88 彼女達の優先順位
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竜王の二男を筆頭として様々な魔族で形成した連合軍が七輝竜に破れ、各魔王が数が多けゃいいって訳じゃない事を悟っただろうから、少数精鋭で対抗した方がいいよと説得し(肉体言語含む)、今に至る。
以上。
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「雑っ!」
あまりにザックリした語りに、獣王殿は抗議の声を上げる!
「おまっ……自分達の事は懇切丁寧に語っておいて、俺たち魔王についてそんな雑な説明ってどういう事だ!? 自分達の家族にしか興味無いのかよっ!」
確かに、獣王殿が声を荒げるのも無理はない。
しかし、申し訳無いことに母上も、そしてエルの両親も自分達の家族にしか興味ないと断言できる。
妾とエルが獣王殿に向ける表情でそれを悟ったようで、彼は天を仰いでため息を吐いた。
「あー……もういいや。俺達に興味がないってことは、この戦が終わってから有利になるかもしれないからな……」
呆れたように呟く獣王殿を尻目に、母上達は目を輝かせて妾達の旅の道程について尋ねてくる。
「俺、今かなり意味深なこと言ってるのに……」
悲しげな獣王殿の呟きは、誰にも届いていないようだった。
「よく見れば女の子ばかりなパーティよね。うちの子がモテるのは嬉しいけど、爛れた関係だったらちょっと教育的指導するわよ」
にこやかながらも言葉の裏に刃を感じさせるチャル殿の一言に、皆がピンと背筋を伸ばす!
特にその力を知る、妾とエルと骨夫は汗がにじむほど緊張してしまっていた。
だ、大丈夫……妾とエルは清いお付き合いだったから……。
「────と、まぁそんな感じでここまで来たんだ」
エルから今までの旅の話を聞いて、親達は感心したような声を漏らしていた。
「はぁ……結構な冒険をしていたのね。道理で見違えた訳だわ」
「ああ、竜族の最高峰である七輝竜を倒すまでになっていたとは……」
それに……とリディ殿はチラリと視線をリーシャ達に向ける。
「しかし、昔からエルを可愛がってくれていたとはいえ、まさかリーシャ様まで一緒に旅をしているとは思いませんでしたよ」
「あ、私はあの魔剣が、こんな可愛らしいお嬢さんになってる方が驚いたわ」
二人に注目され、リーシャもハミィも照れたようにはにかんだ。
でも、知り合いだったリーシャはともかく、魔剣が竜族の体を得てギャルになったのを驚いたの一言で済ませるのは、あっさりしすぎだと思う。
「でも一番驚いたのは、私達のデートを邪魔した黒幕がうちの子とデキていたって事かしら?」
うっ! そ、その節は……。
確かに誤解と暴走はあった。寝起きだったからと言い訳もできまい……。
「た、大変申し訳ない……」
素直に妾が頭を下げると、母上がちょっと意外そうな顔をした。
「アルトちゃんがこんなに素直にごめんなさい出来るなんて……やっぱり彼氏が出来ると変わるものね」
は、母上、そういう言い方は……。
ちょっと照れながら、妾とエルは顔を見合わせた。
「しかし、本当に大丈夫なんですか、リーシャ様。貴女がこんな最前線に来ていて……領主様が心配しますよ?」
リディ殿から言われ、一瞬リーシャの表情に笑みが浮かぶ。
ん? あれは何か思い付いた時の表情みたいな……。
そんな事を考えていると、頬を赤らめたリーシャがリディ殿達に笑いかけた。
「いやですわ、リディ様……いえ、義父さまに義母さま! どうぞ私の事は呼び捨てにしてください」
頬を赤らめながら言うリーシャの言葉に、皆がギョッとした表情になる。
え? 突然何を!?
妾達が動揺していると、リーシャはスッとエルの隣に立って腕を絡めた。
「昔からの約束通り、私はエルの妻になる予定ですもの。娘と思って接してくださいな」
な、なにぃ!
驚愕する妾に、チラリと彼女は顔を向ける。
その表情は、「ごめんなさい、アルト様の事はもちろん好きですが、やはりエルの一番側にいたいんです」と語っていた。
まさかの下克上!
しかも、ここで幼馴染み属性の有利を活かして来るのかっ!
妾一強な状況をひっくり返し、ヒロインレースを制すべく、このタイミングで外堀を埋めようとするリーシャの策士っぷりに驚いていると、さらに脇から斬り込んで来る者がいた!
「あ、あーしも主様に生涯仕えて尽くしたい所存です! お……お孫さんの顔も見せられると思いまふ……」
おいぃ!? なんでお主までぶっ込んで来るのか!
しかも子作り宣言とか、踏み込みがハンパじゃないぞ!?
