78 再戦の始まり
翌日の目覚めは爽快だった。
朝から天気も良く、絶好の「エル取り戻し日和」であるな!
魔力もバッチリ回復し、心身ともに力がみなぎっているのがよくわかる。
昨夜の宴の時にティアームからもらった魔法薬が効いたみたいだな。
男性の精力回復に使っているとか聞いてたから、ちょっと心配ではあったが。
身支度を済ませて寝室から出ると、ちょうどリーシャとハミィも宛がわれた部屋から出てきた所だった。
妾と同じく、やる気に満ちた二人の表情はとても頼もしい。
必ずエルを取り戻すという決意を新たにし、今日の作戦に参加する者達が集まっている広間へと向かう。
その部屋に入室すると、珍しい事に骨夫がすでに来ていた。てっきり寝坊すると思っていたのに……。
奴はなにやら、本作戦に参加するらしいエルフ達に熱く語っている。
もしかして作戦前の意気込みとかを語っているのか?
くっ……そんなにやる気を見せてくれるなんて……主人として嬉しいぞ!
「だから、もっと媚びるように! 上から目線じゃなくて、強い女がおねだりすることでギャップを演出するんだよ!」
前言撤回。何を力説しているのか、貴様は……。
げんなりした妾に気がついた骨夫が、おはようございますと挨拶してくる。
何をしているのかと尋ねると、骨夫はエルフ達に「再生瞬間誓約」の秘術を教えているという。
え、大丈夫なのか、それ……。
淫魔もビックリなこやつらにそんなの教えたら、夜の永久機関が出来てしまわないか?
まぁ、男の方もそれを望むのなら良いのかもしれんけど……。
「いやぁ、いい事を聞いたわぁ」
「ええ、生きて帰って必ず試してみましょうね」
エルフ達が笑いながら、そんな言葉を交わす。
戦いに対する覚悟は決めつつ、生に関する事にも貪欲か……こやつらはある意味、野性動物の死生観に近いのかもしれぬ。
『緑の帯』という特殊で苛酷な環境が、そういった本能に根差した思考を育んだのだろう。
そう考えると、彼女らのエロスっぷりも理解できる気がした。
「あ、でもひょっとしたらエル様に試す機会があるかも……」
「あー、それいい! あの可愛いお方に攻められてみたい」
くうぉら! エルに手を出したら承知せぬぞ!
妾達に睨まれて「もちろんですよー、てへっ」とか言ってはいたが、その瞳の奥にはギラギラしたものが見え隠れしている。
くっ……ちっとも安心できん!
本当に野性動物並みに油断のならん奴らよ……場合によってはもう一度、誰が支配者なのか教えてやらねばならんかもしれぬ。
そうこうしているうちに、そろそろ出発の時間となった。
「さて、では転移口を構築しますけど、エルがどの辺りにいるのかわかりますか?」
昨晩、エルのいる方向は示唆したが、遠くにいすぎるのか気配を消しているのか、骨夫はエルの魔力が感じられないという。
妾の魔法でそれなりのダメージを与えていたし、確かに気配を消して休息している可能性もある。
「エルは……この方向、百㎞ほどの先にいる」
「確かに動いていませんわね……」
「少し地上よりも低い場所にいる……? もしや、洞穴かなにかに身を隠しているのかもしれませんね」
妾達がエルの現状を告げると、骨夫を始めエルフ達までドン引きしていた。
「な、なんでそんなに事細かく解るんですか……気持ち悪い……」
ストーカーなんてもんじゃねぇ……などと骨夫は呟く。
なんだ、失礼な。
これも全ては愛の力! そして愛の力は無限!
無限であるのだから、相手が何処にいてもわかるくらいは当然といえるだろう。
「うーん……できれば奇襲が良かったのですが、ジルチェがそれを警戒していたとなると、攻め方を変えた方が良いかもしれませんわね」
作戦を計画していたリーシャが呟く。
たしかに奴がどこかに籠っているのだとしたら、エルフ達の妖術が使用できない。なんとか外まで引っ張り出さないと……。
「まぁ、なんにせよ行ってみなけりゃ始まりません」
「そうです! 当たって砕けましょう!」
妾達が指定した場所に向けて転移口を構築する骨夫に、ソワソワしながらハミィが賛同した。
いや、砕けたらダメだからな……。
しかし、それも一理あるな……ここで考えてるよりも行動しなくては道は開けまい。
皆も決意を決めたのか、力強く頷く。
そうして妾達は一斉に転移口へと飛び込んだ!
