85 舞台裏では・1
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その日、僕……アルリディオは唐突にアンデッドタイプの魔物に捕まった。
転移魔法を使い、僕を魔界まで拐ったそのアンデッドは、一人の女性の前に僕を差し出す。
彼女はどうやら、ご先祖様に封じられた魔王の身内らしくて、僕を生け贄にしてその魔王を復活させるような事を言っていた。
そんな彼女を、拐われた僕を追ってきた愛妻のチャルフィオナが蹴散らし、城から追い出してしまう。
本来ならすぐに人間界に帰る所なのだけれど、なんでも僕達の息子エルトニクスに、僕らを見つけ出す事を一族に伝わる儀式、「成人の儀」の課題として課してきたそうだ。
そういう事なら、しばらく魔界にとどまるしかあるまい。
幸い、魔界にのみ生息する植物などで作れる魔法薬や新薬の研究なんかもしてみたかったし、この際だからたっぷりと在庫を作り、研究をしておこう。
そんな訳で僕ら夫婦は、つかの間の魔界探索にしゃれこむ事にしたのだ。
翌日、さっそくこの城周辺の森で採取した材料などを持って帰還すると、昨日とは別の女性が僕らを待ち構えていた。
彼女は名乗りはしなかったが、この城の主の妻……ようは王妃だと名乗る。
「おそらく、私に似た娘がいたはずなんですけどぉ……」
どこかおっとりとした雰囲気ながらも、内から迸る魔力の強さはそこいらの魔族とは桁違いだ。
「ええ、居ましたよ……追い出しましたけど」
仮にも敵地といえる魔界で、僕の嫁は平然と言うそんなことを言う。素敵だ。
「あらぁ……?」
悪びれもせずに答えるチャルの態度に、ザワリと不穏な空気が満ちる。
「ひょっとして、私の娘をいじめちゃったりしましたぁ?」
「人聞きの悪い……人が旦那とデートしてる最中に拐かすようなはしたない娘に、ちょっとお仕置きしてあげただけよ」
ビリビリと肌に突き刺すような殺気をまといながら、どんどん二人の間に緊張感が増していく。
まさに一触即発。
「ではぁ、娘を躾てくれたお礼に、貴女も躾てあげましょう」
「……返り討ちよ」
その言葉を合図に、二人の殴り合いが始まった!
ドゴン! ドゴン! と爆撃のような音と衝撃を撒き散らし、二人の女の殴り合いは続く。
互いに分厚い魔力障壁を形成しては、次の瞬間にそれを叩き壊す!
そうやって少しずつ相手の肉体にダメージを刻んでいくという、えらく派手で地味な戦いを繰り広げていた。
だけど正直、チャルを相手にこの魔族の女性がここまで対抗できるとは思わなかった。
なぜなら彼女は、歴代の一族の中でも最強と言われるほどの戦士なのだから。
いつもなら僕が助けに入る所なんだけど、チャルがそれを拒否しているのが解る。
初めて自分と真正面から拮抗する相手を前に、このガチな勝負を楽しんでいるんだろう。そんな彼女は美しい……。
そして、それは相手方も同じようだった。
獰猛な笑顔は、全力を出せる喜びに満ちている。
こんな楽しそうな二人は止められない……そう判断し、僕は終わってからの治療準備に取りかかることにする事にした。
そうして一昼夜殴り合いを続けた彼女達が力尽きたのは、翌日の朝日が昇る頃。
満足げな表情で沈む二人に、僕は魔法薬で治療を施す。
随分とにこやかな気絶姿を見せる嫁さんを支えながら、僕は彼女の頭を撫でた。
お疲れさま、チャル。
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「ちょ、ちょっと待った! なぜ、そこでチャルフィ……チャル殿と母上が殴り会うのですかっ!」
妾の知る限り、母上は魔王の王妃として優雅に洗練された淑女だったはず!
