86 舞台裏では・2
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私と互角の実力者であるチャルさんと和解した結果、夫を封印した勇者の子孫に夫の封印を解いてもらう手伝いをしていただくという、なんだか妙な事になりました。
一応、条件として「魔王の支配圏を広めないこと」との約束はしましたけれど、あの人が魔界統一を目論んだのは私がどこにいてもわかるように……というのが目的だったので、復活したらしばらく一緒にいてあげれば大丈夫でしょう。
はぁ……それにしても、チャルさんとその旦那さんであるリディさんの無自覚なイチャイチャっぷりを見せつけられて、羨ましくなってしまいます。
早くあの人を復活させて、娘に弟か妹でも作ってあげたいものだわぁ……。
ですが、困った事にチャルさん達も封印の解き方を知らないと言うのです。
私の娘、アルトちゃんはなぜか彼女達を生け贄にすれば勝手に封印が解けると思ってたみたいたけど……ちょっと早とちりなのがあの子の欠点ね。
さて、そうなると他に封印の解き方を知っていそうな人といえば……そう、『焔の竜王』!
竜族は魔法に長けた人が多いし、『焔の竜王』をやっているあの古竜ならば、何かヒントくらいは知ってるかもしれません。
そうと決まれば、善は急げ。
私達三人は、意気揚々と竜族の領地に向かって旅立つことにしました。
「──なんだ……これは」
リディさんが呆然として呟きます。そして、それはチャルさんも私も一緒でした。
私達が、竜族の領地に着いてから最初に見たもの……それは、竜族の奴隷として町で働かされる人間や魔族の姿でした。
元々、その生まれつきの強さから竜族は驕る性格が多いのですが、どうやらあの人が封印されてから調子に乗り続けているみたいですね……。
一筋縄ではいかないと感じた私達は、一計を案じました。
私とチャルさんが『焔の竜王』の元へ行き、その隙にリディさんが奴隷となっている人達を救出すると言うものです。
こんなに驕っている竜王が、仮に知っていたとしても封印の解き方を素直に教えるとは思えません。
ですから、少しばかり上には上がいることを教え、ついでに奴隷を解放して国力も下げてやりましょう。
別に私の夫がいない間に、偉そうに魔界の覇者を気取っているのが気に入らない訳じゃないですよ、ええ。
とりあえず、私とチャルさんは真正面から『焔の竜王』の元へ向かいます。
当然、止めようとする兵士はいましたけど、全員軽く小突いて体を一回転させたらおとなしくなってくれました。
やがて城の最上部、玉座の間の大きな扉を蹴破って、私達は竜王と対峙します。
『……なんだ、貴様らは?』
玉座に鎮座する、威厳に満ちた壮年の男……彼こそが人化の魔法で人の姿をとっている『焔の竜王』。
不躾な登場をした私達を、彼は睨み付けてきました。
「久しぶりですねぇ、竜王殿。私を覚えていますか?」
問いかけられた竜王は、少し目を細めて私をまじまじと見てきます。
『……これは驚いた。『鋼の魔王』の奥方か』
さすがに私の素性の全てを知らないようで、彼は魔王の嫁と認識していたみたいですね。
説明するのも面倒なので、そのまま話を続けました。
「いくつか竜王殿には聞きたい事があるのですがぁ……その前に、この現状はなんですぅ?」
私は他の魔族や人間が、かの領内で奴隷にされていることを咎めました。
しかし、彼は私の言葉に噴き出すと、そのまま大笑いを始めます。
『フハハハ! 『鋼の魔王』亡き後、魔界の覇者たる我が竜族が、他のザコどもを使ってやるのは必然ではないか!』
悪びれもせずに笑いながら、彼はゆっくりと玉座のから立ち上がります。
『鋼のがのんきに寝てる間に、巨人王にも獣王にも致命傷をくれてやった。奴等は代替わりをしたらしいが、若い魔王なぞいずれぶち殺してくれる』
魔法を解き、人の姿から竜の姿へと変貌を遂げて竜王は嗤いました。
『貴様らも、今夜のメインディッシュにしてやろう!』
凶暴で凶悪な雄叫びを響かせ、竜王は私達へと襲いかかってきた!
─────────。
『……はい、スンマセンした』
数分後、私達の目の前にはボコボコに顔を腫らした竜王が、器用に正座しながら謝罪の言葉を口にしていました。
いかに強い竜族といっても、魔王と勇者の力を見抜けないなんてダメですね。
「それじゃあ、『鋼の魔王』の封印を解く方法なんかは知らないのね?」
『はい……お役に立てずサーセン』
すっかり素直になった竜王は、チャルさんの問いに頭を下げる。
「そっか……どうしましょうか、ルフィナ」
「そうですねぇ……」
最古の竜王ですら知らないのであれば、この魔界にはそれを知る人はいないかも知りません。
しかし、私には魔法の知識はあまりなく、それはチャルさんも同じようでした。
私達が頭を抱えていると、奴隷達を逃がしてきたリディさんも合流してきました。しかし、彼の後ろには、数十人の人間達がついてきています。
「魔族の人達は回復用の魔法薬をあげたら元気になって、すごい勢いで各地に散っていったんだけど、彼らはそういう訳にもいかなくてね……」
確かに、魔界でただの人間が解放されても生き残るにはハードモードすぎます。
新たな問題の発生に、私達は再び頭を抱えることとなりました。
ああ……ここに骨夫くんがいれば、転移魔法でパッパッと運べたのに……。
「ところで、何をそんなに悩んでいるんだい?」
不思議そうに首を傾げるリディさんに、チャルさんが事情を説明しました。
「なるほどね……それじゃあ、行くしかないか」
え?……行くって、どこかに何かアテはあるんですか?