………ここは、また森の中か?
とはいっても、『緑の帯』みたいな圧倒的植物地帯ではなく、少し生い茂った魔界の森の中らしい。
そして妾達の目の前には、予想通り洞穴がぽっかりと口を開けいた。この中にエルが……。
「……たしかに、エルの魔力をビンビンと感じますぜ。これはヤバいですね」
ここに来て、ようやくエルの魔力を感知できるようになった骨夫が、器用にゴクリと喉を鳴らして警戒の声を発する。
さて……どうやって奴を引っ張り出すか。
「煙で燻り出しますか?」
「適当に矢を放つとか……」
「前に『緑の帯』で捕まえた、大量のでかいカメムシを投入しましょうか?」
様々な案が出てくる中、リーシャが一歩前に踏み出す。そうして大きく息を吸い込むと……
「 エルを返してもらいに来ましたわ! そこに居るのはわかってますので、早々に出ていらっしゃい!」
彼女は、堂々と穴の奥にいるであろうジルチェに向かって呼び掛けた!
おいおいおい! 良いのか!?
「下手に小細工を仕掛けて、籠城されては厄介です。真正面から声を掛ければ、相手も何らかの駆け引きのために出てくるかもしれませんわ」
な、なるほど。そういう考えもあるのかと感心していると、洞穴の奥から足音が聞こえてきた。
ほんとに出てきよ、これ!
「……ちっ! 随分と早い追っ手じゃねーか」
ダメージも回復しきれていないのか、薄汚れた格好のエル……ジルチェが、気だるげに言いながら姿を現す。
妾とハミィ以外は直接対峙したわけではなく、話にしか聞いていなかったので、あまりの雰囲気の違いに皆は動揺しているようだった。
「エル……」
さすがのリーシャも口元を押さえ、絶句している。
「なんだ、結構な数で押し掛けてきたな。そんなに、この小僧にご執心かよ」
笑いながら、ジルチェは妾達をざっと見回す。
エルフやアンデッド、さらには人間の混成グループに、ほんの少しだけ驚いたようではあった。
「何人で来ても無駄だがな……どうせお前らに、この肉体を殺すような真似は出来やしないだろう?それとも、小僧の体が忘れられないなら、集団で味わうか?相手をしてやるぜ?」
などと、こちらを完全に見下し、腰をクイクイと動かしながら奴は下衆な笑みを向けてくる。
おのれ、エルの容貌でよくもそんな真似を……!
「わ、私はあんな口説き文句を教えていない……お嬢、あいつほんとにエルじゃないですよっ!」
だからそう言っている。そんな所で判断するな、お前は!
あと、エルフ達! なんか物欲しそうな目で奴を見るんじゃありません!
そして唯一、変わり果てたエルの姿に愕然とするという、まともな反応をしていたリーシャも怒りの炎を瞳に宿しながら顔を上げた。
「許せませんわ……早々にエルを返していただきます!」
「はっ!できんのかよ、お前らに? 俺を攻撃することもできねぇ連中がよぉ」
「……なんの策もなく正面から現れると思いましたか?」
ヘラヘラ笑っていたジルチェの顔から笑みが消える。
「へぇ、策があるってか……是非教えてもらいたいね」
そう奴は言うが、ばーか! そんな事を言われて、誰が教えるもの……。
「私達に協力していただいたエルフ皆さんは、仲間に取り憑いた悪しき物を祓う能力を持っています。精々、矢にはお気を付けなさい」
って、おい! バラしてしまうのかっ!?
奥の手をあっさりと話てしまったリーシャ。
ど、どういうつもりなのだ!?
だが、内心ドキドキ物の妾とは打って変わって、リーシャに動揺は見られない。
つまり……敢えて彼女は、奥の手の存在を明かしたのだろう。ならば、これも策の一環なのかもしれないな。
見れば、ジルチェの方もこちらの考えがよく解らずに落ち着かぬ様子だ。
そんな奴に、リーシャは手を伸ばして告げる。
「さぁ、始めましょう……あなたのような方から、一刻も早くエルを助けさせてもらいます!」
「……けっ!やれるもんならやってみやがれ!」
ジルチェが剣を抜き放ち、妾達も臨戦体勢に入る!
エルを取り戻す戦いの火蓋が、再び切って落とされた!




