81 重なる予期せぬ出来事
さぁーて、無事にエルも奪還できた事だし、いつもの如く今後について考えようか。
だから、リーシャとハミィは早いところ腰砕け状態から復帰してほしい。
妾がジルチェを始末している間に、迷惑かけたお詫びという事でエルと濃密なキスをねだった二人だったが、その結果がこれである。
人の事は言えんが、なんともだらしない姿だなぁ……。
それと、なんだかエルもひどく赤い顔をして、へたり込んでいる。やはり人目の有るところでは、恥ずかしかったのだろうか?
そんなエルに、骨夫がポンと肩を叩いて声をかける。
「下の事情で立てないんだろ? 解るぜ……まるで前戯だけで寸止めされたようなもんだからな……」
ヒソヒソ話しているので内容まではわからんが、骨夫の言葉になにやらエルは小さく頷いるみたいだ。
うーん、なんだか間に入りづらい。
あれか、男にしか通じぬ物があると言うことなのだろうか。
「ちぇーっ。私たちもエル様の子種が欲しかったなー」
「ずるいよねー」
「こうなったら強引にでも上に股がって……」
そうしていると、なにやら物騒な相談をしている声が耳に届く。
こらこら、何を企んでおるのか!
キスくらいならともかく、お主らは色々と極端だから却下されたのだぞ!?
だいたいエルフ達には「再生瞬間誓約」の秘術を教えたのだから、それだけでも十分な褒美であろうに。
「そうか……それがありましたね」
「確かに。村に戻ったら早速試してみたいですわ」
「先程からまぐわうアルト様達を見ていて、私もう辛抱たまりません」
きゃいきゃいと下ネタな話で盛り上がるアマゾネス・エルフ達。やっぱりこやつら淫魔なんじゃなかろうか?
あと、まぐわう言うな。
「とにかく、エルも無事に助けられた事だし、一旦安全な場所に移動しましょう」
久々にまともな事を言った骨夫に、なんだか感心してしまう。
そうだな、城ではマタイチや竜人達も心配しているだろうし。
そうしてリーシャとハミィが立ち直るのを待って、妾達は行動する事にした。
とりあえず、転移魔法は使えるけど『緑の帯』を越えられないカートに代わり、骨夫にエルフ達を村に送る役目を頼む。
そして、カートは妾達と城へと向かう事にした。
「エルフ達を送ったら、すぐに合流するのだぞ」
「へへへ、ちょっとくらいハメ外していいよな(もちろんですよ、すぐに戻ります)」
……逆だ、逆。心の声がだだ漏れではないか。
なんだかツッコむのもアホらしくなる。まぁ、たまには少しくらいなら遊んでくるのも良しとしてやろう。
ジルチェも倒した事だし、そうそう重大事件も起こるまい。
「ではお嬢、また後程……」
転移口を開きエルフ達とそれを潜る骨夫を見送って、妾達も移動を開始する。
「お城に戻ったら、早速ご飯を作りますね」
意気揚々と言うエルの笑顔に、こちらの顔も綻ぶ。
ふふ、楽しみにしているぞ。
しかし、城に戻った妾達を出迎えたのは、異様に慌てふためくマタイチ達であった。
「あー! アルト様、大変ですにゃ!」
妾達の顔を見るなり駆け寄ってくるマタイチが、エルの姿にその足を止める。
ちょっと警戒している顔つきで彼を見ていたが、エルが差し出した干し肉を受けとると満面の笑みになった。
「エル様もおかえりなさいですにゃ。ご無事のようで、何よりですにゃ。相変わらず、良い干し肉をお持ちで……」
挨拶もそこそこに、早速マタイチは干し肉を口に運ぶ。モグモグと幸せそうに咀嚼する猫の王に、改めて妾は問いかける。
「で、いったい何が大変なのだ?」
問われて一瞬、ポカンとしたマタイチだったが、ハッとしたようにまた慌て始めた。
「そ、そうですにゃ!先程、魔界中から集まった情報を整理していた所……」
ゴクリと干し肉と唾を飲み込み、マタイチは一大事を口にする。
「巨人族の『山の巨人王』と獣人族の『暁の獣王』が謎の三人組に敗北、そして姿を消しましたにゃ……」
なっ…………。
「なんだってー!」
思わず、その場にいた全員が叫ぶ!
