87 舞台裏では・3
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長老達が、僕ら一家を呼んだのは魔界制圧の先鋒にするつもりだったと聞いて、怒るどころか呆れてしまった。
「寂しかった」「子供達にいい格好したかった」というのが主な理由らしいけど、そんなくだらない事で一族を危険に晒すとか何を考えているんだ……。
まぁ、寂しいからと暴走する気持ちは、解らなくもないけど。
ただ、魔界と交易できずにぐぬぬ……となっている領主達と結託し、王族も巻き込もうとしていたと言うのだから、それは洒落にならないだろう。
本来なら僕もキツく叱る所だけれど、すでにエルに怒られ、姉に怒られ、いまもチャルから折檻を受けている所だから僕からは言葉だけにしておこう。
さて、村に来た本来の目的である魔王の封印の解き方を調べねばならない。
その手の資料は、長老達がたむろっている秘密の隠し部屋にあるだろうから、僕達はそこへ向かった。
隠し部屋の扉を開け、僕達が入室したその時!
突然、部屋に光が満ちたかと思うと、半透明な青年が目の前に姿を現した。
『ようこそ、私の子孫達……私はかつて勇者と呼ばれ、魔界で『鋼の魔王』を封印した者だ』
穏やかな口調で語りかける彼が……初代の勇者であり、僕達の御先祖様!
「あ、あの……」
『あれからどれくらいの時が経ったのかはわからない。ただ、これを見ている君達の時代に私は生きてはいないだろう……』
初代様は、僕らの問いかけを無視して語る。そうか、これはただの記録映像か……。
そして初代様から語られたのは……魔王との戦い、和解、酌み交わす酒、酔った末の愚痴、嫁へのノロケ、「俺、封印とかされたら、嫁が塚守りとかしてくれるかな……」といった思い付き、ノリで行われる封印、そして伝説へ………。
って、ちょっと待った!
友達じゃないか! しかも悪ノリで痛い目見るタイプの!
『つい、ノリでやった……反省はしている』
一応、自覚はあったのか、申し訳なさそうな口調ではあったけど、それとは裏腹に初代様の映像はペロリと舌を出す。
あ、これは反省してないタイプだ……。
ふとルフィナさんを見れば、彼女は顔を伏せて肩を震わせていた。
それはそうだよね。苦労して旦那さんを復活させようとしてるのに、こんなアホなノリで封印されてると知ってしまったんだから……。
「んも~、あの人ったらお茶目なんだからぁ~」
顔を上げた彼女の表情は、ちょっと微笑んでいた。
あ、怒ってた訳じゃないんだ……むしろ知らない一面に喜んでるっぽい?
どうもこの人は無自覚にノロケたりするから、こういう時に驚かされる。僕とチャルも大概だと言われるけど、魔王夫婦には負けると思うな。
そんな僕の内心を知るよしもない、初代様の映像は勝手に語っていく。
『早々に封印は解くはずだったのだが、その鍵となる彼の娘が仮死の眠りについてしまい、効力が弱まるまでどうしようもなくなってしまった……予定が狂ってしまい、これも無駄になってしまうだろう』
そう言って、初代様は背後から取り出したボードのような物を投げ捨てた。
なんだか、「ドッキリ大成功!」と書いてあった気がしたけど、たぶん僕の見間違いだろう。そうであってほしい。
『長い月日が経てば、魔界と人間界の関係もどうなっているかわからない。だからこそ、私の系譜と魔王クラスの力を持つ者がこの部屋に入った時にだけ、この伝言が発動するように仕掛けをしておいた』
一転してキリッとした表情になった初代様は、僕達の方を見据える。
『子孫達よ、そして魔王クラスの力を持つ者よ。願わくば我が強敵の封印を解いてくれ』
頼むと頭を下げ、初代様の映像は封印を解くその方法を語った。
全てを伝え、初代様の姿は………………あれ?
初代様の映像が消えない。こういうのって、言うだけ言ったら消えるもんじゃないの?
『あー、もう一つ。たぶん大丈夫だとは思うんだけど……』
老婆心ながらと語られたその内容。それは神話の時代に大地に封じられた魔物の話。
『神は人と魔族を作り、そして神と敵対するその魔物は、竜の祖であった……』
お伽噺のように彼の口から紡がれるその話を、僕は初めて聞いた。
だけど、それを語る初代様も「ヤバい」「マジヤバい」としか表現してないから、その魔物を詳しく知ってる訳ではないのだろう。
ただ、人間界と魔界との間に横たわる『緑の帯』の最深部に、それは確実にいるのだそうだ。
『かの魔物が放たれれば、世界は終わる……。人間界の守護者たる勇者、魔界の統治者たる魔王よ。もしもの時は力を合わせ……世界を守ってくれ』
今度こそ伝えるべき事を伝え終え、初代様の姿は消え……なかった。
まだ何かあるんですか!?
