82 探検『緑の帯』
とにかく、こういう時は身近で出来ることからやるのがセオリーだ。
それらを踏まえ、妾達が最初に着手する事にしたのは、『緑の帯』の異変についてである。
特殊な生態系を築いているあの巨大な森で何が起きたのか、そして骨夫やアマゾネス・エルフ達は無事なのかを確認しなければならない。
特に後者は最優先課題だ。
骨夫はあんなんだが、まぁ役に立つのも事実であるし、アマゾネス・エルフは妾が支配下に置いている以上、護る責任がある。
「とりあえずは、アマゾネス・エルフの村に向かおう。異存はないな?」
ラライル組の面々に問うと、男衆は少し辛そうな顔をしたが黙って頷いた。
前に村に行った時に、搾り取られた事が頭を過ったようだな……。まぁ、こやつらも楽しんだのだろうし、限界以上に搾られたのは自業自得だ。
「よし、カート。まずはドゥーエの街まで転移口を繋げるのだ」
即座に返事をして、カートは転移口を展開する。
さて、『緑の帯』に向かうメンバーだが……。
妾とエル、ハミィにリーシャ、カートの安定メンバーに、ラライル組と竜人解放同盟を加えた三チームで向かう。
結構な大所帯だが、『緑の帯』調査のためには人手がいることもあるだろうから、これでいいのだろう。
残る猫達に引き続き情報収集を頼んで、妾達はドゥーエの街へと向かった。
無事に街の入り口付近に転移できた妾達は、その辺の様子を探る。
ラライル達の話では、『緑の帯』に近い街や村も森から出てきた魔物に襲われる事があるなんて聞いていたが、とりあえずは大丈夫そうだな。
ひとまず、アマゾネス・エルフを護衛として雇うよう仲介したナルツグ商会の建物に向かい、話を聞くと共に大人数を運べるような馬車や探索に必要な装備などを借りよう。
まぁ、冒険者としてそこそこ名の知れたラライル達や、領主の娘であるリーシャもいるから簡単に借りられるとは思うがな。
そんな皮算用をしつつ、目的の建物に向かって歩を進めようとした時、突然けたたましい鐘の音が鳴り響いた!
「魔物だー!街道から魔物が来るぞー!」
街道とは人間界と魔界を繋ぐ、あの流通経路であろう。そこを魔物が群れをなして街に向かってきているというのだ。
「アルトさん!」
エルの呼び掛けに、わかっているぞと頷いて見せる。
それと同時にラライル達に目配せすると、心得ているとばかりに、各々の武器に手をかけた!
「よおーし、まずは魔物の殲滅だ!」
妾の号令一下、魔物が迫る街道へと皆は一斉に走り出した!
────最後の一匹に止めを刺し、冒険者達が勝どきの声を上げる。
ふぅ……一息ついて辺りを見回してみたが、特に死傷者はいないようだ。
突然の数十匹からなる魔物の襲撃ではあったが、結果的には何より。
だが、妾達は軽症か無傷ではあるものの、たまたま街に逗留していて戦いに参加した冒険者の中には、重症を負った者もいる。
襲撃してきた魔物の中には、以前アマゾネス・エルフの村を襲った自然竜に近い強さの物もいたが、死者がでなかったのは運が良かったかもしれぬ。
だが、次の襲撃があった場合、現地にいる冒険者達だけでは心もとないな。ふむ……。
何はともあれ、戦闘も終わったことだし当初の予定通り、一度ナルツグ商会へと向かう事にする。
魔物の死体は、冒険者や行政に任せておけば良いだろう。
ラライル達が魔物のパーツは換金できますよと言ってくれるが、妾達にはツテが無いのでそれらの処理も彼女達頼むことにした。
そうして商会の事務所へ赴くと、以前アマゾネス・エルフを護衛とするためにティアームと熱く交渉を交わした所長が対応してくれる。
「いやぁ、貴女方が居てくれて助かりました。街にほとんど被害が出なかったのはまさに奇跡的ですよ」
やや興奮したように捲し立てる彼が落ち着くのを待って、妾は口を開いた。
「今日のような、大規模な魔物の襲撃は多いのか?」
借り物の事ではなく、あえてその情報の確認を第一に尋ねる。
「今日ほど大規模な物は初めてです……最近、小規模な『森ゴブリン』の群れが出た事はあったんですが……」
そうか……。
雑魚が出てくるだけなら、たまたま『緑の帯』の強い魔物に追いたてられてきただけの可能性もあったが、今日くらいの強さの魔物が現れたという事はやはり森に何かあったようだ。
