表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔王の娘と勇者の子孫  作者: 善信
80/101

80 甘く危険なキスの味

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 まるでそこは泥の中のようだった。

 どれだけもがいても自由が効かず、息苦しさはどんどん増してくる。

 僕がこんな状態になったのは、七輝竜の一人である『強欲』のジルチェの血を浴びてしまってからだ。

 奴の意識を通じて得られる外の情報から、どうやら僕の肉体は奴に乗っ取られてしまったらしい……。なんてことだろう、不覚にも程がある。

 奴は僕の体を使って僕の大切な人達を殺害しようとしたけれど、内側から抵抗することでなんとか阻止することはできた。……でも、そうできなくなるのも時間の問題かもしれない。

 少しづつではあるが、回りの泥が僕を浸食してきているのだ……。


 どれくらいの時間が経ったのだろう……暗い闇の中で意識が覚醒したのは、ジルチェが僕を乗っ取るより外敵との戦闘を優先したからだった。

 また、僕の大切な人が傷つくかもしれない……そう考えると心が騒いだけれど、靄をかけられたように思考が働かない。

 ああ、くそっ。

 ジルチェが闘気(オーラ)を全開にしているのを感じる。

 こんな戦い方をされたら、あの人が酷い目に会うかもしれないじゃないか。

 澱んだ頭でもなんとか抵抗しなくちゃ……そう思った時、突然目の前が開けたように光が広がった!

 気がつけば、ジルチェは僕から引き剥がされようとしている。

これはチャンスだ!

 しつこく僕にまとわりつこうとする奴を、僕は懸命に払い除ける。

 そんな最中、ふと僕の名前を呼ぶ女の人の声が聞こえた。

 僕の大好きなあの女性(ひと)……絶対に守ってあげたい彼女の名前を、ポツリと呟く。

 すると、不意に唇に暖かくて柔らかい物が触れた。そして、そこから力が流れ込んで来る!

 いける……これなら、いけるぞ!

 僕の中からジルチェを追い出せる!

 その力をもっともっと求めるように……僕は夢中で、唇に触れる暖かい感触に吸い付いていった……。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


「んっ……はふっ……んん……」

 ちゅぷ……ぴちゃ……ちゅっ……。


 途切れ途切れな息づかいと、湿った水音のような音が周囲に静かに響く。

 出所は、アルトとエルが貪るように濃厚な口づけを交わす音だ。

 ……始めは、弱っていたエルにアルトが魔力を注ぎ込む為の、人工呼吸のようなものだった。

 ちょっとした役得程度に考え、意気込んで彼と唇を重ねた彼女ではあったが、次の瞬間……アルトはその甘美な刺激の虜になってしまったのだ。


 エルの唇を押し開き、舌を差し込みながら魔力を流し込めば、本能なのか求めているのか、彼もおずおずと舌を絡めてくる。

 たどたどしくも夢中で吸い付いてくる動きに合わせて、自然とアルトも深く深く……抱き合うように舌を絡らめていった。

 混ざり合う唾液と魔力は甘く蠱惑的で、止めどなく溢れては二人の口中を行き来する。

 脳が痺れるような感覚が体全体に広がり、胸の奥と下腹部がじわじわと熱を帯びていく。

 はしたないという事は理解していながら、エルを逃がしたくなくて、いつしか彼女よりも小さい少年に体をしっかりと抱き締めていた。


「んっ、エル……はっ……エルぅ……」

「ああっ……んん……アルト……さん……」


 互いの名を呼び合い、一つに溶け合いたいとばかりに濃厚な交わりは続く。

 少年への母性愛と、愛しい男に求められる女の喜びに酔うアルト。

 包まれるような安らぎと、愛する女を間近に感じられる幸福に翻弄されるエル。

 甘く(とろ)けるような快感と、もっと深く交ざり合いたいという飢餓感だけが、二人を支配していった……。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


「ってそこまでぇー!!」

 絶叫と共にエルから引き剥がされ、「ふぇ?」と間の抜けた声が溢れてしまう。

 え、なに? なにがおきたの?

 いまだ夢見心地な妾に、リーシャが堅い表情で何かを捲し立てていた。が、正直な所ふわふわした脳みそにその言葉はまともに入ってこない。

 んん? 何をそんなに怒ってるんだろうか……?


 そんなリーシャを尻目に、ぼんやりした頭で本能的にエルの姿を求めてしまう。

 そちらの方に目をやれば、彼もまたハミィに抱きかかえられながら幸せそうな表情で惚けていた。

 んふふ……かわいいなぁ……。

 再びエルに近付こうとすると、リーシャに肩を掴まれて引き止められてしまう。むぅ……。


「……ですから、もうとっくにジルチェは捕獲しましたので、これ以上のキ……キスは、不要です!」

 顔を赤らめながら、リーシャはそう締めくくった!

 ああ、そうか。妾とエルが濃厚なキスを交わしたから妬いているのだな。

 すまなかった、今度は人のいない時するようにしよう。

 ん? そういう事じゃない?

 ところで、ジルチェってなんだっけ………………はっ!