それも当然だろう。確かにトゥーマが率いていた魔族連合は敗れたかもしれない。
しかし、各種族の王達が健在であれば、立て直しは可能だったのだ。
だが、その要となる王達が居なくなったとなると、竜族に対抗するためにまとまる事ができなくなってしまう。
そうなれば、いかに数が多くても烏合の衆……竜族の進行を止めることなど出来はすまい。
くっ……せっかくエルを取り戻したのに何て事だ。
だいたい、王達を倒したという三人組とは何者なのか!?
仮に二人組なのだったら、勇者の子孫であるアルリィデイオとチャルフィオナで間違いないのだが……いや、この二人が仲間を作った可能性もあるな。
何せ奴らがいた人間界と魔界では勝手が違うだろうし、案内役でも見つけたと思う方が妥当か。
なんにしても、これで魔界の混迷はさらに深くなるに違いない。
それに巨人族や獣人族に向かうよりも、七輝竜の半分以上を倒している妾達に竜族の矛先が向いてもおかしくない状況だ。
「アルト様、ここはもっと情報が必要です。まずはこちらに向かう素振りのある敵に注意を払いつつ、防衛と撤退の両面で判断しましょう」
さすが、妾達の軍師役であるリーシャの判断は早い。
そうであるな、今はそうするしかあるまい……。
方針は決まり、妾達は猫達が集めてくる情報の分析に終始する事になった。
そうして三日が経ったのだが……予想外の事が三つほどあった。
一つ目は、なぜか竜族が沈黙を守っていた事。
各種族の王達がいない間に、てっきり攻めてくると思ったのだが、自分達の縄張りから出てこようとしなかった。
二つ目は、骨夫がアマゾネス・エルフの村から帰って来ていないという事。
魔力供給をしている妾が異変を感じないのだから無事ではあると思うが、なぜ戻って来ぬのか……。
そして三つ目。思わぬ来客があった。
「お姉様、会いたかったです!」
キラキラと輝く笑みを浮かべたラライルが、妾に向かって駆けてくる。
ええい、ほんの数日会わなかっただけであろうが!
抱き付こうとするラライルをかわして、同じチームに属している面々を迎え入れた。
「いったい、どうしたというのだ?」
人間界にて様々な仕事を頼んでおいたはずのラライル組が、なぜ魔界に来ているのか?
妾の問いに、ラライル組の良心である、虎二郎が答える。
「実は、数日前から人間界で魔獣や魔物の出現率が、異常に高まっているんです」
「で、そいつらの出所ってのが『緑の帯』からって事らしいんだ」
虎二郎のに続いて、三郎が言葉を繋ぐ。
「だが、それはどういう事だ……何百年もそこに生息していた『緑の帯』の魔物達が、急に群れをなして人間界に移動しているとでもいうのか?」
「どうやらその可能性が高いらしくて、人間界にいる全ての冒険者達に、一般人の保護もしくは原因究明のミッションが発令されたって訳ですよ」
「そんなわけで、もしやお姉様達なら何か知っているかもと思って、ハンターキャッツ達に案内を頼んでお会いしに来たんです!」
元ラライル組で、今は自分のチームを率いる慶一郎の言葉を、妾にかわされたラライルが締め括った。
うぬぬ、なんという事だ……魔界の状勢も混乱しかけているというのに、人間界にまでそんな異変が起こっているとは……。
もしや骨夫が帰って来ないのも、『緑の帯』にあるアマゾネス・エルフの村に異変が起きているからなのか?
それに動かぬ竜族と、行方不明の各種族の魔王達……。
様々な異常事態が立て続けに起こるこの現状に、妾もリーシャも先の見えない深い霧の中に迷い込んだような、暗澹たる気分を味わっていた。