よし、そうなれば……。
妾は所長に、ある提案を持ちかけた。
「ええ!私達は留守番!?」
ラライルがすっとんきょうな声を上げる。
また、慶一郎率いる竜人達も意外そうな顔をした。
なんで、なんで? と食い下がってくる彼女に、落ち着けと嗜めながら説明をしてやる。
「ようはこの街に今日のような魔物の群れが出てきた時の防衛力に不安があるからだ。お主らや、竜人達のような戦力が残れば安心であろう?」
そのため、大人数でしらみ潰しに調査するより、少数精鋭でエルフの村に向かって原因究明に努めた方が早そうだと方針を変えたのだ。
「それは……そうですけど……」
いまだに渋るラライルに、数日の間だけだからと、妾達が帰ってくる場所を守ってほしいと、そう説得する。
すると、彼女は顔を赤らめて、「お姉様がそういうなら……」と納得してくれたようだ。
少しだけ背筋がゾッとしたけれど、聞き入れてくれて何より。
まぁ、街の護衛も人間界の王国から発令されたクエストの一環ではあるし、街を守ることで横暴な竜族のパシりと思われている竜人達のイメージアップにも繋がるだろう。
こうしてラライル組と竜人解放同盟を街に置いて、代わりにナルツグ商会や街の有力者から兵糧や必要な物資をもらい受ける。
借りるつもりだったが、正式に援助という形になって何よりだ。
さて、それから一時間ほどで準備を整え、妾達は街から出発する。
そうして森の入り口に入った瞬間……。
「ん?」
「おや?」
妾とカートが声を漏らした。
「どうなさったんですか、アルト様?」
不思議そうにリーシャが尋ねてくる。
「いや……なんと言うか……」
「『緑の帯』から発せられていた魔力が……感じられないのです」
妾と同じように違和感を覚えたらしいカートが代わりに答えた。
そう……以前はこの森自体が何らかの結界じみていたのだが、今はその魔力の気配が無くなっている。
もしもあの魔力が、森の内側にいる魔物が出ていかないように張られていたのだとしたら……最近の流出騒動も納得がいく。
「これは……行ってみるしかありませんね。禁断の地へ」
「禁断の……地?」
カートが口にしたその不吉な単語に、エルとハミィは緊張した様子で聞き返す。
「『緑の帯』の最深部であり、始まりの場所と言い伝えられる所です」
何人も触れてはいけない、近付いてはいけない……そういった伝説があるのですとカートは締め括る。
そんな場所があったのか……。
だが、考えてみれば人間界と魔界を隔てるように横たわり、外界と全く異なる強さの魔物が跋扈するこの異界のような森がいつからあるのか、誰も知らない。
その謎の一端に触れられるかも知れない状況に、好奇心が鎌首をもたげてきて、不謹慎ながらワクワクが止められなかった。
見れば、エルの瞳も輝いているのがよくわかる。
うんうん、男の子は神秘とか太古の謎とかロマン溢れる言葉が好きだよなぁ。
「急いだ方が良いかも知れませんね。この異常事態は、全ての始まりかもしれませんし……」
固い表情で促すリーシャの言葉に頷き、妾達はアマゾネス・エルフの村を目指す。
「……あ、ひょっとして『緑の帯』の魔力が消えてるなら、カートさんの転移魔法でも村まで行けるんじゃないですか?」
ふと、エルがそんなことを言った。
うん、確かにそれはあるかも!
早速、試すと今までこの森の中では発動できなかったカートの転移口が大きく口を開けた。
おお、これで一気に村まで行ける!
よくぞ気がついたぞ、エル。後でチューしてやろう。
しかし、妾と同じ事を考えたのか、リーシャとハミィもエルを捕獲して愛でてやろうとジリジリ迫る。
ええい、お主らは妾の後にせい!
「……あの、早く行きませんか?」
エルを巡って牽制しあう妾達に、困ったように当事者の彼が声をかけてくるのであった。
「……コホン。うむ、では行こうか!」
咳払いをし、いかんいかんと反省しながら、気を取り直す。
骨夫やエルフ達が無事であれば良いが……ふと、そんな思いが過り、少し身構えながら転移口を潜った。しかし……。
「な……なんだ……これは……」
転移口を抜けた妾達の眼前に広がる光景……それは全く予想だにしていない物だった。




