73 『強欲』の真意
「骨夫!」
「合点でさぁ!」
妾の呼び掛けに、意図を読んだ骨夫が答えて転移魔法を発動させる!
虫の羽音のような音が響き、視界が一瞬だけ暗くなった。
が、次の瞬間には城外の景色が広がり、無事に城の外へと移動した事を確認する。
近くにはエルとハミィの姿があり、少し離れた場所にジルチェが現れていた。
「ほぅ……転移魔法なんて、随分と珍しい物を使う奴がいるんだな」
感心した風に、呟くジルチェ。
この場に骨夫がいたら、それはもう鬱陶しいくらいに得意気な顔をしていただろう……居なくてよかった。
「さぁて……とりあえず腕試しといくかぁ!」
先に動いたのはジルチェ! そして、それに反応したのはハミィだった!
硬質化した彼女の手刀と、手甲のような竜鱗に覆われた奴の拳がぶつかり合い、火花を散らす!
「よぉ、イーシス……っと、今はハミィとかいう風に名乗ってるんだったな」
「ええ、そちらの名でよろしくお願いしますよ」
「ふぅん……随分と変わったねぇ。そんなに、あの小僧はお前好みだったかぁ?」
「勿論ですよ。かつて、誰からも忌み嫌われる魔剣だったあーしを受け入れてくれた……相棒と呼んでくれた素敵な方ですから!」
残像を残すほどの鋭い突きが、雨のごとくジルチェを襲う!
だが、さすがに敵も一筋縄ではいかない。
へらへらとお喋りをしながらも、ハミィの突きを弾き、いなしていた。
「? なんだかよく解らんが、お前があの小僧に心酔してるのは理解できたよ……っと!」
突然、ジルチェは至近距離から炎のブレス吐きかける!
まさか人間形態でブレスを操れるのか!?
「無駄ですっ!」
激しい炎がハミィに襲いかかる寸前、それは彼女に吸い込まれるようにして消滅してしまった。
「ふむ……『暴食』の能力は健在だなぁ」
ポツリと呟いたジルチェは、間合いを詰めてくるハミィに再びブレスを吐きだす!
またもブレスはハミィに吸収されたが、今のは目眩ましの役割だったのだろう、僅かな隙ができた間に奴はハミィから距離を取った。
「逃がさない!」
しかし、そこへ魔剣の刀身に乗ったエルが上空から攻めかかる!
「おおっ!? な、なんだそりゃ!?」
さすがの七輝竜もエルの空中殺法に驚きの声をあげた。
「なんて戦い方をしやがるんだ、小僧! 面白れぇじゃねぇか!」
「楽しんでる余裕はないぞ! その首、もらい受ける!」
縦横無尽に斬りかかってくるエルの攻めに、ジルチェも防戦一方となっている。
相変わらず顔に浮かんだにやけ面でエルの攻撃をしのいでいたジルチェだったが……その表情が僅かに変化した。
「……どうやら攻撃のたびに、俺の闘気を削ってるみたいだな」
エルの魔剣の特性に気付いたらしいジルチェは、ハミィの時のようにブレスを目眩ましに放ってエルから離れる。
……おかしい。なんだ、奴の戦い方は?
防戦一方というよりも消極的すぎて、まるで何かを測っているような感じすらする。
いやな予感に駆られた妾は、すばやく決着をつけるために詠唱ブーストした魔法を発動させた!
「黄泉より来たれ 雷纏う八鬼神 死者の女王に絡む蛇 敵を縛りて供物とせん……」
魔法が完成すると同時に、大地から轟音を響かせて八本の雷がジルチェ目掛けて放たれる!
むぅ、いつもの詠唱ブースト無しではこの半分位だったのに!
何気に、この魔法での新記録達成!
まぁそれはさておき、発生した八本の雷は大蛇のように、また鞭のようにくねりながら奴に迫っていく。奴はかわそうとしていたが、逃げる隙も与えぬほどの高速で動く雷は見事に目標を打ちすえた!
電撃が付与したその攻撃は、奴の肉体を強制的に硬直させ、次いで縄のように変化した雷がジルチェを縛り上げて大爆発を起こす!
