75 敗北から立ち上がる者達
─────目覚めた時……妾はベッドに寝かされていることに気づいた。
「……ここは」
「にゃ! アルト様が起きたにゃ」
小さく呟くと、妾の看病をしていたらしい魔界猫が驚いた声を出し、ちょっとお待ちくださいと言いながら、慌てて部屋を出ていった。
そうか、ここは妾の城の一室か……って、あれからどうなった?
意識が途切れる前、エルの肉体を奪ったあのクソ野郎に止めを刺される寸前だった事は何となく覚えている。そこから一体、誰が妾を助けたというのだろう。
ゆっくりと上体を起こす。
ん? そういえば、どこにも痛みが無いな?
着せられていた寝巻きを捲り上げて殴られた腹を見てみるが、うっすらしたアザしか残っていない。
あの時は、下手をすれば内臓のいくつかがイッたと思ったのだが……。
そんな事を考えていると、部屋の外からバタバタと何かが近づいてくる足音が聞こえて来る。
「アルト様! お目覚めになりましたか!」
「ご無事で何よりですにゃー!」
泣きそうな顔をしたリーシャとマタイチを先頭に、数匹の魔界猫と竜人のドゥーラが飛び込んで来た!
そのまま矢のような勢いで、リーシャは妾に抱きついてくる。
いつも冷静な彼女にしては珍しく、べそをかきながら心配してくれていた。
妾は心配かけてすまんなと、その頭をそっと撫でてやる。
それでようやく落ち着いたのか、リーシャは妾から離れてグイッと涙を拭う。
どうやら調子を取り戻したようなので、妾達は情報の交換をすることにした。
妾とハミィに、あの場所で何が起こったのか。そして、その後に何があったのかを……。
「……そんな……エルが……」
互いの知る情報を交換し、現状を知ったリーシャが蒼白になってへたり込んでしまった。
だが、無理もない。妾とて、いまだに嘘であってほしいという気持ちが拭いきれぬのだからな……。
そして奴に敗北した後に、気を失い倒れていた妾達をここに運んだのは、やはりリーシャ達であった事を知った。
なぜジルチェは妾達に止めを刺さなかったのか……いや、正確には刺せなかったのだろう。
リーシャ達が駆け付けて来た時、倒れていた妾とハミィの頭部付近には、何度か踏みつけようとした痕跡があったらしい。
そう、奴は妾達を殺そうとはしたのだ。しかし、それは叶わなかった。おそらくは、肉体の内側で抵抗するエルによって。
「お二人が倒れていた時は肝を冷やしましたにゃ。エル様が残しておいてくれた魔法薬が無かったら危なかったですにゃ」
マタイチの説明を聞きながら、妾の胸に暖かい物が沸き上がる。そうか……そんな所でも、エルに助けられていたのだな。
ならば今度はこちらの番よ!
「リーシャ、落ち込んでいる暇はないぞ! 妾達でエルを取り戻すのだ!」
その言葉に、俯いていたリーシャが妾を仰ぎ見る。
「な、何か良い手があるのですか?」
「わからん!」
妾は堂々と言い返す!
いや、本当にわからないんだから仕方がない。ですから、そんな虚ろな目で不審げに見つめるのは止めてください。
「確かに今はエルを取り戻す手段は見当たらぬ。だが、ここにいる者達の知恵を総動員すれば、道は見えてくるはずであろう!」
一人ではいかんともし難くとも、複数で考えれば何かしらのアイデアは浮かんで来る。
これぞ助け合い! これぞチームワーク!
皆で知恵を絞りあって、エルを助ける方法を見出だすのだ!
妾の熱い語りを聞いて、リーシャの目にも火が宿る。
よーし、いいぞ!
正直、リーシャの頭脳は頼りになるからな。
「これより、エル救出のための策を検討する! 参加できる者は、全て玉座の間に集結するよう、連絡せよ!」
妾の号令一下、数匹の猫達が「御意!」の返事と共に散っていった。
うむ。この支配者っぽい感覚、久しぶりである。
猫達を見送って、妾はふと疑問に思っていた事をリーシャ達に尋ねた。
「ところで……ハミィと骨夫はどうしたのだ?」
その問いかけに対して、返ってきた答えは……。
「あー、もう!マジで再生が遅すぎるっつーの!不便でしょーがねぇっつーの!」
「主様主様主様主様主様主様主様主様……」
骨夫は頭蓋骨のみが再生した状態で愚痴をこぼしており、ハミィは壁に向かって体育座りしながらブツブツ呟き続けている。
リーシャから現状を聞き、いくらあの二人でもそんな馬鹿なと鼻で笑った妾が見たものは、まさに聞かされたのと同じ状態の二人の姿だった。
オイオイオイ、なんだこれ……?
骨夫はまぁ……ともかく、ハミィまで腑抜けになっておるとは。
いかん、ここは一発「喝」を入れてやらねば!
「お主ら、何をブツブツと言っている。そんなことより、エルを助ける段取りをするぞ!」
妾の声に気づいた二人が、こちらに顔を向ける。
「あ、お嬢」と軽く返してくる骨夫に対し、突然ギラついた目でハミィは肉食獣のような動きで妾に迫った!