しかし、何も語らず初代様の映像はそこに佇んでいる。
ええ……ひょっとしてずっとこのままなの?
無言で突っ立ったまま、こちらを目で追ってくる初代様の映像はちょっとだけ怖かった……。
結局、初代様の映像はそのままだった。いつ消えるかわからないから、勝手に消えるまで放置という事で話は収まる。
まぁ、どうせ長老達しか使わない部屋だし、また馬鹿な事を考えないように見張りとしてちょうどいいとは姉の談。
意外な話を聞くことにはなったけれど、当初の目的通り封印の解き方を知った僕らは再び魔界へと向かう事になる。
なぜなら、魔王の封印を解くためには、もっとも若い「魔王の血縁」と「勇者の系譜」の力……つまりエルとアルト嬢の力が必要だったからだ。
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「僕達の……力が?」
意外な所に着陸して話に、僕とアルトさんは顔を見合わせる。
初代勇者のちょっとアレな感じにも驚いたけど、僕達が魔王の封印を解く鍵だというのにも驚いた。
「ああ。二人である儀式をしてやれば、『鋼の魔王』の封印は解ける!」
父さんは自信を持って頷いた。
でも、ある儀式……それは一体、どんなものなんだろう。もしも全力で戦えなんて事だったら……。
「それは……どのような儀式なのだろう?」
僕と同じ思いが浮かんだのか、少し緊張した面持ちでアルトさんが問いかけた。
その質問に、父さんは少し笑って親指をビッと立てる。
「キスだ! 君たちがキスをして、混じりあった唾液が封印を解く鍵になる!」
ちょっと何言ってんの、父さん!?
そんな、人前でなんて出来る訳ないじゃないかっ!
そりゃ、ジルチェから解放された時にアルトさんと……その……したけど……あ、あれは人工呼吸みたいな物だったし、僕も変なテンションだったから……。
そ、それにアルトさんだって、人前でそんなはしたない真似は嫌ですよねっ!?
そうアルトさんの方に振り替えって見れば、なぜか彼女は目をギラギラさせて、フンス、フンスと鼻息を荒くしていた。
「ふ、ふふふふ……仕方がない、これは仕方がないなエル。さあ、妾の元に来るがよい」
急いで、急いでと呟きながら、肉食獣の捕食を思わせる体勢で、アルトさんは近付いてくる。
い、いや……こんな所で恥ずかしい……。
もっと人気の無い所でなら……そう言うより速く、アルトさんが飛びかかって来た!
「ガッついちゃダメよぉ、アルトちゃん」
しかし、間一髪の所でアルトさんの首根っこを捕らえて制したのは、彼女の母親てあるルフィナさん!
ぐえーっ! と、絞められた鳥みたいな声で、アルトさんが引っ張られる。
「淑女たるもの、はしたないのはいけないわぁ」
「も、申し訳ありません、母上……。つい、我を忘れました……」
冷静になった彼女はパッパッと埃を払い、今度は落ち着いた様子で僕の前までやって来た。
「取り乱してすまなかったな、エル。だが……妾はいつでもウェルカムだぞ!」
あまりに男前な彼女の言葉に、僕は頬が熱くなるのを感じながらコクりと頷くのだった。
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はぁ、いかんいかん。
危うく醜態を晒すところであった。もしかしたら、もう十分に晒したかもしれないが……。
堂々とまたエルとキス出来ると考えたら、つい興奮しすぎてしまった……まぁ仕方がないだろう。
しかし、妾とエルが男女だったから良かったような物の、もしも同姓だったらどうするつもりだったのか。
「それはそれで面白いよねって、初代様が……」
アホなノリの若者ムーヴ過ぎて、頭が痛くなる。
何を考えているんだ、初代勇者! 答えたリディ殿も申し訳なさそうではないか!
だが、これでようやく父上復活の目処が立った。
竜族はいまだに勢力を誇り、謎の怪物の封印も破られてはいたが、母上やエルの両親までいるこのメンバーならどんな相手も恐るるにたらず!
いや、むしろオーバーキルになるのを心配せねばなるまい。
「時は来た!」「やってやるって!」などの声も聞かれ、皆の戦意は高い。
よーし、これから一気に城に戻って……。
「…………おい」
ん?
唐突に横から声をかけられ、皆がそちらを振り返る。
するとブレイブ・グリーンこと『暁の獣王』が呆れた表情で妾達を眺めていた。
「盛り上がっているところ悪いが、俺たちの事もちゃんと説明してくれよ」
ああ……そういえば獣王殿と巨人王殿は蚊帳の外だった。そりゃ、不機嫌にもなるだろう。
だが彼の言う事も、もっともだ。
母上は別として、何ゆえ竜王を除く魔王達が勇者の子孫と行動を共にしているのか……このただ事ではない状況は、しっかりと説明してもらわねばなるまい。




