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魔王の娘と勇者の子孫  作者: 善信
74/101

74 奪われた少年

 ………………え?

 何? 何を言っているのだ?

 混乱する妾の前で、エル(・・)が体の調子を確かめるように軽い運動をしている。

 まるでいつもと変わらない様子ではないか……。

「エ、エル……」

 妾の呼び掛けに、彼はこちらに目を向けた。


「だぁから、もうエルじゃねぇよ……ま、信じられんのも無理はないけどな」

 ぷらぷらと剣を振りながら、妾の元に彼は歩いてくる。

 そして……。

「こうすりゃ、ちょっとは現実が見えるかな?」

 言いながら、剣を振りかざした。

 エルが妾に剣を振り下ろそうとしている……その悪夢みたいな状況を呑み込めず、ただぼんやりと刀身を眺めていた。

「じゃあな」

 なんの感慨もない声が聴こえる。

 スルリと刃が妾に迫ってきて……突然、鳴り響いた激しい金属音に、妾の意識は引き戻された!

 ハッとした妾が見たのは、エル(ジルチェ)の刃をハミィが弾く光景。


「てめぇ、イーシス……」

 邪魔されて顔を歪めるジルチェに向かい、怒り心頭のハミィが吼えた!

「貴様ぁ、主様を返せぇ!」

 激情を露にし、ハミィが猛然と攻撃を仕掛ける!

 息もつかせぬ連続攻撃が繰り出されるが……エルの姿をした敵にはやはり本気は出さないのか、それらは軽々といなされてしまう。

「返せって言われてもねぇ……もう、こいつの全ては俺の物なんだよ」

 挑発的なジルチェの物言いに、ハミィの表情がさらに険しくなる。

 それを見て……不意にジルチェは両手を広げ、攻撃を受け入れる素振りをみせた。


「っ!!」

 思わずハミィの手が止まる!

 だが、無理もない……エルを慕っている彼女に、無防備な姿を晒す彼を攻撃するなど、できるわけがない。

「ははっ」

 しかし、そんなハミィの心情を嘲笑いながら、彼女の懐に潜り込んだジルチェは顔面を鷲掴みにする!

「なぁ、イーシス……っと、ハミィだったか?」

 まぁ、どっちでもいいやと投げやりに言いながら、奴はハミィに語りかけた。

「お前よぉ、俺の部下になんねぇか? 見た目……っていうか、肉体(ガワ)は一緒なんだからたいして問題ねぇだろ」

 なんならこいつと同じように可愛がってやるぜと、ジルチェは下卑た笑いを浮かべる。

「ふひゃへふひゃよ、きひひゃひゃぁ……」

 多分「ふざけるなよ?貴様ぁ……」と言ったのだろう。

 口元が押さえられているためくもぐった声ではあったが、ジルチェを睨む視線は怒りに満ちていた。


「まぁ……そういうだろうな、っと!」

 予想通りの答えが返ってきたのであろう、ジルチェは顔色一つ変えずに、ハミィの体を持ち上げる!

「!!」

 そして驚愕するハミィを、ぬいぐるみでも振り回すみたいに軽々と地面に叩きつけた!

 弧を描き、大地が大きくへこむ程の衝撃で背中を強打したハミィの口から、苦鳴と血が漏れだす!

 たが、再びジルチェがハミィを持上げ叩きつけようとした瞬間、妾の魔法が発動した!


 大地から延びる八本の雷が、エル(ジルチェ)の肉体を縛り付ける。さらに一瞬だけできた隙を突いて、風魔法でハミィの体を奪い去った。

 先の一撃で意識を失いぐったりとはしていたが、どうやら命に別状はないようだ。

 くっ……骨夫が健在だったなら、すぐに回復してやれたのに。


「……っと、やられたな。てっきり戦意喪失してるもんかと思ったぜ」

 ふん……多少、呆けていたのは認めるがな。だからといって、ハミィが奮戦しているのに、妾が動かないはずがあるまい。

 奴に気取られぬように、小声で詠唱していたのだよ。

「で、どうするつもりだ? さっきも食らったが……このガキの体じゃ、あんたの魔法にゃ耐えられねぇぜ?」

 竜族の強靭な肉体をもってしても死にかけた妾の魔法を、奴はそうとう危険視しているようだ。

 だから妾も言ってやる。

「貴様がエルの体から出ていくならよし。出ていかぬなら……エルの体ごと吹き飛ばすしかあるまい」

 できるだけ冷徹に、そして冷酷に聞こえるよう警告を放った。

「正気かよ……あんたらにとってこのガキは大事な仲間じゃなかったのか」

「だからこそよ。エルとて貴様のような下衆に肉体を使われるくらいなら、自ら死を選ぶであろうからな」

「……ハッタリだろう」

「試してみるか?」


 僅かな沈黙。

 互いに相手の出方を図る硬直状態。

 そんな中、妾といえば……正直、かなり焦っていた。

 まさか、本気でエルを吹き飛ばす訳にはいかない。このハッタリにのせられて、ジルチェがエルから離れる事を内心、めちゃめちゃ期待していた。

 心臓をバクバク鳴らし、背中に冷や汗を流しながらも、表面上はそんな様子をおくびにも出さない……こんな妾の演技力を自分で誉めてやりたい!