するとハミィもリーシャの反対側に陣取って、エルにおずおずと抱きついた。
顔を真っ赤にしながらエルにしがみつく様は、ウブな姿でありながらもどこか懸命で可愛らしい。
おのれ、ハミィ!
「アルトちゃん、ちょっと負けそうよ! 頑張って!」
言われずともわかっております、母上!
妾も負けていられん! ここは……。
「っていうか、お前らいい加減にしとけぇ!」
突然、横から獣王殿のツッコミが入る。
「なんで、世界を滅ぼすかもしれないヤバい奴の封印が解かれてんのに、色恋沙汰で揉めてんだよ!」
あまりにまともな彼の言い分に、さすがの妾達もハッと我に返った。
「そうです!獣王様のおっしゃる通り、今はこの森……いいえ、世界を救わねば!」
珍しくカートが真面目な顔で、獣王の言葉に乗ってきた。
確かに森を拠点にするアマゾネス・エルフにしてみれば、今の現状は重要問題であるな。
「……そうだな。すまん、カート」
「いいえ、わかっていただければ。そのかわり、世界が救われた際には、是非とも勇者の血筋の子種を……」
そう言いかけて、エルやリディ殿に色目を使おうとした瞬間、妾とチャル殿の眼光がカートを射ぬいた!
「どぅふっ!」
途端に、その場で立ったままカートは白目を剥き、口の端しから泡を吹いて気を失う。
雉も鳴かずば射たれまいに……アホウめ。
そんなカートの様を見ていた獣王殿は「ツッコミ役、俺しかいねえのかよ……」と頭を抱えていた。
「そうですわね……色恋は事がすんでからにしましょう」
ある意味、事の発端であったリーシャがそう締めくくる。
ようやく仕事モードになった彼女は、口元に手を当てて思案に入った。とはいえ、今の妾達にできそうな事は限られているがな……。
「……やはり今は、アルト様のお父様を復活させ、竜族を大人しくさせて神話の魔物に備えるべきですね」
やはりそうか。妾の考えと一致した彼女の言葉に、皆が頷く。
「そこで、私は一旦別行動を取ろうと思います。その際、骨夫様とカートさんを付けて欲しいのですが」
「な……どういう事か?」
意外な彼女の言葉に妾が問い返すと、リーシャはその意図を説明し始めた。
「転移魔法が使えるお二方に力を借りて、私は人間界に参ります」
魔界の事だけなら、魔王クラスが集まった今の妾達だけでも問題なく纏められるだろう。
しかし、世界を滅ぼすかもしれない魔物を相手にするなら、人間界からの協力は不可欠だとリーシャは語る。
「魔界だけでは兵站の確保や運搬も大変です。ですからそれらを人間界に任せてもらえれば、皆様は戦いに集中していただけますわ」
なるほど、作業分担のために手を回しに行くということか。
それに転移魔法があれば、それらはスムーズに必要な場所に送る事ができる。
「もちろん、骨夫様とカートさんだけでは人手が足りなくなることは目に見えておりますので、一旦アマゾネス・エルフの村に向かって、素質のある方々に手解きしていただきます」
そういえば、カートもすんなり転移魔法を習得していたな。
肉体派寄りとはいえ、そこはエルフだけに魔法にも長けているのだろうから、短期間での一大輸送部隊の育成も不可能ではないか。
物資に限らず、場合によっては人材派遣まで視野に入れたリーシャの提案を受け入れぬ要素はない。
よし! お主にそちらは任せよう!
「ではお嬢、奥方様。しばし離脱させていただきます。どうかご無事で」
珍しく真面目な雰囲気を纏いつつ、骨夫はいまだ失神しているカートを小脇に抱えて転移口を展開した。
うむ、しっかりとやってこい。
行って参りますと一礼し、エルに投げキッスをしながら、リーシャも転移口を潜る。
「あ、ところで転移魔法を教える娘って可愛いを基準にしても……」
転移口が閉じる瞬間、骨夫の声が漏れ伝わってきて、思わずため息が出た。
ほんとに、一瞬しか真面目でいられぬ奴だな。
「さて、それじゃあ私達も動くとしますか」
チャル殿の一言に、皆が同意する。
目指すは『鋼の魔王』の居城。
そこで父上の封印を解き、そして竜族との決戦だ!
ようやく悲願が達成されると意気込み、一歩目を踏み出した所で、ふと気がつく。
「帰りの移動の足、どうしよう……」
考えてみれば、ここに来るまでは骨夫の転移魔法があったから一瞬だった。
しかし、本来ならアマゾネス・エルフの村からでも、片道一週間の道のりなのだ。
そんなに時間をかけている余裕はないというのに……。
せめてリーシャ達と一緒にアマゾネス・エルフの村まで行くべきだったと、妾は途方に暮れてしまうのだった……。