「主様を助ける! いつですか!? 今ですね!? 早くしましょう、そうしましょう!」
鬼気迫る表情でがっしりと妾の両肩を掴み、ガクガクと揺さぶるハミィをリーシャが制してくれた。
「落ち着いてください、ハミィ様。無策なままでは、同じことの繰り返しになってしまいます」
そ、そうだぞ! だから、そろそろ揺さぶるのは止めてくれ……気持ち悪い……。
「…………そうですね」
少し考え込んだ後に、ようやく妾を揺さぶるのを止めたハミィは、形から手を離して作戦会議に参加する意思を見せた。
あ、危なかった……もう少し揺さぶられていたら、王女として絶対にお見せできぬ物が溢れ出る所であった……うぷ。
「と、ところで骨夫。お主、再生にいつまでかかっておるのだ」
普段ならとっくに再生出来ていてもおかしくはないのに、いまだ頭蓋骨のみの骨夫に問いかける。
「何だか再生がうまくいかないんですよ……エルの肉体から叩き込まれた闘気が再生を邪魔しているのかもしれません」
ふむう。生き物の命から生まれる「気」がアンデッドの肉体を蝕むか……なかなか面白い仮説ではある。
まぁ、今はそれどころではないから検証している暇はないので、さっさと再生してほしい。
「骨夫殿は回復魔法が使えるのですよね? それで再生できのでは?」
ハミィの問いに、骨夫は器用に頭を左右に振って見せた。
「この状態では、さすがに使えないなぁ……文字通り手も足も出ないってか」
HAHAHAと陽気に笑って見せる骨夫に、悲壮感のようなものは全くない。もう少し深刻になってもよいものだがなぁ。
たが、不意にその笑い声が止まる。
ん? やっと自分の現状を把握したか?
「……お嬢達は寸止めだったのに、私だけガチでいいのもらったって事は、私エルに愛されていない?」
なんか気持ち悪い事を言い出した。でもまぁ、そういう事なんだろう。
「んもうぉぅ、 エルめぇ! もう絶対『女の子にモテる仕草』とか『意中のあの子を落とすセリフ』とか教えてやらないからなぁぁぁ!」
何を吹き込んどるんだ、お前はっ!
時々、男同士で談笑してるのは知っていたが、エルに変な影響を与えるなよ!
「あ、そういえばエルが作った魔法薬がまだありますから、それを骨夫様に使ってみてはいかがでしょう?」
リーシャの提案に、そりゃあいいと同意した妾達は、さっそく骨夫を回復させるために魔法薬を骨夫にかけてみた。
すると、たちまち変化が現れる!……白い煙を上げながら、溶け始めるという変化が。
「ぎゃあぁぁぁぁっ!」
悲鳴を上げて転げ回る骨夫を捕まえようと、妾達もドタバタ大騒ぎ!
ようやく捕まえて魔法薬を拭いさってやると、腐食からとおぼしき白い煙も立ち消える。
ゼェゼェと息を吐きながら、骨夫は叫ぶ。
「こ、殺す気ですかぁ!」
いや、お前はもう死んでるわっ!
「だいたい、アンデッドに回復の魔法薬なんてかけたらダメージ受けるなんて常識じゃないですか! なんでやる前に誰も気づかないの!」
お、お前だって「ビッグアイデア!」とか言っていたではないか!
それに、その理屈でいくとお前の回復魔法も自身に使えない事になるぞ。
「!」
妾の指摘に、ハッとしたような顔になる骨夫。
お前、ほんといい加減にしなさいよ……。
「ああもう! なんでもいいから、さっさと復活しろ! 妾も早くエルを助けに行きたいのだからな!」
「そうですよ! 骨夫様の魔法はエル奪還のために重要な役割を担いますわ!」
「早く復活してください! こうしてる間にも主様が……主様が……」
「そんなに急かさんといてください!」
妾達に詰め寄られ、骨夫が悲痛な声をあげた。
「あんまりプレッシャーかけられると、男っていざという時に使い物にならなくなる時があるんですから!」
初めてのプレッシャーで、どれだけの男が涙を流したか……そんな類いの事を、ブツブツと骨夫は事を呟く。
なんの話をしているんだ……?
しかし、再生もままならない。回復魔法も、魔法薬も使えないというのでは、どうしたらよいのだろう。
「こうなれば……あの秘術を使うしかありませんね」
何か奥の手があるような物言いに、妾達の注目が骨夫に集まる。
「あるんですよ、男にのみ通じる回復の儀……疲労困憊の状態でも、年老いて倒れ伏した者でも立ち上がる伝説の秘術が」
なんと、そんな秘術が。
しかも、「男」であればアンデッドでも回復が可能だという。
一体、どんな秘術なのだ!?
「その名も……『再生瞬間誓約』!」
『再生瞬間誓約』!……なんだろう、何となくいかがわしい感じがするような気がするのは……。
今回で今年の更新は最後になります。
よろしければ来年もおつきあいください。
皆様、良いお年を。




