に怯え逃げたくなる気持ちもわかるがなと、器用に十個の頭を揺すりながら奴は笑う。

 だが、聞き捨てならんな。誰が貴様なんぞにビビるものか!

 むしろ生まれたての貴様なぞ、文字どおり赤子の手を捻るようなものだぞ!


「ふん! 竜族の祖に相応しく、大口だけは一人前です。ですが、あーし達の実力も見抜けぬようでは、お前も大した事はありませんね!」

 一歩前に出たハミィが、奴の言葉をそのままお返しする。

 お、いいぞ! もっと言ってやれハミィ。

「ふっ……思春期の青少年が夢中になる、自慰っぽい名前だから大げな物言いになるのでしょうか? 無駄に万能感いっぱいな言動もそれっぽいですしね」

 ちょっと待て、ハミィ。それは言い過ぎではないかな?

 名前弄りもそうだが、そういう年頃って誰にでもあるものだし、もうちょっと手心というものを……。


『なかなか言うではないか……。では、貴様らはどれ程の物だというのだ?』

 ぬ? 名前を弄られ怒るかなと思いきや、千頭竜は意外と冷静に対応してきた。

 むむ、奴め……迂闊に行動を取らぬ辺り、かなり手強いな。

「よろしい、あーし達が何者か、古の魔物に教えてあげましょう!」

 そんな妾の読みも気にせず、ハミィは待ってましたとばかりに、妾達を紹介する。


「こちらに居られる聡明で凛々しく、可愛らしくも格好いい我が主こそ、人間界の至宝『勇者』の子孫エルトニクス様! そして、それに使える可憐な忠義の士である我はハミィ! あと、魔王の娘のアルト殿です」

 こら! なんだ、その紹介の仕方は。妾をおまけみたいに言うな!

 ハミィに詰め寄る妾を、エルがまぁまぁと宥めてくる。

 んもう、エルはハミィに甘いな!


『勇者に魔王の血脈か……』

 ちょっと揉めてた妾達を見下ろし、品定めするように千頭竜は呟いた。

 そしてベロリと舌なめずリすると、嬉しそうに口角を上げる。

『いい栄養になりそうだ……』

 ギラギラと光るナイフのような牙を見せながら、奴は笑う。そんな時、ふと奴の姿がブレたように見えた。

「ん?」

 思わず声が漏れる。

 なにやら、笑う千頭竜の姿が一回り大きくなったような気がするのだが……。

「アルトさん、気を付けて……なんだか、奴が大きくなった気がします」

 警戒するエルの声からも、気のせいや目の錯覚ではなく、実際に大きくなっているのだと理解できた。

 これは一体……?


『先程、呑み込んだ奴の消化が終わったのだ……貴様らを食えば、さらに大きく強くなるだろう』

 揺さぶりか余裕か……奴はわざわざ説明してくれる。

 これがトゥーマが言っていた千頭竜の『成長』か。食えば食うほど強くなる……これは確実に今、ここで倒さねばならない!

 迫る奴を前に、妾達は戦闘体勢を取る!

 先程まで天井に届きそうなくらいだった奴の頭が、今は完全に届くくらいに肥大化しており、その巨体が迫る様はまるで山が動いているようだ。

 妾は小声で呪文の詠唱を始め、エルとハミィは妾を護るために前に出る。

 そんな妾達を前に、迫っていた千頭竜の巨体がピタリと止まった。

 なんだろう、変な物でも踏んだのかな?

 のんきな考えが頭を過るが、もちろんそんな訳が無い。

 こちらを見下ろしながら『ミディアムだな……』と、奴が呟いた次の瞬間!

 バックリ開いた奴の口から、猛烈な熱を伴う地獄の豪火が妾達に向かって放出された!

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