「ごはっ……」
口から煙と血を吐き出し、黒焦げになった体を支えきれずにジルチェは片膝を地についた。
「な……なんて魔法だ……はぁっ……危うく、死ぬ所だったぞ……」
満身創痍に見えているが、今だ不敵に笑う。とてもそんな余裕は見てとれぬのだがな……。
並みの竜ならば、死んでいてもおかしくない威力だったはずだが、そこはさすがの七輝竜か。
「さて……だいたい把握した《・・・・・・・・》。仕上げといくか」
体の各所から血が吹き出るもの構わずにジルチェは立ち上がる。そして、その肉体が人の姿から竜の姿へと変化を見せ始めた。
『ゴオォォォ……』
うなり声をあげながら、奴は妾を見据えている。まるで最初の獲物は妾だと言わんばかりに。
しかし、こちらとて敵のパワーアップをぼんやり見ている訳がなかろうが!
「そりゃ、そりゃあ!」
スピード重視で詠唱カットした火球を、ジルチェの顔面目掛けて無数に放つ!
小さな爆発が次々と巻き起こるが、奴はそれをたいして気にもしていない。
やはり、竜族に火の魔法は効きづらいか。
『その程度の魔法なら無駄だぞ……』
嘲るようにジルチェは言う。だが、知っておるよ。なんせ、ただの目眩ましだからな!
上空に映る小さな影。本命の一撃であるそれは、流星のように空を切り裂いて落下してきた!
「必殺! 流星落下斬!」
必殺技の名を叫ぶエルの声に、ジルチェも上から迫る彼に気付いたようだった。が、奴が身をかわすよりも早く、妙に軽い切断音が辺りに響く!
何度か見た光景をまたリプレイするみたいに……次の瞬間、ジルチェの首が宙を舞っていた。
よっしゃっ!
思わず妾はガッツポーズをとる! が、すぐに違和感を覚えた。
なぜなら、飛ばされたジルチェの首が笑っていたからだ。
なんだ、その笑みは?
しかし、そこから特に反撃があるわけでも無く、ジルチェの首は地面に落ちると同時にエルは着地した。
だ が! それに合わせるようなタイミングでジルチェの体から吹き出した大量の血液が、エルに向かって降り注ぐ!
一瞬ではあるが赤い滝みたいに注がれた血で、エルの体も赤く染められしまった。
そして……。
「ぐっ……うあぁぁぁぁぁっ!」
突然、エルが苦しみだした!
踞って悶えるエルの姿に、妾とハミィは彼の元に駆け寄る。
「ア、アルト殿……これは一体……」
動揺を隠せないハミィ。多分、妾も同じような顔をしていただろう。
そういえば、一部の竜は猛毒の血液を持っていると何かで聞いた事がある。
まさか……これが奴の反撃なのかっ!?
「ぐ……ううっ……」
「ああ……主様……」
苦しむエルの姿に、泣きそうな顔でハミィはおろおろと狼狽えている。
だが、無理もないだろう。妾も解毒や回復の魔法が使えぬし、なんとかする術がないのだから。
そう……ここは奴を呼ぶしかない!
「骨夫ー! 骨夫ー!」
「御呼びとあらば、即参上!」
妾の呼び掛けに答えて、骨夫が転移口からひょっこりと姿を現した。
そして、血塗れで苦しむエルに気づいて「な、何事ですか」と慌てふためく。
「エルが竜の血を浴びせられてから苦しんでおるのだ!」
首の切断された竜の死骸と妾の説明で状況を把握した骨夫は、即座にエルに駆け寄った。
「待っていろ、すぐに解毒の魔法をかけてやるからな」
おお、いつにも増して心強いではないか!
「だから、後でハミィの胸を揉ませてくれるよう、お前からも説得してくれ!」
ほんと、こいつはダメだな!
今はそんな事を言ってる場合かと、その頭をひっぱたこうとしたその時!
突如、骨夫の体が粉々に吹き飛ぶ……エルの拳によって!
ちょ、ちょっと待て、エルよ!
確かに空気読まない冗談をかました骨夫はアホだが、そのツッコミは激しすぎやしないか!?
「大丈夫……もう大丈夫だから……」
解毒もされていないのにと心配する妾達を手で制し、ゆっくりとエルは立ち上がる。
なぜか……その姿にゾクリと悪寒を感じた。
「はぁ~……ようやく馴染んだなぁ」
「……エル?」
伸びをする彼に声をかける。それに反応して、エルが振り向く。
いつもと変わらぬ姿、いつもと変わらぬ声……しかし、いつもとは似ても似つかぬ邪悪な笑みを浮かべて、彼は答えた。
「エルか……奴の全てはいただいたよ。今日から俺の事はジルチェと呼んでくれ」




