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魔王の娘と勇者の子孫  作者: 善信
9/101

09 エルとアルトの心情


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 な、な、な、な、な、なんだろう、この状況!

 なんで僕はアルトさんと一緒にベッドで寝てるの?

 突然の出来事に思考がまとまらない。

 後頭部に当たる柔らかな膨らみとか、回された細い腕の絹みたいな肌触りとか、包み込むようないい香りとか……。

 頭がクラクラしてきて訳がわからなくなりそうだ。


 これはアレだろうか、親戚のお兄さんが言っていた、「大人の階段」を昇る時が来たんだろうか!?

 そうだ、確か「据え膳食わぬは男の恥だぜ……俺は食う機会すら無かったがな」と、悲しげに語っていた。

 だとすれば、ここは僕が「男」として勇気を出すべきところなんじゃ……


「う、んん……」


 ドクン! と心臓が高鳴る!

 ほんの少しアルトさんの口から漏れた声に、危うくベッドから飛び出す所だった!

 目を覚ましてないよね……と、そっと気配を探ったとき、ふとアルトさんが寝言を漏らす。


「ちちうえ……」


 その一言で、僕の頭は冷水をかけられたみたいに正気に戻る。

 そうだ……アルトさんも僕も、大事な家族を助けるっていう目的があったんだ。

 それに、彼女はひどい人間にかなり怖い目に会わされたみたいだし、勝手の知れない人間界でどれだけ心細かったろう。

 だというのに、僕ときたら寂しさから出たんだと思うアルトさんの行動に浮かれて……。


 なんとも情けなく、申し訳ない気持ちになった僕は、最小限の動きでなんとかアルトさんの顔を覗き込む。


 彼女の目の端に浮いていた涙を静かに拭い、優しく頭を撫でてみた。

 すると、熟睡している猫がくすぐったがるみたいに、モゾモゾと動きながらニコリと微笑みを浮かべる。

 起きてる時の凛とした雰囲気とはうって変わった、その姿がなんとも可愛らしくて、僕は改めてドキドキしてしまった。


 ……うん、アルトさんが心地よく眠れるように、僕はしばらく抱き枕でいいや。

 それにある意味、彼女を独占できる時間でもあるわけだしね。

 そんな風にポジティブに考えながら、僕はアルトさんの寝息に合わせて静かに目を閉じた。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 ──翌朝。

 目が覚めたら、ベッドの中にエルはいなかった。あれ?

 もしや妾に遠慮して、骨夫の方の部屋に行ったのだろうか?

 そう思い、向こうの部屋を覗いてみると、いまだに骨夫が高いびきで寝入っていた。

 起きぬか、こらー!


 上掛けを奪い取ってベッドから転がり落とすと、骨夫は凄く悲しそうな顔つきで起き出してきた。

 とりあえず、エルがこちらに来なかったか聞いてみるが、寝ていて知らないとの事。

 警戒心0か、お前は。


「アレじゃないですか、お嬢に抱き枕にされて嫌気が射したとか……」

 え……?

 で、でもエルは別に嫌がってはいなかったぞ?

「びっくりしてただけかもしれませんし……意外とプライドが高かったりすれば、抱き枕代わりにされて『馬鹿にされてる』と感じてしまったとか……」

 ち、違……妾、そんなつもりじゃ……。


「彼の魔剣はありましたか?」

 ……無かったと思う。

「何かしら置き手紙は?」

 ……やっぱり無かったと思う。

 はぁ……ため息を漏らす骨夫。

 そんな様子を見て妾の不安はますます大きくなっていった。

そんなにエルは、妾に抱き枕代わりにされるのが嫌だったのだろうか……。

 あれ……なんか泣きそう。


 おかしい……確かに逸材だが、エルはまだ会って間もないし、それほど情が移ったりはしていないはずだ。

 なのに、彼が今いなくなって物凄く寂しい妾がいる。

 逃がした魚は大きい的な感情なのだろうか……。

「とにかく、受付に行ってみますか。エルがチェックアウトしていればすぐ解るでしょう」

「うむ……」

 本当にいなくなっていたらどうしようと少し怖かったが、そこは確認しておかねばならない。

 意を決して部屋を出ると……


「あ、アルトさん、骨夫さん。おはようございます」

 朝食らしき料理の乗った盆を持ったエルがそこにいた。


「「エルー!」」

 妾と骨夫の声が重なり、名前を呼ばれた当人がビクリと震える!