「さぁ……どうする?」

 素直に離れるなら見逃してやってもよいと、少しだけ譲歩してみる。

 胸中で(申し出に乗れ!乗れえぇ!)と全力で煽りながら、奴の反応を待った。

「……そうだな」

 奴がポツリと呟く。

「試してみるかっ!」

 そして、一気に妾に向かって飛び掛かってきた!


 くそっ! こうなれば仕方がない、許せエル!

 妾は、奴を縛り付ける雷の拘束に魔力を流し込む!

「があぁぁっ!」

 体の自由を奪う電撃を流され、ジルチェは叫びながら地に伏せた。

 いや、さすがに爆発までは持っていかんよ。とはいえ、エルの肉体を傷つけるのは心苦しい事に変わりはない……やばい、ちょっと泣きそう。

 くそう、この愚か者め!妾にエルの体を攻撃させよって!

 さっさと出ていかんか!!


 身動きできずに、呻き続けるジルチェ。

 しかし、しばらく電撃が来た後に爆発が来ると奴は身をもって知っているはず。ならば、もうちょっとしたらエルから出ていくかもしれない。

 おそらく時間にすれば十秒にも満たなかったであろうが、妾にとっては何時間にも思える、エルを苦しめるという苦痛の時が過ぎていく。

 そして、ふとエルが叫び声をあげなくなった事に気づいた。

 変わりにとても……とても小さくて苦しげな呟きが耳に届く。


「アル……ト、さん……」


 その泣き出しそうな少年の声に、妾は反射的に魔法を解除した!

 人の焼け焦げる嫌な匂いと共に、エルの体が地に転がる。

 胸が締め付けられるような思いを抱いて、妾は愛しい少年の元へと駆け寄った。


「エルッ!」

 妾の呼び掛けに、エルは弱々しく顔を上げ……


「……ばぁかが!」


 粘着質な歪んだ笑みと、嘲る言葉を吐き出した。

 次の瞬間、妾の腹部に凄まじい衝撃が突き刺さる!

「っぐ!」

 腹のそこから込み上げる、胃の内容物と血が口から溢れて、無様な姿で妾は地面に伏した。

 そんな光景を満足そうに見下ろしながら、エル……ジルチェは荒い息を吐く。


「ハァ……ハァ……やばかったぜ、このくそアマ……」

 おのれ……誰がくそアマだ……。

 エルの姿で口汚く罵るジルチェに、怒りが込み上げる。

 だが、痛みと呼吸困難で全身が動かぬ妾に、それを声にする事は叶わなかった。

 そんな妾の様子に、最初は裏をかいてやったと笑みを浮かべていたジルチェだったが、表情が何やら怪訝そうな物へと変化していった。

「殺すつもりで殴った……この肉体なら、魔法使いの体なんざ一発で粉々にできたはずだ……」

 徐々に薄れ行く意識の中、奴の呟きに妾も同じことを考える。

 エルの一撃を受け、なぜ妾は生きていられたのだろう……。

「まだこの体が馴染んでいない……いや、あのガキが抵抗しているのか」

 吐き捨てるように呟きながら、ジルチェは舌打ちをする。

 そうか……エルはまだ、精神世界(そこ)で戦っているのだな……。


「ほんとに厄介な連中だぜ……まぁいい、もう少し経てば完全に俺の物になるだろう」

 ぶつぶつと言いながら剣を拾い、奴は倒れる妾の元へと歩いてくる。

「だけど、まぁ懸念材料は排除しとかねぇと」

 暗くなっていく視界の中、ジルチェが妾の頭を踏み砕こうと片足を上げるのが見えた。

「案外、このガキの大事な女を殺せば、ショックでガキも抵抗をやめるかもしれねぇな」

 くそ……ふざけるな。

 気絶しそうな苦痛の中で、精一杯の抵抗として、ニヤつくジルチェを睨み付ける。

「すぐにイーシスもそっちに送ってやるよ。じゃあな、ア・ル・ト・さん♪」

 楽しげな声と、振り下ろされる右足。

 何かが砕ける音を聞いた気がして──妾の意識は途絶えた。

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