79 エルを取り戻せ
「キャオラッ!」
掛け声と共に、一番槍のハミィが手足を硬質化させて、飛びかかる!
それと同時に動いたアマゾネス・エルフ達が、まるで周囲の森に溶け込むように気配を消した。
さすがは天然の狩人、見事なものである。
「エルの肉体が損傷しても私が治してやるから、思いっきりいけ!」
エルを傷つける事に抵抗のあるハミィの心情を察して、骨夫が声をかけた。
ふっ、こやつめ……ナイスなアシストではないか。そういう心遣いは大事だぞ。
「だから後でおっぱ……」
言わせんわ!
アホな事を言いかけた骨夫を、ドロップキックで黙らせる。
たまには素直に感心させろ!
ため息をつきながら立ち上がろうとした時、ふと戦いを見守るリーシャが目に入り、ついでに先程の疑問を聞いてみた。
「リーシャ、エルフ達の攻撃が妾達の奥の手だと、奴に伝えてしまってよかったのか?」
そんな妾に、彼女は「ええ、もちろんです」と返してくる。
「見てください、アルト様。ジルチェはエルフ達の攻撃が気になって、ハミィ様との攻防に集中しきれていません」
言われて見れば、確かに奴の動きにはキレが無い。
以前とは違って防戦一方だ。
「自信満々でリベンジに来た私達の言動が、ハッタリなのか違うのか……ジルチェは相当な疑心暗鬼に陥っているでしょうね」
エルの肉体ならば、仮に当たっても大したダメージにはならないだろうに、奴がエルフの矢を懸命にかわしている所からもそれが伺える。
まぁ、当ったらアウトかもしれんと思えばそうなるか。
「このまま疲れ果てた所で、アルト様の魔法で捕縛して、ゆっくりと破邪の矢を味わわせてあげましょう……」
割りと必死な奴の様子に、クスクスとリーシャが笑う。
その顔は、まさに敵が策がはまったのを確信する軍師のそれだった。
エルフを先に片付けようとすればハミィが攻め、ハミィに集中しようとすればエルフの矢が飛んでくる。
さらに骨夫が、小さい落とし穴のような転移口をあちこちに設置し、ついでに石など投げて奴の集中を削いでいた。
皆がんばっているな……よし!
妾も即座に奴を捕縛できるよう、魔法を発動させて準備しておこう。
簡単に逃げられないように、ちょっと強目の魔法にするか。
そうして魔法を構築すべく詠唱を開始する。
が、その時!ジルチェがトラップ転移口に足を取られて体勢を崩した!
好機到来! でもちょっと早い!
バランスを崩したジルチェにハミィが肉薄している間に、妾は早口で残りの詠唱を終えて、急ぎ魔法を発動させた!
「があぁっ!」
「くっ、うう……」
ジルチェの苦鳴と、ハミィの漏らした声が重なる。
妾が使用した捕縛用の魔法が、事前の打ち合わせ通りにハミィごとジルチェを捉えていたからだ!
前回、奴を捕らえた電撃の魔法とは違い、今回は土魔法をベースにして巨大な手の形をした岩が二人を捕まえて、ガッチリと握り締めている。
なんせ電撃魔法では威力が有りすぎて、エルフの矢を弾くかもしれないからとこのチョイスにしてみたが、上手くいったようだ。
詠唱は慌てて早口だったけど、ちゃんと発動してよかった……。
しかし……捕まえたエルの肉体に逃げられぬよう、かなりの力で締め付けているがハミィは大丈夫だろうか。
今もミシミシと軋むような音を立て締めあげており、二人からは苦痛の声が漏れている。
「があぁ……く、そうぉ……」
「ああ……主様の体とこんなに密着してる……ハァハァ……」
あ、うん。大丈夫っぽい。
中身がジルチェとはいえ、エルに超密着している現状に興奮する彼女は、まだ余裕があるみたいだ。
「今ですわ! エルフの皆さん、一斉射撃を!」
そして骨夫様は回復魔法の準備を! と、リーシャが号令を下す!