「お、お主はいったい、どこに行っていたのだ!」

「え、ええ? 朝食の支度をしてきただけですけど……」

 詰め寄る妾に戸惑いながらエルは答えた。

 朝食って、お主……。

 もう! 一人で行動する時は伝言なり置き手紙なり残していかねばならんだろうが!

 一人でどっか行くとか、子供かっ! 子供だった。


「昨夜、骨夫さんから特産品フェアで朝市をやるって聞いてたんで、食材を買いに行ってたんですよ」

 そういやそんな事言ったな……と後ろで骨夫が呟く。

 こ、こいつは……。


「でも、確かに伝言とか残しとくべきでした。心配させてすいません」

 口では詫びながら、その表情はどこか嬉しそうなエル。

 べ、別に心配とかしてないんだからねっ!

 ちょっと骨夫が脅かすもんだから……そう、全部骨夫が悪い。


 妾と骨夫が言い合っていると、エルが間に入ってそれを止めた。

「とりあえず朝ごはんにしましょう? 冷めちゃってもなんですし」

 む、政論。しかし……。

「先程、朝市とか言ってたが……もしや、お主がこれを作ったのか?」

 妾の問いに、エルは得意げな顔で頷く。

「僕は昔から家事をやっていたんで、料理とかもそれなりにできます。旅の道中は交代で食事を作る事になるでしょうから、僕の味付けとかみてもらっておこうかなって」

 マジか。

 いや、エルが料理できるってとこじゃなくて、妾も料理をしなきゃならないかもというところが。

 恥ずかしながら、そんなのやった事がないぞ……。


「まぁ、その話は後にしていまは食べるとしましょう」

 エルに促されて、部屋に戻ると備え付けのテーブルに器を並べる。

 ふむ……野菜と肉のシチュー的な料理か。

 オーソドックスだが、それ故に下手な味付けはできぬ一品だな。

「お口に合うといいですけど……どうぞ」

 試されるような表情のエルに見つめられつつ、妾達は料理を口に運ぶ……。


 あ、美味しい。

 いや、普通に美味しいぞ、これは!

 パクパクとシチューを食べつつ、焼きたてのパンも途中に挟むとなおグッド!

 軽く酸味の効いたソースがかかったサラダも添えてあり、バランスもいい。

 お互いを引き立てるような足し引きの絶妙さに、妾達は夢中で料理を消費していった。


「エルくん。君、料理番に決定ね」

 口元を拭きながら、骨夫が任命を告げる。

 うむ、妾も異論はない。

 当のエルは少し戸惑っていたが、「アンデッドの私や貴族階級のお嬢に、マシな物が作れると思うなよ!」という脅しとも、敗北宣言とも取れる一言で納得してもらえた。


 いやー……しかし、本当にエルは大当たりの人材だな。

 強いし、料理はできるし、素直だし。

 何より、ちょっとウブで可愛いのがいい。

 父上が復活なされたら、妾の側仕えとして置いてもいいな、うん。


「エルよ、いずれ妾の元に永久的に就職せぬか?」

 そんな何気ない一言に、エルと骨夫がブッと吹き出す。

 なんだ? 唐突な申し出に感激でもしたか?

「お、お嬢……意味が解って言ってるんですか?」

 うん? 単にこれから先も妾に仕えないかと誘っただけだが……。

 キョトンとする妾に、骨夫がその意味を耳打ちする。


………………違うからっ!!

「そ、そ、そういう意味ではないぞっ!」

 予想外なその意味(・・)に、バシバシとテーブルを叩きながら、一生懸命に否定する!

 んもー! なんで人間は『永久就職』なんて言葉にそんな意味をもたせるのかなぁ!

 大体、エルにはそういう話は早いでしょっ!

 テンパる頭で、とにかく否定の言葉を繰り返す。

 だが……頭の片隅、そこにほんの少しだけそれもいいかもしれないと思う自分がいたのを感じる……。


 しかし、そんな小さな想いから無理矢理に目をそらして、妾は強引に今後の話し合いへとシフトを変える事で、この話を打ち切ったのであった……。

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