94 出戻りの竜が得た力
「ええ……なんで死んで……ええ……?」
頭を抱えて戸惑いの言葉をトゥーマは繰り返す。
うん、まぁそうなるのも無理はないよね。
最初から倒すつもりで来た妾達でもびっくりしたのに、リベンジ狙ってきたらその対象が死んでるんだから。
その喪失感から来る混乱は、妾達とは比べ物にならぬだろう。
そんな風に困惑の極みにあったトゥーマの目が、ふと妾達を捉える。
「あ、貴女は……」
見覚えのある妾の顔に、彼の意識はこちらに戻って来たようだ。
「なぜこんな所に……まさか、貴女達が!?」
言われて、妾達ははブンブンと首を振る。
いや、確かにこやつらを狙ってはいたけれど、直接手をかけてもいないのに変な逆恨みとか買いたくはないし。
「ふふ……外ではなぜか魔王クラスの連中が暴れ回っているから、これ幸いと来たというのに……もう死んでたとか……あはは」
トゥーマは乾いた笑い声を響かせる。
その形相は鬼気迫る物があって……すいません、ちょっと怖いです。
しかし、元々は竜族による支配よりも他の魔族との共存を唱っていた彼だ。ひょっとしたら、神話の魔物を相手にする際に竜族の力を借りられるかもしれないんじゃないか?
そうなれば良い方向で予想を裏切る展開である。
「あー、トゥーマ殿。少し話があるのだが……」
妾が声をかけると、ピタリとトゥーマの哄笑が止まる。
こちらをジッと見る彼はやはり怖い物があるが、交渉次第では父上達に戦闘を中止してもらわねばならないので迅速に事を決断すべく、妾は話を切り出した。
そうして、間近に迫る脅威について説明する。
「そんな訳だから、竜族の力も貸してもらえんだろうか」
頭を下げて協力を求める。が、彼はキョトンとしたような無表情でこちらを見ていた。
んん……これはどういう心情なんだろう。
「なるほど、それで各魔王がこの地に集まっていたのか……くく、手間が省けたな」
にんまりと笑ったトゥーマは、ブツブツと呟く。
しかし、手間が省けたとはどういう事だろう。もしかして、前の敗北を教訓にして、兵ではなく魔王達に直接力を借りるつもりでだったのだろうか?
訝しげに妾達がトゥーマの様子を伺っていると、奴はさらに狂気じみた笑みをこちらに向ける。
「実はね、俺の主導で竜王の地位を手にいれ、いずれは他の魔族も配下に納めていくつもりだったんですよ」
あ、やっぱりそういう腹積もりだったか。
本当は魔王を引き連れて竜族の王になったという、実績と風評が欲しかったんですがね……そんな事をトゥーマはベラベラと口にする。
オイオイオイ、ちょっと明け透けではないか? というか、今なぜこのタイミングでカミングアウトするのか。
協力が得られればとは思っているが、別に妾とお主は親友とかではないよ?
こちらの警戒心を煽るだけだというのに、トゥーマはタガが外れたように自身が計画していた魔界掌握の計画を話していく。
大半が荒唐無稽な計画ではあるが、そんな事を妾達の前で……いや、こやつはすでに妾達の存在を見ていない?
奴の視線は虚空に向けられており、まるで大きい独り言のようでもある。
あれ、ひょっとして色々ヤバくなってる人……?
「はぁ……なんて遠回りで面倒で成功率の低い計画を練っていたのか……」
ようやく全てを話終えたのか、スッキリしたような自嘲するような呟きを漏らしつつ、トゥーマは天を仰ぐ。
「圧倒的な力で全てを支配する……最初からこうしておけば良かったんだ」
「……それはあなたと対立していた、竜王と同じ考え方じゃないですか」
トゥーマの独り言に、エルが突っ込みを入れる!
そうだ!そうだ! 大体、お主はそれが不可能だと判断したから、他の魔族と一応の協力関係を結ぼうとしたのだろう?
竜王に対して勝算があったかもしれんが、妾達を含め外の竜族や七輝竜の相手をしている各魔王(それに勇者の子孫)を相手に勝てるつもりか!
「勝てるさ!」
トゥーマはハッキリと断言した!
「今、この場所に集まっている全ての魔王を相手にしても、俺は勝てる! それだけの力を手にいれたのだ!」
な、なんだ、こいつの余裕は!?
言葉の根拠はよくわからんが、とにかくすごい自信だ。
「見せてやるよ……これが、貴女達が相手にしようとしている神話の魔物だ!」
なっ!?