 そこでようやく、妾の頭は通常営業を始めた。


 そうだ、エルに取りついたあの『強欲』の竜を彼から引き剥がすためにエルにキス……もとい魔力を注ぎ込むための人工呼吸をしたのだった!

 目的の前に手段に溺れるとは、妾としたことが不覚……まぁ、仕方がないか、あんなに気持ちよかったしなぁ。


 さて、それよりも捕獲したというジルチェである。

 上手くエルの体から追い出せたのだろうが、捕まえたとはどういう事か?

「ああ、奴ならこの中にいますよ」

 骨夫がその手に持つ頑丈そうな袋を示す。

 確かにその中には何かがいるらしく、骨夫が時折つついてみせると、ピクピクと動いていた。

「あれはスライムでも捕まえておける、エルフ謹製の狩猟袋です」

 頑丈さや耐水性は抜群ですよと、いつの間にか妾の側にいたカートが説明してくれる。

 なるほど、実際にジルチェを捕まえたいるのだから自慢するだけあって大したものだな。

 さて、こうなればあの七輝竜の成れの果ても、袋のねずみならぬ袋のスライムである。

 どうやって後腐れなく消し去ってやろうかと思案していると、「アルトさん……」と妾の注意を何よりも引く声が妾の名を呼んだ。

 振り返ると、意識を取り戻したエルが頬を染めながら笑顔で妾を見つめていた。


「エル……」

 多分、妾も彼と同じ表情をしてたであろう。ジルチェの処分そっちのけでエルの方へと小走りで駆けていく。

「おかえり、エル」

「ただいま……どうやらご迷惑をかけたみたいですいません……」

 少しふらつきながらも立ち上がり、申し訳なさそうに頭を下げるエルだったが、そんな事は気にするなとその頭を撫でてやった。

 子犬のようにはにかむエルの姿に、また抱き締めてやりたい衝動が湧いてくるが、ハミィにジロリと睨まれたので自重しておこう。

 やがてリーシャもやって来て、皆がエルの無事を喜んだ。


「みんなには本当に助けられました。何か、お礼がしたいんですが……」

 出来ることならなんでもしますから言ってくださいと、エルは意気込んで宣言した。

 それは取り憑かれていた時に、妾やハミィ(ついでに骨夫)に傷を負わせた事からくる贖罪の意味もあったのかもしれない。

 彼が悪いわけではないのだが、それでも気がすむなら何か頼んでみるとしよう。


「では、私はキスを所望します。それもアルト様と同じくらい濃厚なやつを」

 なっ……唐突にリーシャがそんな事を言う。

「でしたら、あーしもそれで!」

 ぬっ……ハミィまで何を言い出すのだ!?

「あ、私はエル様の子種が欲しいです」

 おいっ!

 我も我もと突然、色々と段階を飛び越えて来るエルフ達の要望は、流石に却下だっ!!

 ぶーぶーとブーイングするエルフ達は蹴散らしたものの、流石に妾と同じ事を望むリーシャとハミィはどうすることもできない。

 うむむ……まぁ、この二人になら仕方がないか。なぜなら、リーシャもハミィも妾と同じくらいにエルを想っているのだからな。

 エルが妾を一番に好いているからこその寛大さは見せてやろう。

 ただし、妾の目の届かぬ所でな!


 ……さて、こちらの問題は良いとして、もう一度ケリを着けておかねばならぬ問題に目を向けよう。

 エルばかりモテやがって、やってらんねーぜ! といった顔つきの骨夫が手にする袋に、妾は話しかける。

「そうなってはどうすることも出来まい。ジルチェよ、妾達の質問に素直に答えるならば生かしてやっておいてもよいぞ」

 ただし、他者の乗っ取りができぬように手は打たせてもらうがな。

 そうして返事を待っていると、モゾモゾと袋が動き、中から声をかけられた。


『くたばりな、クソアマ』


 ……そうか。

 お前がその気なら、もう小賢しい駆け引きは無しにしよう。

 口をしっかり縛った袋を、骨夫が地面に置く。

そして妾は呪文を詠唱すると、炎の魔法を発動させた。

その瞬間、ドン! という音と、天を突くような巨大な火柱が巻き起こる!

 火柱自体はほんの数秒で消え失せはしたが、その跡地には、チリ一つ残こっておらず、黒く焼け焦げた地面が見えていた。


 燃えカスすら残さず消滅したジルチェを一瞥して、ドレスの裾を翻す。

 終わったぞとエル達に声をかけようとすると、異様な光景が妾の目に飛び込んできた。

 やや、茫然としているエルに、その足元で至福の笑みを浮かべて倒れているリーシャとハミィ。

 ……どうやら、エルのお礼(・・・・・)を貰ってのびてしまったようだ。

 なんとも恐るべし、エルのキス。

 そんな恐ろしい唇は、妾がもう一度塞いでしまうのがしまうのがベターだとは思う。いや、それしかない!

 しょーがないなぁ、仕方ないなー。そんな風に口では言いながら、妾はウキウキ気分で軽くスキップを踏みながら、彼のもとへと駆けつけていった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