77 アマゾネス・エルフの村で
一瞬、視界が暗くなり、転移口を抜けるとそこには圧倒的なまでの緑の風景が広がっていた。
どうやら無事に『緑の帯』の奥にある、アマゾネス・エルフの村の手前に転移できたようである。
妾の後に続いて転移口から出てきたリーシャが、回りの景色に驚きの声を漏らす。
ふふ……彼女は人間界のみで今まで生きてきたのだから、圧倒されるのも無理もあるまい。
少しの間、周囲の風景に見とれていたリーシャだったが、ハミィに急かされて我に返る。
そうして早速アマゾネス・エルフの村に近づくと、入り口で見張りをしていた二人のエルフが妾達に気がついた。
「あれ、アルト様だ!」
「ほんとだ、アルト様だ!」
この二人にいまいち見覚えは無かったが、向こうは妾の顔を知っているようだ。
まぁ、以前に「アマゾネス・エルフの支配者になります」なんて皆の前で宣言されたからな。
いよっ! といった感じでフランクに片手を上げて、戸惑う守役に妾の代理としてエルフ達を纏めているティアームと、先に戻って来ているはずのカートを連れて来るよう頼む。
「わっかりました!」
一人がダッシュで村内に駆けて行き、もう一人は手近にいた別のエルフに妾達を応接室へ案内するように指示を出す。
そうして案内された部屋で、出された茶などを楽しんでいると、バタバタと慌てた様子で、妾に代わって実質的なアマゾネス・エルフの現リーダーであるティアームが部屋にやって来た。
「ア、アルト様、お久し振りです……お待たせして、申し訳ありません」
ティアームはずれた眼鏡を直し、息を整えながら着崩れていた服装をそそくさと直してしく。よほど慌てて来たようだな。
「おいおい、随分と汗ばんでるじゃないの?ハメを外して、ハメてましたってか?」
おっさんくさい物言いでナチュラルに下ネタを飛ばす骨夫に、ハミィの裏拳が飛ぶ。グッジョブ!
「あ、はい。昨夜から十人抜きをしておりました」
ヤッておったのかよ! っていうか、チャレンジ内容まで言わなくていいのに……ちょっとハメ外し過ぎじゃないのか、アマゾネス・エルフ!?
一見すれば清楚なインテリっぽい彼女でさえ、エロスの権化だというのだからほんとに恐ろしい奴らである。
それとなく注意してみると、
「お仕事をするようになってから、私たちと交流を望んでくれる人達も増えてきまして……」
そんな答えが返ってきた。
ふむ、商会から恐れらていた頃のわだかまりはもう無いようだし、今までみたいに盗賊行為のついでに男を拉致するよりは、よっぽど健全ではあるか……。
「最近は魔界と人間界から、色々な男出向いてもらうために街道からこの村に繋がる道も作っているんですよ」
ほほう、魔界と人間界を繋ぐ『緑の帯』を突っ切る街道で、商隊の護衛を斡旋してはいたが、そんなプロジェクトを企画し、実行に移すまで信頼関係を築いていたのか。
それはなによりだ。
「ところで……今日は突然、どうなさったのですか? それに、エル様のお姿が見えないようですが……」
とりあえず、カートが来たら詳しく話す事にして、もう少し近況を聞かせてもらう事にした。……聞かされたのは、ティアーム自身の体験を含む、ほとんどワイ談みたいな物だったが。
しばらくするとカートも姿を現し、妾達はようやく本題に入る。
「……そんな、まさかエル様が」
「なんという事でしょう……」
妾達の惨状を聞いて、二人が言葉を失う。
「そんなわけで、エルを救うためにアマゾネス・エルフの妖術を使用してもらいたい」
だが、ティアームとカートは顔を見合せ、少し言い辛そうに口を開いた。
「確かに邪を祓うエルフ妖術は存在します。しかし、それを使えるのはこの村では十人ほどしかいません……」
「さらにその妖術……『邪気ヲ祓ウ飛燕ノ矢』というのですが、それを使用するには条件があるのです」
その条件は二つ。
一つは対象となる相手を、矢で射なければならない事。
そしてもう一つは、日光の下でしか発動できないという事である。
つまり、相手が建物の中にでも籠城してしまえば、全く使えないという訳だ。
限定された条件下で、中身は別人とはいえあのエルに矢を当てねばならんというのはかなり厳しい話だろう。
「なるほどな……だが、それでもその妖術に頼るしかないのだ」
グッと拳を握りしめ、絞り出すように言葉を吐き出す。
使用者が少なかろうと、使用条件が厳しかろうと、エルを救い出すためならどんな手を使ってでもクリアしてやる!
言葉には出さないが、リーシャもハミィも妾と同じ気持ちだろう。
その熱意が伝わったのか、カート達は大きく頷いた。
「わかりましたわ、アルト様。この村のエルフが全力をもって協力いたします」
「私はこの妖術が使える者達を招集してきます」
「フッ……エルが妖術で負傷したなら、私が即座に回復してやりますよ」
エルフ達に続いて、骨夫も頼もしい事を言う。いつもこうなら良いのだがなぁ。
「なんにせよ、もうすぐ日も落ちますので、明日の日の出に合わせて出立でよろしいですか?」
ティアームの申し出に、妾達は首を縦に振る。
日光の下でしか発動出来ない妖術を使うのだ、朝に出発するのは当然だろう。
「後はエル様の肉体を奪ったジルチェが何処にいるか……」
「ん? それならば問題はないぞ」
あっさりと言った妾に、エルフ達がキョトンとした顔でこちらを見てくる。
「エルならば、こちらの方角にいる!」
「ですわ!」
「です!」
ビッとある方角を指差すと、リーシャとハミィも同意を示して頷いた。
「あ、あの……なぜそんな事がわかるのでしょうか?」
さっぱり解らねえといった表情のティアームの問いに、妾は小さく笑って答えてやる。
そんなことは決まっているではないか……。
「愛である!」
「ですわ!」
「です!」
胸を張って言い放った妾に同調して、再びリーシャとハミィが頷いた。
え、なにその呆れ顔……。
ほんとだよ? ほんとにエルの体と魂の存在を、こっちから感じるんだから!
力説する妾達に、「まぁ、とりあえずの指針と言うことで……」と骨夫もせせら笑う。
ぬぅ、なんて腹立たしい顔だ……。
「まぁ、なんにせよ全ては明日です! なので今夜は英気を養ってくださいませ」
ティアームが簡単ではあるが、支配者である妾をもてなす宴を開くと告げた。
アポ無しの急な訪問にも関わらず、その心遣いはありがたい。
しかし、「何人くらい男の人を参加させましょう?」という気遣いは却下させてもらう。
今、この村には色んな種族の男が滞在しているそうで、アマゾネス・エルフなりの歓迎ではあるんだろうがね。
合コンか! とツッコむと、むしろ乱交です! と返してくるあたり、彼女達が恐ろしい種族である事を再認識した。
食事を済ませ、エルフ達の盛んな夜の声が届かぬ少し離れた寝所に案内してもらう。
……ここ、ほんとにエルフの村だよね? 淫魔の村とかじゃないよね?
寝床に入りながら首をひねっていると、不意にちょっと前まで添い寝していたエルの姿が、隣に有るような気がした。
もちろん感傷から来る幻覚ではあったのだが、彼を取り戻すという気持ちが強く沸き上がってくる。
待っておれよ、エル……必ず助けるからな。
昂る気持ちを抑えつつ、魔力を回復させる為にも、妾はなかば無理矢理に眠りの中に意識を沈めていった。