期待に目を輝かせる私とは対称的に、リディさんはため息を吐いて少し嫌そうな雰囲気です。
「いったい、どちらに行こうというんですかぁ?」
「……僕らの生まれ故郷、つまりは勇者の子孫達が暮らす村さ」
そんな村があったなんて!
驚く私を尻目に、チャルさんも小さくため息を吐いていました。
そんなわけで、私達は解放した奴隷達を送り届けるため、そして勇者の子孫が暮らす村へ向かうために人間界へとむかうのでした。
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なんという事だ……てっきり『焔の竜王』を倒したのは勇者の子孫達だと思っていたけど、そこに母上まで噛んでいたとは。
というか、そこまで圧倒的な強さの母上に目眩がしてくる。
でも、弟か妹を作りたいとこ生々しすぎるので言わないでほしかったです……。
それにしても勇者の子孫の村? そんな物があったなら、わざわざあの二人に絡んでひどい目に会わなくてすんだかもしれなかった……あ、でもその場合エルと会えなくなるか。
うん、やはり妾とエルの出会いは運命だったのだな。
しかし、母上達が暴れていた時に『焔の竜王』の息子達や、七輝竜達はなぜ出て来なかったのだろう……?
そんな疑問を持った妾に、こっそりとリーシャが答えてくれた。
「恐らくですが……クーデターの準備をしていたのではないかと」
母上達がボコっただけの竜王が、殺された事になったのがその証拠だと彼女は予想する。
つまり、竜王が殺された事にしておけば後釜に座りやすく、敵討ちという形で軍の権限を握れるということか……ふん、なかなかの悪党よな。
「案外、主様のご両親やアルト殿の母上にビビっていただけだったりして……」
冗談めかしてハミィが呟く。
いやぁ、いくらなんでそれはないだろう……ないよね?
なんとなく、そんな可能性もあったかも……などというモヤモヤを抱えつつ、人間界に向かうことにした母上達の話に再び耳を傾けた。
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人間界に向かうと決めたものの、その歩みはゆっくりとしたものだった。
無理もないわよね、たくさんの護衛対象がいたし。
時々来る竜族の追っ手や、魔界に生息する野生の魔獣なんかを倒しながら、私達は『緑の帯』に隣接する獣人達の領土を目指していた。
「もうすぐ竜族の領地を抜ける。獣王の支配圏には、人間界と交易している街があるはずだから、そこまで彼らを送ったら後は大丈夫だろう」
リディの言葉に、疲れていた元奴隷の人達に笑顔が灯る。
そんな人達の姿にもう一頑張りと気合いを入れていたその時、私とリディの頭に奇妙な音が響いた!
これは……勇者一族にのみ伝わる、呼び出しの合図!?
そして私達の頭にとある声が届いた。
それは、二日後に一族で会合を開くというもの。しかし、何より気になったのは、
『なお、メルゼルン地方に住むアルリディオとチャルフィオナ夫妻、ならびにその息子エルトニクスは必ず参加するように』
と、私達を名指しした一言だった。
……いや、元から村には行くつもりだったのどけれど、このタイミングで名指しされると嫌な予感しかしない。
また、長老部の連中がろくでも無いことを企んでいるのではないだろうか。
そもそも、そんな長老達に嫌気が指していたから私とリディは結婚を機に村を出たのだ。その後はエルが生まれてから数回しか村には行っていないので、彼らが何かを画策していても知りるよしもない。
まぁ、リディの姉であるルディがいるから、早々バカな真似はさせないと思うのだけど。
「どうかしましたかぁ?」
脳内通信を受けてぼんやりしていた私達に、ルフィナが声を掛けてくる。
ううん、なんでもないわよ。ちょっとうるさい虫の音が聞こえただけ。
小首を傾げるルフィナを横に、私とリディはひそかに言葉を交わす。
そして出た結論。
「護衛対象もいるし、村に顔を出すのはちょっと間を置こう」
嫌な予感は彼も感じていたらしくて、呼び出しに馬鹿正直に答えたら絶対に面倒な事になるということで意見は一致した。
そんな訳で奴隷の人達を安全な場所に送り、私達が勇者一族の村ブレフにたどり着いたのは、それから十日以上が経ってからだった。
「あれ、なにやってんのアンタ達! ちょっと前までエルが来てたのに!?」
私達を出迎えてくれた、義姉のルディが開口一番でそんな事を言う。
そっか……名指しされて、エルはすぐに来ちゃったのね。
真面目な子なんだから……。
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確かに脳内通信を受けてすぐに、アルトさんに修行のためという名目で僕は急ぎブレフの村に向かった。
母さん達の読み通り、ややこしい事を長老達は計画していたけど、早めに計画を潰せたから結果的には良かったよ。
でも、七輝竜イーシスとの戦いを経て、アルトさんの元に急いで向かったあの後に父さん達が村に来ていたなんて、考えもしなかった。
そのついでに伯母さ……ルディさんから長老達の話を聞いた母さん達は、ちょっぴり痛い目をみてもらったと言っていた。
自業自得とはいえ、どのくらいの『ちょっぴり』だったのだろう……つい、おじいちゃん達へは手を合わせてしまう。
いや、生きてるよっ! といった声がどこから聞こえた気がした……。