それに伴って、森の木々の影から数多くの矢がエルに向かって飛んでいった!
決まった!……そう誰もが思った。
だが、ジルチェが「舐めるなぁ!」と一声吼えた瞬間、エルの肉体から炎のような闘気が吹き上がる!
その噴出する闘気に弾かれて、エルフ達の矢は一つもジルチェに当たることはなかった。
な、なんという事だ……まさか奴が闘気のコントロールを身に付けていたとは。
「うおぉぉぉっ!」
更に圧を増していく闘気によって、奴を捕らえていた岩の巨手にピシリとヒビが入る。
嘘であろう! ダイヤモンド一歩手前位の強度はあるのだぞ!?
「くそが! くそが!! くそったれがぁ!!!」
あまりに吐き出す闘気が大きいため、エルの皮膚が裂けてあちこちから血が噴き出している。
止めんか、貴様ぁ! エルの体が傷ついてるだろうが!
しかし、ジルチェは闘気の放出を止めようとしない! ついでに、岩の巨手に走るヒビも数も増えていく。
いかん……このままでは、奴に逃げられてしまう。
すぐに妾も魔法の巨手に魔力を注いで強化するが……これは……ヤバいかもしれん。
「このくそったれどもめ!絶対に許さねぇ! 半殺しにして手足をぶち折ってやる! その後でグシャグシャに殴りながらぶち犯してやるからなぁ!」
凶悪な衝動に顔を歪めて吼えるジルチェに、なぜか骨夫が「ひぃっ!」と怯えた声を漏らした。
いや、お前はそっち方面の心配は無いからな!?
「……そんな事はさせませんよ」
噴き出す闘気の乱流の中で、ジルチェと共に捕縛されていたハミィが、いつの間にか真顔でエルの顔を除き込んでいた。
「エルフの皆さん、私がこの闘気を抑えてみせます! ですから、即座に矢をお願いしますね!」
なにっ!? なんとかできるのか?
一体、どのような手に出るのかと見ていると、ハミィはエルの肉体に腕を回して強く抱き締めた!
うっ……ちょっと羨ましい!
「『暴食』……」
ポツリと呟いたその言葉と共に、エルから噴き出している闘気が彼女の体内に吸い込まれていく!
「なあっ……てめぇ、イーシスぅ!」
「あーしはハミィだ、二度と間違えるな」
訂正しながらも、どんどん彼女はエルの闘気を飲み込んでいき、次第に恍惚の笑みを浮かべ始めていた。
「あっ、はぁん……主様のぉ……主様の熱いのがぁ、あーしのぉ……あーしの体内にぃ……♥」
艶っぽい声を漏らし、頬を染めたハミィは、もじもじと切なそうにエルの肉体に自身の体を押し付け、擦り付ける。
「んんっ♥ こんなの……しゅごいぃ……♥ ああん、主様ぁ……♥」
艶かしく悶えながら闘気を吸収するハミィの姿に、なんだかこちらが赤面してしまう。
見ればリーシャも真っ赤な顔を押さえつつ、ハミィの痴態(?)に見入っていた。
ねえ、それ本当に闘気を吸ってるだけだよね?
っていうか、その中身はジルチェだからな! エルじゃ無いんだからな!
なんだか場違いな雰囲気を醸し出すハミィに気をとられそうになった妾だったが、ふとエルの肉体から噴き出していた闘気がかなり弱まっていることに気づいた。
チャンス!
「エルフ達よ、いまだ!」
妾が号令をかけると、周囲からハッとするような気配が感じられた。
どうやらエルフ達も見入っていたみたいだな……無理もないけど。
そうして、妾の掛け声から一瞬遅れて、エルに向かってエルフ達の妖術が込められた矢が飛ぶ!
その矢は見事に胴体や頭を避けて、逆に狙いづらかったてあろうエルの手足にヒットした!
さすがの腕前である。
「あ……」
矢が当たった瞬間、ジルチェは小さな声を漏らす。
そして……
「お、おあぁぁぁぁっ!」
ガクガクとエルの肉体は痙攣し始め、その背中が膨らみだした!