実際にその破壊力を見たチャルフィオナはともかく、イメージと違いすぎる母上の話に何かの間違いではないかと口を挟んでしまう。
そんな妾に、母上はにっこりと微笑みかける。
「覚えておきなさい、アルトちゃん。時として拳で語り合うのも淑女の嗜みよぉ」
そんな嗜み知らない!!
愕然とする妾をよそに、再び親達の暗躍は語られ始めた……。
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拐われた旦那を救いだし、息子の合流を待っていた私達は、謎の魔族に喧嘩を売られ、引き分けに終わった。
正直な所、これだけ正面から精根果てるまで殴り合えた彼女には肉体言語を通して友情のような気持ちすら覚えている。
どうやらそれは相手も同じだったみたいで、目が覚めてから私達が最初にしたのは固い握手だった。
彼女の名は、カタストルフィナ。
領地を持たない魔王として、魔界では都市伝説扱いの存在らしい。
本来なら、「魔王」の肩書きを持つ者は自身の名を他人に教えたりはしないらしいのだが、あえてそれを私達に教えてくれたのは、彼女なりの親愛の証なのだろう。
カタストルフィナ……ルフィナは私達に、ここに現れた理由を語り始めた。
曰く、彼女の夫である『鋼の魔王』の封印を解くこと。そして、父の封印と共に眠りに着いた娘の目覚めを感知して訪ねてきたとの事だった。
ちなみに、ルフィナも別の場所で仮死の眠りについていたらしい。
親子全員が一ヶ所に集まって寝てるのは、何かあった時にまずいからとの観点からだそうだけど、やっぱり寂しかったようね。
わかるわ!
私だって、リディやエルとそんなに長い間離れていたら……っと、話が逸れたわね、ごめんなさい。
さて、ともかく先走った娘さんが、父の封印を解くのに勇者の子孫である私達にちょっかいを出していたのは、彼女にとっても計算外だったらしい。
迷惑はかけたけれど、できればこのまま『鋼の魔王』を復活させるのに力を貸してもらえないかと、ルフィナは頭を下げる。
どうしよう……勇者の子孫としては断るべきだろうけど、拳で語り合った強敵としては協力してあげたい……。
「『鋼の魔王』が復活してもいたずらに支配圏を広げようとしないと約束してくれるなら、協力してもいいんじゃないか?」
使命と友情の間で揺れる私に、旦那が助け船を出してくれる。
さすがの懐の深さだわ……好き。
こうして、私達は『鋼の魔王』の封印を解く事に決めた。が、問題が一つ。
それは……私達、誰も封印の解き方を知らなかったのだ……。
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「えええっ!」
一際大きな声を上げたのは骨夫さんだった。
「ちょ、ちょっと待ってくださいよ! 勇者の子孫を生け贄にすれば封印が解けるんじゃないんですか!?」
「いえ、全然違うけど……」
「そ、それじゃあ、自信満々で勇者の子孫を拐うよう指示した、お嬢がまるでバカみたいじゃないですか!!」
骨夫さんの容赦ない言葉が、アルトさんに突き刺さっている。
その後も「バカだ、これ!」を連呼する彼に対して反撃する余裕もなく、アルトさんはヘコんでいった。
いつもならはしゃぐ骨夫さんを黙らせる所なのだけれど、苦労して拐わせておいて、全くの無駄だった……というのでは、さすがに強権は振るえないようだ。
確かに、一連の流れはひどい。
でも……いつもは完璧な彼女が、こんなドジをやらかすなんて、少し可愛いと思う。好きだ。
なおも盛り上がって行こうとする骨夫さんに、ルフィナさんが「その辺にしておきなさい」と一撃を入れて止めることで、ようやく話が本題に戻る。
ちなみに骨夫さんは、その一撃で頭部以外は粉々になりました。
しばらくは動けないだろうなぁ。
さて、封印を解こうにもどうしていいのか解らない。
ひとまずそんな封印の解き方を探そうと、三人は魔界で最高の長寿を誇る、ある人物を目指す事にしたそうである……。