驚愕する妾達の目の前で、トゥーマの影から凄まじい魔力を持った巨大な影が、ゆっくりと沸き上がって来た。
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「ん?」
迎撃に現れた竜族のほとんどを叩きのめした魔王達が、一斉にある方向に顔を向けた。
その視線の先には竜族の居城がある。
「なんでしょう、この気配は……」
『巨人王』が鷲掴みにしていた竜の頭を開放しながら呟く。
「ただ事ではないな……尻尾の毛が逆立っている」
倒した竜族の山に腰かけていた『獣王』も、視線の先で起きているであろう、ただならぬ気配を察知して立ち上がった。
「この魔力……もしや本命が現れたかもしれんな」
『鋼の魔王』の言葉に、二人の魔王の表情が引き締まる。
「参りましょう、竜族の居城へ」
「ああ!」
「うむ!」
返事をした『獣王』と『鋼の魔王』を肩に乗せ、『巨人王』はスカートを翻して走り出した。
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「ふぅ……」
一息ついたルフィナの足元には、正体を現し竜の姿になった『色欲』のリュシエルが倒れ伏していた。
「なかなか粘ったけど、まぁこんなものかな」
いい運動をしたとばかりに、軽く伸びをしながらルフィナは回りに視線をやる。
そこにはリュシエルに付き従っていた男達が、呆けたような表情で立ち尽くしていた。
長い間『色欲』の能力で縛られていたためか、主を失っても自我が戻らず呆然としている。
「うーん、どうしましょう……」
ちょっと気の毒ではあるけれど、彼女に出来る気付けの方法なんてビンタを張るくらいしかない。
「そうねぇ……リディさんなら何かいい気付け薬を……っ!」
独り呟いていたルフィナは、突然の異様な気配に天井を見上げた!
この気配の出所……いま彼女がいる場所よりも上階、恐らく玉座辺りからだろうか。
「んもう、アルトちゃんにエルくんてば、おいしい所を持っていくんだから」
冗談めかして言ったものの、その表情は真剣そのものである。
なにはともあれ、愛娘とその小さい恋人を救うべく、ルフィナは駆け出した。
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「ごぼっ……」
血泡の混じった苦鳴の声と共に、『嫉妬』の七輝竜であるアルジュは地面に崩れ落ちた。
(な……なんなんだ、この人間……は……)
薄れ行く意識の中で、自分を倒した人間の番がとった不可解な行動に対する疑問ばかりが浮かび上がる。
そう、確かに彼の『嫉妬』の能力は発動し、人間達に嫉妬の炎を植え付けた。
これにより、人間達は互いへの不満と自分の持たざる物への嫉妬心から罵り合い、同士討ちを始めるはずだったのだ。が、この二人は違った。
あろうことか、こいつらの嫉妬心は、全てアルジュへと向けられたのだ。
曰く、「自分のパートナーを敵の目線で見れるのが新鮮で羨ましい」との事らしい。
(訳が……わかんねぇ……)
いくら考えても、この番の思考が理解できず、やがてアルジュの意識は闇の中に沈んでいった。
「はっ!」
「むっ!」
アルジュの意識が途絶えると同時に、リディとチャルはハッとしたように顔を見合わせた。
気がつけば、彼等が戦っていたはずの七輝竜が地に伏せている。
竜の形態になっているから全力で戦っていたはずなのだが、今一はっきりとした記憶がない。
「どうやら、僕たちはこいつの術にかかっていたみたいだね」
「ええ。でも、そんな状態でも敵を倒すんだから、あなたはさすがだわ」
「何を言うんだ、チャルが側に居てくれたからこその勝利じゃないか」
互いを称え合い、二人はソッと近づく。
「チャル……」
「あなた……」
抱き締め合い、二人はジッと見つめ合う。
本来なら終わってもいない戦いの場で、こんな隙だらけな姿を晒すのは自殺行為だ。だが、いま仮に二人の間に入ろう敵がいたら、次の瞬間には死を覚悟することになっていただろう。
そんな風に、二人だけの世界に入っていたリディとチャルの唇が徐々に近づき……突然、沸き上がった気配に動きが止まった!
ゾクリとした悪寒を感じた二人は、同時に上を仰ぎ見る。
「これは……やばいな」
「ええ……ヤバイわね」
イチャつくのをひとまず中断し、名残惜しそうに離れた二人は確認するように頷きあった。
「エルが心配だ、急ごう!」
リディの言葉にチャルは同意し、二人は通路の奥を目指す。
愛息子とその憧れの姫加勢するため、二人は上へと通じる階段を駆け上がっていった。