な、何が起きているのだ!?
「エルっ!」
「主様!」
その悲痛な様子に、リーシャとハミィが声をあげる。
彼の背中な膨らみは、更に大きさを増し……やがて首筋や腰の辺りから、何か赤いものが溢れるようにして見えてきた。
あれは赤いスライム……いや、血の塊かっ!
ということは、あれこそがエルの体に巣食っていたジルチェの本体!?
『あああ……剥がされる……追い出されちまぅ……』
やはりエルフ達の妖術は効いている!
邪悪な物としてエルの体から追い出されそうなジルチェが、必死に彼の肉体にしがみつこうとしているのだ!
「くっ、このっ! 主様から離れろっ!」
エルに一番近いハミィが、懸命にスライム体を追い払おうとするが、ぶよぶよの体はエルに纏わり付いて離れやしない。
「ハミィ、エルの背中をこちらに向けよ! 妾が炎の魔法でそれを焼く!」
束縛の魔法を解除し、自由になった二人に向かって叫ぶ。
そして炎の魔法を発動させようとした時、何者かに肩を掴まれた。
「いけません、アルト様!あれはまだエル様の一部なのです!」
いつの間にか姿を現していたエルフ達の中から、カートが慌てて妾を制止する。
「なんだと……では、あれはどうすればいいのだっ!」
苦しげなエルの姿から目を離せず、我ながら余裕のないヒステリックな声でカートに問う!
「……エル様が……エル様が自身の意思で抵抗し、ジルチェを完全に引き剥がすまでは……」
ぐっ……だが、今のエルにまともな意識が有るかどうか怪しい。
しかも、先程ジルチェが無理矢理に闘気を放出していたから、体力的にも限界が近いだろう。
そんな状態で、ジルチェを引き剥がせるのか……?
焦点の合っていない瞳で、ガタガタと震えるエルの体を抱きかかえながら、ハミィとリーシャが一生懸命に呼び掛けている。
「あ、ああ……う……ぐっ……」
『お、おお……あ……ごっ……』
恐らく、彼の中で戦いは続いているのだろう。
呻くような声をエルとスライム体は同時に溢している。
そんな彼に妾も駆け寄り、心から呼び掛けた!
「エルっ! がんばれ! こんなところで倒れるなど、妾は許さんぞ!」
苦しそうなエルの姿に胸が締め付けられる。そんな彼の手を握り、溢れそうな涙を堪えて再び妾は彼の名を呼んだ。
その時。
「……………ア……ルト……さ……」
蚊の鳴くようなか細い声で……エルが妾の名を呼んだ。
「っ! ……そうだ! 妾はここにいるぞ!」
彼の体を抱き締めながら、妾は何度もエルの名を呼び掛ける。
それが彼の力になっているのか、少しだけジルチェの抵抗が弱まっていく気がした。
だが、それでも決定力には欠けているようだ。
このままではエルもジルチェも消耗し続け、やがてどちらも命を落とすかもしれない。
「……ぬぅ、私の回復魔法では怪我は治せても闘気の回復まではできない」
それでも一応、骨夫は回復魔法をかけたが、やはり状況は変わらなかった。
「くっ……あーしが吸い込んだ分の主様の闘気を戻す事ができたら……」
悔しげにハミィが呟く。
そうか……つまり外部からエルの生命力を高める力を注ぎ込めばいいのか。
「妾が……なんとかしよう」
その場にいた全員の目が、妾に集まる。
「で、出来るのですか!?」
藁にもすがるような目でこちらを見るリーシャに、妾は頷いてみせた。
「失われた分のエルの闘気……その代わりに、妾の魔力を生命力に変換して送り込み、補えばよい……」
そうすれば、意識をしっかりと取り戻し、ジルチェを弾き出す事も可能なはずだ。
「し、しかし、どうやって……」
戸惑いの声も上がるが……なに簡単な事だ。
エルと繋がり、常に魔力を注ぎ込めばよい。
妾はエルの頬に手を宛て、少しだけ顔を上に向かせる。
そして……彼の唇に、妾の唇を重ねた。




